白城(びゃくじょう)
環が車椅子を押して由香里を病室から連れ出すと、ぼんやりした表情で八重子が窓外を見やっていた。彼女に、にこりと一礼をすると環は、病院の中庭に由香里を連れ出した。
木々の揺れが、照りつける太陽の光を和らげるように、幾分中庭に居る二人にとっても苦になる暑さでは無かった。日々の喧騒の中で、又たわいない会話の中で、今自分が昨日と変わりなく過ごせている事。それがつまらないと思うか、今日も何事も無く過ごせたな・・と、思うか・・そのごく自分にとっての当たり前の日常が幸せだと感じるか否かで、目の前の風景は変化する。
幸せの定義は一定では無い。無限にあって然るべき、しかし無常の愛は普遍である。無常の愛とは神を指し示すものでは無い。誰もが持ち得る思いやりや慈しみ、気遣いに通じるものである。何時しか人は成長と言う過程の中に、そう言うごく自然に誰もが持ち得る大事なものを置き去りにして行く。それがどれだけ大切なものであるかを理解せずに・・。
夕方近くになって、沢木が喫茶店に訪れた。客はこの時間には誰も居なかった。
「どうじゃ?」
喫茶店をスタートして僅か2ヶ月目。この沢木の問いは、喫茶店の状況はどうだと言う事だった。




