番外編 田舎ライフ1
お読みくださりありがとうございます、本日19時と23時に続きを公開させていただく予定です。
プラム・ガレットの村に夫と家を建ててから、二年の歳月が流れた。今では二人の子宝にも恵まれて、「幸せ」という言葉を聞いて誰もが思い描くような家庭を築き、平穏な日々を過ごしている――のだけれども。
満喫しているとか、楽しんでいるとか言えないのは、私のわがままなのだろうか? どうにも満足できない理由が一つだけあるのだ。
「おお、師匠じゃないッスか! 師匠が来たってことは、もうお昼ッスか!?」
夫のお手製の双子用乳母車を押して土手を歩いていた私に、土手の下の畑で汗を流す茶髪の青年――カリウスが嬉しそうな顔をして声をかけてきた。いつだったか私を脅そうとして失敗した挙句、魔物に殺されかけていたところを私に救われた三馬鹿の、真ん中にいた馬鹿である。
カリウスは馬鹿なのであのあと私に弟子入りを志願してきて、何度断ろうともしつこく志願してきて、更には王都を出てこの田舎にまでついて来てしまった。今ではさすがに根負けして、まれに稽古をつけてやっている。その代わりに畑仕事などを手伝わせてもいるのだが。
「私の得意なサンドイッチを作ってきてあげたから、ありがたく食べなさい」
「えっ、師匠ってサンドイッチ以外作れるモンあるんスか!?」
「……あまりないけど」
「やっぱりそうッスよね、毎日サンドイッチですし」
「文句があるの?」
「エッ!? い、いや違うッスよ! やだなぁ! 文句なんてないッス、あるわけないッス!」
「…………」
「あ、ああ、ええっと、今日もお子さん可愛いッスね!」
「そんなの当たり前じゃない。ほら、もっとよく見るといいわ。私の愛しいシューちゃんとクリィムちゃんの一歳と一ヶ月と三日は今日だけなのよ。今日この日だけの一歳と一ヶ月と三日の姿なのだから」
「ほっ……ごまかせた」
「何か言った?」
「い、いいえっ!?」
「ほらほら、まずはシューちゃんから抱く? それともクリィムちゃんがいい? 欲張って両方? あ、でも手を洗ってからにしなさい、我慢しかねる気持ちは痛いほどよくわかるけれど、ばい菌がつくかもしれないから」
「は、はいッス、すぐ洗ってくるッス」
カリウスがなぜか逃げるように川へと走り去り――そんなカリウスとすれ違うようにして先に手を洗ってきた夫がやって来る。
隻腕の夫だが右腕だけで、迷うことなく子供二人を同時に抱き上げた。
「よしよし、パパに会えなくて寂しかっただろ? ハハ、どうしてパパの顔を見て泣くんだ? パパはお前たちのパパなのに」
「あなたの笑顔って邪悪に見えるのよ」
「ハハハ、ひどいことを言うママだな、ハハハ」
そう、コイツがどうにも満足できない理由である。子供に優しいのは良いことだし、私への愛も感じるし、畑仕事だってサボらずにちゃんとやる。まるで理想の父親とでも言うかのように穏やかだ。
それが気に食わないと言ったら、やはりわがままなのだろうか?
◆◆◆
翌日、私は子供たちと木陰で涼んでいた。シューちゃんとクリィムちゃんの一歳と一ヶ月と四日の愛らしい姿は今日この日にしか見られない貴重なものだ。だから、しっかりと目に焼き付けておく。
「おおい! こんなところに居たんスか、師匠ー!」
ぶんぶんと手を振りながら駆け寄ってくる馬鹿がうるさいせいで、せっかく眠っていたクリィムちゃんが起きて泣き出してしまった。
ぎろりと睨めつけると、まだ殴れる距離じゃないというのにカリウスはびくりと首を竦める。結局カリウスは私の間合いから大きく外れた位置で足を止めた。
「事件ッス、裏山に魔物が出たみたいッス」
いまさら気を遣って小さな声で話しても遅いのだ。一度泣き出した我が子はなかなか涙を止めない。
「魔物なんて山を降りてきたら誰かが殺すでしょ、シューちゃんとクリィムちゃんには必ず私かヒートのどちらかがついているし――」
問題ないと言おうとして口を閉じる。
いや実際に問題はないのだが、これはチャンスではなかろうか?
「ヒートにやらせるわ」
「え、ヒートさんッスか? そんな強い魔物じゃないみたいッスよ? だから俺が腕試しに行ってきてもいいかって、師匠に許可貰おうと思って来たんスけど」
「いいえ、ヒートにやらせる。ショボい魔物だとしても、今の腑抜けた彼にはちょうどいいくらいでしょうし」
「腑抜けたって、師匠はヒートさんが穏やかになって喜んでたんじゃないんスか? 前はヒートさんに大人しくしろって口を酸っぱくして注意してたじゃないッスか」
確かにそうだった。私は彼が大人しくなるように心底願っていたし、実際に彼が大人しくなり始めた頃は素直に喜んでいたように思う。それがどうして嫌になってしまったのかは、はっきりとは言葉にしづらい。
なんというか、今の彼の大人しさは私が望んだ変化とは違うのだ。今の彼は大人しくなったのではなくて諦めてしまったというか……自分を押し殺しているだけのように見える。
彼が大人しくなるに伴い、彼の魅力まで薄れてしまったように感じていた。
「大人しくしろって言われて大人しくなっちゃうなんて、ヒートらしくない」
そう私が呟くと、カリウスが溜め息と共に言葉を返してくる。
「じゃあなんで大人しくしろなんて言ってたんスか?」
「言うことを聞かない彼を、ずっと口うるさく叱っていたいのよ」
「そりゃ、あんまりにも理不尽ッスよ」
「うるさい」
つい反射的に石を投げつけてしまったが、いつもは馬鹿なばかりの弟子の言うことも今回に限っては至極尤もであった。