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由香里と勇次
三島勇次が佐々木家に泊まりに来たのは、その週末の事だった。世に馬が合うとか言う言葉があるが、その感覚は、正にこの由香里と勇次の関係になったのかも知れない。本当の姉弟のようだった。驚いたのは、盲学校で習っていると言う、もう何年も放置してあり、調音もしていない由香里が使っていたピアノを見事な演奏で弾いた事だ。その音感は、ずばぬけていたと言って良い。
だが、勇次は、ピアノより本当はバイオリンをしたいのだと言う。
「勇ちゃん、凄い、凄い・・ピアノで食べて行けるわ、絶対」
由香里の言葉に、喜ぶ勇次であったが、その微妙な表情の変化をこの時分かる者は居なかった。
それはもっともっと後に、大きな変化となって来るのだが、幼い勇次には、周囲の喝采が、自分の今の喜びとして受け取っていたのだろう。
楽しい晩餐と、姉弟の楽しいやりとり、次の日の日曜日に三島一家が迎えに来るまでの間、色んな事を話し合った。その話題の一つが、由香里がこれから飼うと言う競翔鳩の事だった。




