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第35話

〜第35話〜


 朝倉家に入るのは実質これが二度目だ。一度目は確か特売の魔力につられた奈菜が、買い物袋を6つも抱えて帰る事態に陥ったときだった。それを奈菜の家まで運んだのが一度目。なぜか俺が持つ量が4袋だったとか、次の日は筋肉痛になったとか、本当にたわいもない思い出。

出来れば今回もそんな普通のシチュエーションで訪れたいところだったのだが、世の中はまったくうまくいかないものだ。


「こんな時間にすみません」


「いや、気にしなくていい。面倒を押しつけているのはこっちのほうだ。私に出来ることならなんでも言ってくれて構わない」


現在時刻は21時を回ったところ。あの後すぐに連絡をとったのだが、当然奈菜の父親は会社員。夕方はまだ業務時間の真っ最中。そこで仕事が終わるのを待ってから朝倉家で会合を行うということになったのだ。


「そちらの子は水野君の友達かい?」


「はい。今回の件に関してはあまり口外しない方がいいとは思ってますけど、協力者という人物がどうしても必要だったので」


「そうか、水野君が必要だというのなら。ただ…」


「わかってます。彼女以外には話していませんし、話すつもりもありません」


俺たちの会話に、半ば強引に連れてこられた百合はどこか居心地は悪そうだ。


「藤本百合と言います。すみません、関係のない私が…」


「いやいや、こちらこそすまないね。本当なら私が解決しなくてはいけない問題なのに、他人に任せるような形になってしまって……」


はじめて会ったときからこれで何度めだろうか、おじさんが自分を責めているのを見るのは。もっともここは何かを言う場面ではない。おじさんが言っていることは俺自身その通りだと思う。それなのにここで下手な慰めなどをかけるのは逆に失礼に価する。それでも協力すると決めた以上、助けになりたいと思うなら行動で示せばいい。


「奈菜はもう帰ってきていますか?」


早速本題に入りたいところではあったが、その前にもう一人、今回の本当の意味での関係者がここにいない。


「帰ってきているようなのだが、部屋にこもっているようで」


「呼んできてもらえますか?」


「今はそっとしておいてやれないか?私が言うのもあれだが、奈菜は相当参っているようなんだ。できれば家にいる間くらいは一人にしてやりたい」


それはお願いというより懇願に近いものだった。学校での奈菜の様子を見ればその言葉の意味くらい嫌でもわかる。無理していつもの笑顔を作り、必死で自分を演じようとしているのを見るはこっちの方が辛くなるくらいだ。


「だめです。何の話をするにしても奈菜がいなくては話になりません、呼んできてください」


「水野さん!?」


百合が驚きの声をあげるがそれを無視する。


「どうしてもかい?」


「はい。どうしてもです」


「わかった…、少し待っていてくれ」


おじさんは重い腰を上げリビングを出ていく。おそらく何をつれてくるまでは若干時間がかかるだろう。その間にこいつをなんとかしなくてはならない。まったく、つれてきたのは失敗だったな。


「どういうつもりですか?ただでさえ今日水野さんが練習に来なかったせいで落ち込んでるんですよ!?」


「だからだ。いいからお前は黙ってことの成行きを見てろ」


「ですけど!」


「奈菜のためを思うなら黙ってろ」


「…ッ」


実に卑怯な説得だとは思うが、今は手段を選んでいる場合ではない。神崎のあの様子では、今のこちらの手札では勝ち目はまったくない。百合とて納得はしているはずはないが、奈菜のことを思えばこそ、それ以上は何も言わなかった。


 おじさんが席を離れてから30分を過ぎたころ、ようやくリビングに戻ってきた。その間、俺と百合の間に会話はなく、部屋にかけてあった時計の音だけが響いていた。


「奈菜、早く座りなさい」


おじさんに促されて部屋にリビングに入ってきた奈菜の足取りは重く、俯いているため表情も読み取れない。学校では無理に明るく振舞っているが、家ではそれをするのも無理らしい。


「香介君に百合ちゃん……、わざわざ来てくれてありがとね」


それでも律儀に俺たちに礼を述べる。普段ならそんな奈菜に何か慰めの言葉をかけるだろうが今はそれをしない、するつもりもない。


「奈菜も来たところで、早速本題に入ります」


奈菜と百合もいる場ではあるが、ここは敬語で話すことにする。おじさんへの配慮という意味もあるが、何よりそうすることによって今から話すことへの重要性をあげるためだ。神崎は強敵だ。それをどうにかするためには俺一人の力ではどうしようもない。


「今日の午後、奈菜の見合いの相手、神崎祐介に会ってきました」


「彼に会ったのかい!?」


「ええ、アポ無しでしたけど奈菜のことについて話があると言ったらわりかし簡単にあってくれましたよ」


「そうか……、それならいいのだが」


さっきまで沈み込んでいた奈菜だが、俺が神崎に会ったと聞くと途端に目の色が変わった。それは百合にしても同じだったが、その驚き具合には違いがある。百合のは純粋に驚きだが、奈菜のそれには安堵のようなものが含まれている。


「そういうわけだから、別に行きたくなくて練習をさぼったわけじゃないから勘違いするなよ?」


「香介君……」


その一言で奈菜の表情は劇的に変わったと言ってもいい。本調子には遠く及ばないが、それでもさっきまで死んだような表情に比べたら十分によくなっている。


「この話はまた明日にでもしよう。今はそれよりも大事な話があるからな」


奈菜に向けていた視線をおじさんに戻す。


「無事に会えたのはいいのですが、ちょっと問題が起きました」


「問題?」


「ええ、俺と奈菜が恋人でも何でもないということがばれてしまいました」


俺は神崎とのやりとりの詳細を説明する。それを聞いた3人の反応は全部俺と同じ。こっちの対応にばれる要素はなく、それでもそこに確信を持ってたどりついた神崎は相当の観察眼と洞察力を持っているとということ。

現状こちらの持てるカードは何もなく、今から数日の間になんとかして神崎に勝てるだけのカードをそろえなければならないということ。


そして、誰もそれを口に出すことはなかったが、今のままでは奈菜の縁談を破談にする要因が何一つ見つからないということ。


 その後も話し合いは続いたが、0時をまわったあたりでお開きとなった。何の対策もたてられないまま。

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