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第38話

〜第38話〜


 昼休みまでの4時間の授業は今まで感じたことのないくらい長く思えた。もちろん授業に身が入るわけでもない。もっとも、ここ数日間の授業もまともに聞いていなかったわけだから、それはどうでもいいことなのかもしれない。人気のない廊下を走る一歩前の速度で歩く。第3音楽室はよっぽどのことがない限り人は誰も来ないのだから人気がないのは当然。これは推測だけど、そんなところが香介君のお気に入りの場所である所以なのだと思っている。


「…ふぅ」


音楽室の前に到着、そして軽く一呼吸。時計を見るが、まだ授業終了から5分もたっていない。


…滑稽だ。


こんなに急いで来ても、呼び出した相手も授業があったのだろうからまだ来ている可能性は低い。そもそも、これがいたずらだという可能性も捨てきれない。それでもこんなにも早く来てしまった。午前中はこの手紙のことしか考えられず、一時とはいえお見合いのことも忘れてしまうくらいに。


ただ単に、場所が第3音楽室と言うだけで。


扉に手をかける。最近ではよく開けるようになった扉だというのに、今日はそれがやけに重く感じる。気がつけば手にはうっすらと汗までかいている。緊張しているらしい。そんな自分を鼓舞するために彼の顔を思い出す。今頃どこで何をしているかはわからないけど、きっと自分のために動いていくれているであろう彼を。


第3音楽室の扉がゆっくりと開く。扉を開けた際に流れてくる風がいつの間にか手のひら以外にもかいていた汗をひんやりとしやしていく。


「お、どうやら来たみたいだぜ」


「思いのほか早かったな。まだ授業が終わってから5分少々しか経っていないのだが。まぁ、その分話をする時間が増えるのだからしれはそれで良しとしよう」


すでに中には人がいた。それもその人たちは私もよく知っている人物。


「九条君…、七倉君…?」


そういえばこの二人はさっきの授業に出ていなかった気がする。教師も二人のサボリはいつものことなので黙認していたから気にも留めなかったが、それなら授業が終わって真っ先にここに来た私よりも早くここにいるのも納得だ。


「二人がここにいるってことは、私をここに呼び出したのは……」


「無論、俺たちだ」


どこかほっとしながらも少しだけ残念に思っている自分がいた。呼び出した人が香介君のはずはない。そんなことはわかっていたはずなのに、どこかでうっすら期待していたのかもしれない。


「水野でなくて悪いな。できればあいつも一緒に呼び出したかったところなのだが、昨日のエスケープに続いて今日がボイコットのようなのでな」


「それでなんのようなのかな?私もあんまり暇じゃないんだよ」


考えを読まれてたことが気恥かしくて、少しとげのある言葉を返してしまう。やつあたりもいいところだ。


「俺たちとしては時間をとらせるつもりは毛頭ない。もっとも朝倉が俺たちの質問に素直に答えてくれればの話だが」


「私に質問?」


「そういうこった。香介の奴に聞いても何にも教えちゃくれないどころか、ここ最近は話すらしてないから問い詰めようもないんだよ」


七倉君の言葉を九条君が引き継ぐ。その顔にはいつものふざけた気配はまるでない。


「この前少し話はしたんだがな、水野からことの顛末を聞くまでにはいたらなくてな。なんでも今回のことについては自分が大元というわけではないから、と言われてはこちらとしても突っ込んで聞くわけにはいかないからな」


また香介君に感謝すべきことがひとつ増えてしまった。もちろん香介君が誰かに言いふらすようなことをするとは思ってはいないけど、本当に誰にも言わないでくれていたことをこうして実感すると、無性にうれしくなる。


「あぁ、それから水野はその大元が朝倉であるとは一言も言ってはいないから心配は無用だ」


「それにも関わらず私にたどりついた七倉君にすごく不安感を覚えるんだけどな」


「ふ、俺にかかればその程度のことを調べるなぞ朝飯前なのだよ」


「一歩間違えば犯罪者だけどな……」


私も九条君に心から賛成したい。プライベートも何もあったもんじゃないよ。


「とにかくだ。水野が朝倉のために何かをしているのはわかっている。そこから先も調べようかとも思ったのだが、そこは本人に聞くのが一番だろうと思ったわけだ」


「軽い脅しだよね、それ?」


「人聞きの悪いことを言うな。あくまで俺達は質問しているだけであって、無理に聞こうとは思っていない。もっとも、朝倉からことの真相を聞けないのであれば自分で調べるしかないのだがな」


そう言って不敵な視線を送ってくる七倉君。ほんと、この人をいつも相手にしている香介君はすごい人だよ。なんて、人ごとみたいに思っている場合ではない。七倉君のこの口ぶりから察するに、きっと私がここで何も言わなくても自分で調べてしまう気がする。だからと言って事実を二人に教えてしまうのは、あまり気が乗るものではない。


「なぁ、奈菜ちゃん。そりゃ奈菜ちゃんにもきっと事情があるんだろうけどさ、俺達としても香介の力になってやりたいと思うんだよ。だからさ、詳しく話してくれとは言わないから香介が何をしているのかだけでいいから教えてくれないか?」


わかっている。九条君はただ純粋に香介君のことを心配しているだけ。七倉君だってきっとそうなんだろう。だけど香介君のことを教えると言うことは結局全部話すのと同じことになってしまう。


二人の視線と私の視線がぶつかる。


話すべきか話さざるべきか、私はどうしたらいいのだろうか。


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