死闘 ヒート視点
「だぁぁぁるァあああああああああッッッ!!! 死ねええええええッ!! オラァァアアッッ!!」
全身をバネのように使い、捻りを加えながら右拳を打ち込む。
ドラゴンの皮膚は本当に生き物かと疑うくらい硬かったが、多少はダメージが通ったのか鳴かせることができた。
『グルオオオォッッッ!』
炎を避け、爪を避け、尾を避けてドラゴンをブン殴りまくる。
「泣けェええええやァアアアアッ!! 叫べええええッッ!! 死ンぬえええええッッッ!!! どらっしゃああああッッッ!!!」
そのときだ。
ヒュルルッと風を切り、一本の矢がドラゴンの右眼を貫いた。
『ギィヤァァァオオォッッ!!!』
ドラゴンが身悶える。
どこの誰の援護か知らねえが――チャンスだ!
すかさずドラゴンの右半身を駆け上がり、猛然と殴りつける。踊るような動きでドラゴンの爪を躱して、一方的に叩きまくった。
『グルォォオッ!!』
「死ね!! 死ねやッ!! オラ死ね!!」
そこに――。
場違いなモンが飛び込んできた。
栗色のくせっ毛をツインテールに結わえた、乳のデカい、エロい娘だ。ちょいとふくよかだが顔立ちは整っていて、垂れ気味の目も可愛らしい。間違いなく美少女だ。
(なんで鎧も着てない雌ガキが、ドラゴンに突っ込んでくんだ?)
驚きに目を瞠る。
少女は格好こそ村娘そのものだったが、その手に携えた剣はアホみたいに巨大で……まるで岩の塊だった。この俺でも持ち上げられそうにない。
そんな馬鹿デカい得物を持ったまま走っているだなんて、信じられない。
ズバンッ!
身軽な動きでドラゴンの背後を取った少女が、手にした大剣でドラゴンの尾を切断した。
『グギャアアアアアアアオォォンッッッ!!!』
倒れながら、ドラゴンが身をよじる。少女を潰そうとしているようだった。少女はというと、大剣を振った衝撃で身動きが取れないでいる。
仕方がねえな!
体当たりして少女の矮躯を突き飛ばす。
弱い奴ばっかりで退屈してたところだ。腕の一本や二本無くしちまった方が、今後のバトルが面白くなるかもしれない――そんな風に思って、尾の切れたトカゲ野郎に左腕をやることに決めた。
倒れてくるドラゴンの爪を、腕を犠牲にして受け止める。
「――やるじゃねえかよ、芋アマッ!!」
少女は地面に尻餅をつきながら、初めてまともに俺を見た。
きゃーん、あたしのために腕がぁ~! なんて騒ぐ姿も想像したが、やはり少女は根っからの戦士だった。
慌てもしない。どうして庇ったのかなんて訊きもしない。
隙を晒して寝ているクソアホドラゴンに向き直る。
「あとは、任せて」
鈴を鳴らしたような、清涼な声だった。
すぐさま身を起こし、少女がドラゴンに肉薄する。
少女はうつ伏せに倒れたドラゴンに触れると――驚くしかないが――巨体を片手で持ち上げてそのまま飛び跳ねた。
身を屈めながら触れていた手を退けて、落下してきたドラゴンの喉元を――真っ直ぐに立てた大剣で貫く。
ドラゴンの喉から鮮血が噴き出して、少女の身を真っ赤に染めた。
◆◆◆
少女はドラゴンに村を焼かれただけでなく、唯一の肉親であった父親を殺されたらしい。元はと言えば俺たち騎士団が殺し損ねて逃がしちまったせいで、瀕死の傷を負ってますます凶暴になったドラゴンが暴れ回る事態になったのだ。罪悪感はそりゃあ、ある。
「ひーちゃん」
そんな風に親しげに俺を呼んで、懐いてくるから尚更だ。
「明日親父の墓掘るの手伝ってやっから、とっとと寝ちまえ。俺ァ疲れてんだよ、芋」
「嬉しい。でも芋じゃない、ニンニ」
「うるせーよ、芋は芋だろが芋」
「うん……くぅ」
おい、寝んのいきなり過ぎるだろ?
つーか俺のことどんだけ信頼してんだ? 襲われるとか思わないのか、こいつ? しかし寝顔、本当に可愛いな。美少女って強え。
「……何をするにしても、こいつと一緒なら悪くはねえな」
恐らくあの大剣を使った戦い方も、何か固有スキルがあって成り立っているのだろうと思う。俺は筋肉の力を信じてるが、さすがにあれは人間業とは思えない。だいたい俺の筋肉にできないことが、小娘の筋肉でできるはずがないのだ。
何にせよ、だ。今までは山に隠れながらその力をも隠していたのかもしれないが、俺が見つけちまった以上はこれからもどこかに隠しておくってわけにはいかないな。
「期待しとけよ、ニンニ。俺がてめぇを鍛えて、好敵手にしてやるからよ――」
本気を出し合えるかもしれない遊び相手を見つけて、胸が高鳴った。
もしかしたら恋もあったのかもしれないと気づくのは、ずっと後のことだ。




