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王都までの道のり

 あのあと、ヒートが父の墓を作るのを手伝ってくれた。おらと一緒にいたいからという理由で、本当に騎士であることを辞めてしまったらしい。常に持ち歩いていた辞表を騎士団長の頬に叩き付けた。

 とはいえ辞表が正式に受理されるのは王都に戻ってからのことで、王都までは騎士団と一緒に行動しなければいけないようだった。生き残った村の人たちを近くの町に送り届けてしまい、今はおらだけが異分子だ。

 騎士団に交じっての野営中、スープの器を受け取って食べ始めると、おらの近くにいた一団が露骨に顔をしかめて離れていく。


「平民は食べ方が汚いな」


 そんな声が耳に届いた。

 恥ずかしくなってしまい、スプーンを握る手を動かせなくなる。見たくないなら見ないでほしいのに、顔をしかめながら、どうしてずっとおらを見ているのだろう?

 おらが俯いて黙ってしまうと、すぐ隣にヒートが、右手でスープの器を持ってどっかりと腰を下ろした。そして器に直接口を付けて、喉を鳴らしながら一気にスープを飲み干す。


「ゴッゴッゴッ――」


 ――カンッ!

 ヒートが投げた空の器が、先ほど移動した一団の近くに落ちた。


「お上品に暮らしてえなら屋敷から出んなよ、お坊ちゃんよお? 騎士になっといてトカゲから逃げ回る雑魚が、トカゲを狩った芋娘に嫉妬して意地悪してんのか? どこまで女々しいんだてめぇら?」

「何を言う! 団長の指示に従わず撤退しなかった貴様こそ、恥じるべきだ! 我々を侮辱するのか?」

「ああ、いくらでもしてやるぜ。騎士サマってのは侮辱されたら、決闘するモンだろ? オラ、来いよ? なんなら芋とやってみたらどうだ? てめぇら自信なくして、引退しちまうかもな?」

「ぐっ……、貴様は王都に帰り辞表が受理されるまでの間は仲間だ。言うまでもなく、さすがに娘相手に剣を抜くわけにもいかない」

「おい、芋。どうする? こいつてめぇを侮辱してるぜ? なあ、てめぇは戦えるよな?」


 ヒートと目が合う。

 金色の髪は綺麗に七対三に分けられていて、ドラゴンと戦っていたときには外していたメガネをかけている。鋭い瞳は緑色に輝き、村では見たことのない美男だ。……おらを庇ったせいで、左腕がない。


「おい、芋?」

「え?」


 いけない。ぼうっと見つめてしまっていた。そうだ、ヒートは今もまたおらを庇ってくれた。なんて格好良いんだろうか。

 おらがヒートの左腕になろう。ヒートが左手がなくて困ったときにはすぐに手助けできるように、いつもヒートのそばにいよう。


「芋。てめぇがこんな雑魚どもに興味を持てねえのは仕方がねえが、侮辱されてんだからよ、わからせてやろうぜ?」

「わからせる?」

「やってやれ」

「わかった」


 スープの器を置いて立ち上がると、ヒートと言い合っていた男がぷるぷると小刻みに震え出す。


「娘、まさか私に敵うとでも思っているのか?」

「大丈夫」

「ぐっ……怒りが収まらん、早く剣を取れ!」

「いらない」

「何だと?」

「必要ない、と思う」


 男の震えが大きくなっていく。

 そしていきなりがばっと立ち上がった。


「こんな侮辱を受けたのは初めてだ! 己の無謀を冥府めいふで悔やめ!」


 剣を抜いて斬りかかってくるが、狩りで鍛えた目で冷静に見つめる。動くものは追いやすい。

 半身を引きながら指先で男の持つ剣の腹に触れて、重量を増加させる。突然重たくなった剣に体を持っていかれてバランスを崩した男の喉元をつかみ、今度は男の体重を無くす。そして地面に倒す間際に元の体重に戻した。

 ズバンッと音とともに、男の背が僅かに土に沈む。

 男は白目をいて失神していた。


「いぃよオッしゃぁぁあア! 最高だぜ、最ッ高の馬鹿力だ!! おい芋! 俺も我慢できそうにねえ!! オラッ、来やがれ!!!」

「ひーちゃんは殴れない、その、愛……してる、から」

「アア!? 俺のことが好きなら、殴れ!! 俺はてめぇに殴られてえし、てめぇを殴りてえんだよっ!! 来ねえならこっちからイクぜっ!!! どおおおおりゃあああああッッ!!!」

「――ッ!!?」


 ヒートが駆けてくる。僅かに体が右に傾いているが、それは恐らくフェイントだろう。きっとぶつかる直前には左側にいるはずだ。

 そう読んで――右に視線をやりフェイントにかかっている振りを続けながら、ヒートが踏み込んだ右足の下に、自分の左足のつま先を挟む。

 重力操作は素肌が触れていなければ行えない。ブーツ越しでは使えず、力任せに足を蹴り上げてヒートのバランスを崩そうとする。

 が。

 まるで羽毛を蹴ったかのように軽い感触だった。ヒートは跳ね上げる力に逆らおうとせず、逆に飛び跳ねたのだ。

 おらの背後に着地したヒートに、大きな手のひらで後頭部をつかまれる。


「俺の握力なら、頭蓋ずがいくらい余裕でパンッ……だぜ?」

「おらの負け」


 認めると、手が離されて解放される。

 少しだけ名残り惜しかった。ほんの少し、頭を撫でられているような気分だったから。


「俺は芋より強え。てめぇらはその芋よりもさらに弱え。つーか、芋よりクソ弱かったトカゲより弱えんだ。だからよ、あんま吹かすなよ? こっちがちょっと撫でてやるつもりだったとしても、てめぇら雑魚相手じゃ間違って殺しちまうかもしれねえからな」


 それから喧嘩に気づいた騎士団長がやって来て、おらもヒートと一緒にこっぴどく叱られたけど。王都に着くまでの間中、ヒートを除く誰一人としておらと視線すら合わせようとしなかった。

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