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番外編 田舎ライフ2

最後は23時にアップロードします。

「そういや師匠って子供の名前にするほどシュークリームが好きなのに、この田舎でもどうにかして食べたいとは思わないんスか?」


 お弁当などを入れた荷物を背負ったカリウスが、そんなことを訊ねてきた。風邪を引かないようにと顔以外を布に包んだ双子を背負って山を登る私はすでに疲れていたので、カリウスのくだらない疑問を無視する。肌と肌で触れ合わなければ重量をなくすことはできないのだ。

 しばらくすると馬鹿なカリウスがびくつきながらも再び訊いてきた。


「あの、師匠? その、なんで無視するんスか?」


 言葉を発する気力もないからに決まっている。どうして見てわからないのだろうか?


「何か聞いちゃいけないような事情が、師匠とシュークリームの間にあるんスか……?」


 そんなものはない、子供の名前にしてしまったらシュークリームが食べづらくなったのだ。なんだか子供を食べているような気がしてしまって。ただそれだけだ――と心の中で答える。もちろん弟子に聞こえたはずもない。

 ピクニックと偽って連れてきたヒートは最初こそなぜ子供二人ともを私一人で背負おうとするのかと疑問視していたものの、今は色んな草花や木の実を採っては子供たちに見せて遊んでいる。実に満足そうな顔をしながら、だ。

 汗が滝のように流れるが疲れたとは言えない。ヒートに子供を預けたら、いざ魔物が出たときにヒートが戦えなくなってしまう。


「ニンニ。お前相当へばってないか?」

「そんなこと、ない……」

「倒れたら子供ら怪我するかもしれないだろ、俺が持つ」

「平気だから、黙ってて……」

「いいから貸せっての」

「じゃ、じゃあ休憩! お弁当にしましょう!」

「お、おう? 構わねえけど」


 ヒートは首をかしげつつもお弁当が楽しみだったのか納得して、平たい石の上に腰を下ろす。

 カリウスが降ろした荷物の中からバスケットケースを取り出した。


「今日の弁当は力作ッスよ、特にローストチキンがおすすめッス! 香草をふんだんに使って――」


 持ってきた紅茶を飲んで喉を潤すと、私もヒートもカリウスのうんちくを無視して食べ始める。カリウスは冒険者の才能はないが料理が上手だ。あとは畑の雑草取りも。


「やっぱりカリウスの料理は最高ね」


 私は手放しで弟子を賞賛した。こんなことは年に一度あるかないかだ。けれども久しぶりに褒められたというのに、弟子はまったく嬉しそうではないどころか顔を引きつらせている。

 狙っていたわけではないが、カリウスの料理は嬉しい効果を発揮をした。その香りに呼び寄せられたかのように、背の高い草をかき分けて二匹の魔物が姿を現したのだ。



 ◆◆◆



 料理の香りに釣られて魔物が姿を現した。オルキヌス・カラムス――冥府の蔓草つるくさは大げさな名前に反して、弟子が報告してきた通り大したことのない魔物だ。

 ――それが一匹や二匹ならば、という条件付きだが。

 チキンの香りに釣られてやって来た直系1メートルほどの球根のような魔物は、今や見える範囲だけでも40匹はいた。大量に発生していたようで、私たちは完全に囲まれてしまっている。

 最初に二匹だけが姿を現したときには弟子を褒めてやったが、こうなっては取り消すしかない。命の危険を感じた。

 それでも夫を信じていたのに。


「やべえな、戦い方を思い出せねえ」


 聞こえてきた言葉に唖然としてしまう。私の夫は、妻と子供たちに危険が迫っているときにこんな情けないことを言うような女々しい男ではなかったはずだ。

 縮こまって震えているカリウスが役に立つはずもなく、急いで決断しなくては手遅れにもなりかねない。状況をろくに確かめないまま子供たちを連れてピクニック気分でやって来た己を責めながら、私は夫に告げる。


「なら子供たちを見てて。私が戦う」


 この腰抜けめ――心の中だけでそう吐き捨てて、子供たちを夫に渡す。夫は素直に子供たちを受け取って、自分がやるとも言い出さなかった。

 ヒートに魔物をやらせるつもりで子供たちを背負って来ていたので、大剣は持ってきていない。いくら役に立たなそうとはいえカリウスから剣を取り上げてしまえば状況次第ではまずいことになるかもしれないと考え、結局小石を拾っただけで魔物たちに向き合う。……囲まれているため、全部と向き合うことは物理的にも不可能だったが。

 私のやる気を察してか、魔物たちが球根のような体から一斉いっせいに数本のツルを伸ばした。


「ちぃっ!」


 舌打ちして、目の前にいた一匹に拳で突き掛かる。球根のような胴体に風穴を開けると、その固体から伸びていた蔓は地面に落ちた。

 だが直後に、数え切れないほどの蔓が迫り来る。そのほとんどを避けながら別の固体を攻撃しようと試みるが、足を取られて体勢が崩れた。

 もはや避けることもできずに身体を雁字搦がんじがらめに縛られて、そのまま生贄いけにえのごとく上空へと掲げられる。トゲが身体中に食い込んで、赤い色が蔓を伝って零れ落ちた。

 夫と目が合う。


「なあ、良い父親でも、こういうときには暴力をさないものか?」

「っ……う……」


 言葉を発しようにも、締め付けが強すぎて息ができない。全身の骨がきしむ。

 役に立たないと思っていた弟子が、突如としてヒートを怒鳴りつけた。


「何わけのわかんねーこと言ってるんスか! あんたが助けなきゃ師匠、死んじまうッス! あんたはクソッス、最低の親父ッス! 師匠が俺の女だったら、俺は絶対に助けるッス!! むしろ俺の女にしてえんで俺が行くッス!! てめえみたいな腰抜けにはもったいねえ女ッスよ、師匠は!!」


 啖呵たんかを切ってカリウスが剣を抜くが、駆け出すより先にその剣が宙を舞った。ヒートが蹴り上げたのだ。

 無数の蔓に持ち上げられている私を仰ぎ見て、ヒートが呟く。


「ここまで全部がお前の作戦の内なのか? それとも演技じゃなくて、ホントに鈍っちまったのか? そんな草なんかに捕まってる間抜けな姿、できりゃあ見たくなかったぜ。カリウスの啖呵も、本心なのか台本があったのか俺にゃわかりゃしねえが」


 と、そこで一度言葉を区切ってから、カリウスを見据える。ひどく剣呑な目つきで、だ。


「おい、ガキどもを守ってろ。亀みてえに縮こまればてめえでもできるよな?」


 ヒートに双子を押し付けられて、カリウスが怯えた顔をする。


「ええっ――すんげぇ凶悪な感じッスけど、ええ……?」

「ニンニを寝取るっつったのは許せねえが、ガキを守りきったらそれでチャラにしてやる。マジで命懸けだな、死ぬ気でやれよ?」


 空から落ちてきた剣の柄を、ヒートが右手に掴み取った。


「ニンニ――てめぇの望むとおりにしてやる。穏やかな父親像はもう終わりだ。わりィな、こんなところに俺を連れてきやがったこと後悔させてやるぜ」


 一発やっちまったらもう、きっと我慢できねえよ――呟いて舌なめずりする男は、初めて出会ったときのような獰猛どうもうな笑みを浮かべた。

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