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第37話

〜第37話〜


 正直な話、俺は人と会話をするのが苦手だと思ったことはない。むしろ得意だとすら感じているくらいだ。と言っても、この場合の得意と言うのは何もあれやこれやと話題を作り、初対面の相手とでも会話に困らない、とかおういうたぐいのものではなく、あくまで人に不快な思いをさせずにこちらのペースに巻き込み、うまいこと会話を終結させるといったものだ。そのおかげで過去何度もトラブルを切り抜けることができた。たいしたトラブルではなかったが、俺にとってはそれは大きな武器だった。


「まずは座りたまえ。手短に終わる話でもあるまい」


目の前に立つのは言ってみれば同じ人間。だが、その体からはそこしれない威圧感のようなものを感じてしまう。この人物、神崎祐一の前では俺の話術などまったく通用する気がしない。俺は自分が気圧されていることだけは相手に伝わらないように細心の注意を払いながら応接用のソファに腰を下ろす。昨日通された創設室のものよりも、格段に座り心地がいい。


「水野君だったね。知っているとは思うが一応自己紹介はすべきだろう。私は神崎祐一、神崎コーポレーション現社長であり、神崎祐介の父親だ」


ただしゃべっているだけのはずなのに、その一言一言が重い。これが何万人もの上に立つ者の威厳というものだろうか。


「今日は早い時間に押し掛けてしまい、申し訳ありませんでした。水野香介と言います」


それでも努めて冷静を装い言葉を返す。神崎社長の表情からはその感情の動きを読み取ることはできない。


「早速だが要件の方を聞かせてもらおうか。今日はそこまでスケジュールが詰まっているわけではないが仕事がないわけではないのでね」


さすがは親子と言ったところだろうか。息子と同じようなことを言う。


「お時間をとらせるつもりはありませんのでご心配なさらないでください」


言うべきことはしっかり脳内に刻みつけてある。切り返しの対応も何パターンもシュミレーション済みだ。


「単刀直入に聞きますが、息子さんのお見合いについてどう思われていますか?」


「ずいぶんと直接的な質問だな」


「僕の急な要求に応えてくれたんです。要件の方はわかりきっているでしょうし、余計な前置きなどは不要かと思ったので」


俺のような一学生が大企業の社長とそう簡単に話し合いの席を設けることなどできるはずはない。それも前日にアポをとるなど問題外だ。そこで俺が連絡を取るために使ったのが、奈菜の父親だった。仮にも息子の縁談の相手の親、その人の頼みをそうそうむげに断ることはないと踏んだのだ。そしてその予想はずばり的中、そのおかげでこうして神崎社長と一対一で話ができているというわけだ。


「これもお分かりかと思いますが、奈菜の方は今回の件に乗り気ではありません。はっきり言えば、そちらの息子さんが一人で盛り上がっていると言ったほうがいいでしょう」


「続けてたまえ」


「お見合いの話が出て以来、奈菜の方は日に日に元気をなくしていっています。力を入れていた学校行事に対するモチベーションも、今では見る影もありません。それもこれも、息子さんの強引な話の進め方に問題があるかと思います」


正直、いますぐ帰れと言われても仕方ないようなことを言っている自覚はある。これは賭け、いや、もはや無謀と言ったほうがいいのかもしれない。それでもこの手段にでたのはやはり時間がないという理由からだ。残りの日数を考えると、正攻法ではどうやってもまにあわない。だからあえて相手側を悪者に仕立て上げ、良心の呵責にうったえようとしているのだ。よくある手だが、一番効果的であるのも事実だ。


「本来それを言うべきは朝倉さんの両親であるべきではないのかね?仮に事情があって来れないにしても、もう少しそれなりの人を寄こすのが筋だろう。少なくとも娘の友人というのはありえないことだと思うのだが?」


さすがと言ったところか、こちらの主張に対する反応は全く見せず別の切り口から逆にこちらを攻め立てる。無論、話の腰を折るようなことはまったくない。


「それはどの口が言っているんですか?」


だからと言って、それで動揺するような作戦を練ってきているわけではないのは当然ことだ。こんな切り返しは想定の範囲内だ。一晩という短い時間ではあったが、一時間に満たない話し合いのシミュレーションをするくらいには十分すぎるほど、このパターンももちろん想定済みだ。


「奈菜の父親はあなたの会社の取引相手、しかも優位性はそちらの方が圧倒的に上です。あちら側にしてみれば今回の話は渡りに船、うまくいけば神崎コーポレーションと対等関係にもっていける可能性すらある。そして逆もまたしかりです。そんな状況で奈菜の父親が自分の一存で断れるわけはない」


これが今回の件で一番大きな問題。これがなければすぐにでも解決するのだ。


「だから奈菜の父親はそう簡単に動くことができない。そこで僕が来ているんです」


「それでは質問に答えたことにはならないだろう。そんなことはこちらとて十分に理解している。私が聞いているのはどうして君なのかということだ。よもや君の中では他人の縁談に赤の他人が横やりを入れるのが常識というわけでもあるまい」


この問いも想定はしていたが、俺は答えを未だに決めかねていた。選択肢はふたつ、どちらでも話を続けるのに問題はない。


「僕がここに来ているのは……」


だけどそれの返答は俺の気持ちに大きな影響を与えることになるだろう。そしてこの先の奈菜との関係にも。


「奈菜が…」


答えは最初から決まっていたのかもしれない。でもそれを言うことに対するメリットとデメリットを俺は天秤にかけていたんだ。


「大切な……」


でもここはそんなことを言うべきところではない。ここだけは自分の本音をぶつけるべきなんだ。


「大切な親友だからです。親友が苦しんでいるのなら、それに対して何かをしてあげたいと思うのは間違っていますか?」


このとき俺ははじめて神崎社長の顔を真正面から見ることができた。そしてその顔に覚えていないはずの自分の父親の顔が重なったのは、どうしてなのだろうか。

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