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第36話

〜第36話〜


 水曜日。創立祭での発表までは今日を含めて4日。加えて奈菜のお見合いまでは2日。絶望的に時間が足りない状況の中、俺はといえば再び神崎の会社を訪れていた。現在の時刻はまだ午前9時であり、もちろん今日も学校はある。今頃学校ではまた百合が怒り狂ってるかもしれないが、今は悠長に授業など受けてる暇はない。とにかくなんとかして状況を打開し、神崎にたしいて有利な立場を得なければならないのだから。

 昨日とは違い、ビルの裏手にある通用口から中に入る。もちろん正面玄関と違い、警備の面ではこちらの方がきついのは当たり前なのだが、その辺のぬかりはない。警備員に名前を告げるとすぐに中へと通される。警備室の中にいたもう一人の警備員に連れられビルの中を進んでいく。確かに現時点で俺たちが神崎に使える手札は何もなく、さらにその手札を手に入れられる有効な手段も昨日の話し合いで得ることは出来なかった。だが別の手札なら持っている。有効な手段を得るための手札ならまだいくつか残っている。


「こちらです。中でお待ちになられています」


「ありがとうございました」


警備員は俺からの礼を聞くと、自分の持ち場に戻っていく。連れてこられえたのは昨日の応接室ではない別の部屋。一つ呼吸を置く。吸いこんだ空気が鼻腔を通り体内に入る。


―コンコン


扉をノックする音が廊下に響く。中から返答が返ってくるまでがやたらと長い。実際には数秒だが、その間にも心臓はずっと早鐘を打ち続けている。


「入りたまえ」


扉を開けたその先は昨日の応接室とは比にならないものだった。応接室に使って会った調度品はもちろんどれも一級品だっただろう。だがそれも、この部屋にあるものに比べればどれも見劣りしてしまう。別にその手のものに特別な知識があるわけではない、それでもその違いがわかってしまうほどにこの部屋は特別だった。


「今日はわざわざ時間をとっていただきありがとうございます。昨夜電話しました水野です」


俺の言葉に、部屋の一番奥のこれも高そうな机の後ろにいた人が振り返る。丁度部屋の窓が大きかったことと、その窓の位置が東向きにあったことで太陽の光が部屋の中には強烈に入ってきている。


「君が水野君か。私が神崎コーポレーション社長、神崎祐一だ」


太陽の光に一瞬目がくらむが、背筋を伸ばし視線をはずさないようにする。神崎祐一、神崎コーポレーション社長にして神崎祐介の父親。そして俺が手札を手に入れるための鍵。


失敗は許されなかった。



 廊下側の一番後ろの席、そこが私の席だ。窓際と違ってどうしても暗いイメージがある子の席だが、私はこの席が嫌いじゃない。むしろ気に入っているくらいだ。黒板に書かれる文字を機械のようにノートに書き写す。ここ数日の自分は、まるで人形にでもなってしまったかのように感情の起伏が乏しい。


―チラッ


 視線だけを横に向ける。窓際の一番後ろの席は昨日の午後に続いて今日も空席。香介君のことだから、きっと今頃私のために動いていくれてるに違いない。いつだってそうだった。本人は意識してないんだろうけど、私が困っている時にはいつだって助けてくれた。だから香介君がバンド活動に参加してくれると聞いたときには飛びあがるくらい嬉しかったし、逆に昨日の放課後の練習に来なかった時にはお見合いのことを聞いたとき以上に悲しかった。

 別に私は香介君の隣を望むとか、そんな贅沢を言うつもりはない。ただずっとみんなで笑いあえていたらそれでいい、それ以上を望むつもりはない。だけど今はそれが出来ない。うまく笑うことができない。


「奈菜さん、大丈夫ですか?」


いつの間にか授業は終わっていたらしい。どうやら私は香介君の席を眺めたまま意識を飛ばしていたようだ。百合ちゃんが話しかけてくるまでそれにすら気付かないなんて、本当に今の私はどうかしている。


「気分が優れないのでしたら保健室に言ったほうが……」


「大丈夫、授業にはちゃんと出るから」


「そう、ですか…。でも無理はしないでくださいね?創立祭はもうすぐなんですから、ここで体調を崩したら大変です」


そうやって心配してくれる百合ちゃんの言葉が今はすごく重い。今の自分は創立祭の練習に身が入らないどころか、関係ないことで迷惑までかけてしまっている。


私は、ただ創立祭での演奏を楽しくやりたかっただけなのに……


自分の席に戻って行きながら携帯をいじっている百合ちゃんの背中を見ながら、私は次の授業の用意のために机の中の教科書を取り出す。


―ん?


机の中に明らかに教科書以外の感触。私はどういうわけか、机の中に教科書以外の物をいれておっくのが極端にいやだった。だからプリントなんかはクリアファイルに入れてきちんとカバンにいれておくことにしている。だけど今感じた感触は明らかにプリントの類、ぼーっとしてる間に間違えて入れてしまったのかと思い引っ張り出して確認する。


『昼休みに第3音楽室で』


今朝配られたどうでもいいようなプリントの裏にはそれだけが書かれていた。


一体誰が?


答えの見えない疑問は私の不安をさらにあおる。それでも、なぜかこの手紙の主に会ってみたいと思う気持ちが留のも事実だった。待ち合わせの場所が第3音楽室だったから。

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