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第33話

〜第33話〜



「奈菜さんのことで話があると聞いたけど?」


俺の前に座った神崎は、開口一番そう口にする。その口調は穏やかで、しかしだからと言って俺をどうでもいいものとして扱っているわけでもない。

第一印象としては非常にいい感じの人柄。さすがは20代で会社の重要なスポットを任され、尚且つ社員からの好感も高いわけだ。


「奈菜本人から、今週末に正式にあなたとお見合いをすると聞いたのですが」


「そのことか。うん、それは本当のことだよ。正直楽しみでね、早く奈菜さんと話せるのが楽しみなんだよ」


なんとも予想外の返答。というかなんだそのきらきらと輝いた目は。


「彼女を見たのは本当に偶然でね、ちょうど先方の会社に行った時に見かけたんだ。なんでもお父さんのお弁当を届けにきたとか。いい子だよね〜」


しかも勝手に話し始めた。しかも口調変わってきてないか?もはや友達に話しているような感じになってきているのだが。


「あれが一目ぼれって言うんだろうね。柄にもなく舞いがってしまってね。まさかあんなに……」


「あんなに?」


「いや、すまないね。少しばかり話が脱線してしまった」


何かを言いかけたところで、思い出したように会話を打ち切る神崎。口調も最初のそれに戻っている。


「そういえばまだ君の名前も聞いていなかったね」


「水野香介です」


「水野君ね。ここに来たというとは僕のことはすでに知っていると思うけど一応自己紹介しとくよ。僕は神崎佑介。神崎コーポレーションの専務をやっている」


神崎コーポレーション。奈菜の父親から渡された資料によれば、確かコンピューター関連の会社だと書いてあった。仕事の幅は広く、PC本体の製造開発から、ソフトウェアの開発など現在、日本のコンピューター産業の中枢を担う企業だ。

対して奈菜の父親の会社はその商品の販売や宣伝などを行う、まぁいわゆる傘下的な企業というところだろう。そんなところの専務が自分の子会社のましてや一社員にほれ込むというのだから、なんというかすごいことに思えてくる。もっとも、愛の前にはそんなものは関係ないとか言われたらそれまでなのだが。


「それで、君は奈菜さんとどういう関係なのかな?」


当然の質問だろう。いくら事情を知っているとはいえ、俺と奈菜はあくまで他人同士。人様の家の事情に首を突っ込むような関係にはみえないだろう。


「おそらくは恋人といったところかな?」


「鋭い洞察力ですね」


「いやいや、それ以外に君のような学生が僕に会いに来る理由はないだろうからね」


そりゃそうだ。まぁ、よっぽどのお人よしならば友達のピンチだとかなんだがで来ないこともないだろうがな。出されたお茶でのどを潤す。なかなかいいお茶っぱを使っているようだ。あれ?それじゃあ、偽の恋人になっている俺はよっぽどのお人よしか?


「それで、奈菜さんの恋人である君が僕に何の用なのかな?」


そんなことわかってるだろうにな。このときはじめて神崎の顔に嫌なものを見た。何かを企んでいるような、いや、そんなものではない。この表情は策士の顔だ。


本性出してきやがったか。


「簡単な話です。奈菜には現在俺という恋人がいます。ですから縁談を取りやめてください」


「これはまた直球だね」


「あなたに対して変化球はいらないでしょう?お望みならばスライダーでもシンカーでも投げてあげますけど?」


「お気づかいどうも。だけど遠慮しとくよ。僕もそんなに暇じゃないんでね」


神崎が最初に部屋に入ってきたときの和やかな空気は、すでに部屋のどこにもない。お互いがお互いをけん制し、腹の内を探り合う。


「もう一度言いますが、奈菜には僕がいますので」


よくもまぁ、これだけ大っぴらに嘘が言えるものだと自分でも半ば感心する。奈菜は友達、いや、親友レベルの仲だとは思うが、一度もそういった感情を抱いたことはない。にもかかわらず、これだけ恋人だと言い張れるのはなぜだろう?もっとも、今はこの態度のほうが、相手にうそを見抜かれる可能性が減るのだからいいのだけれども。


「恋人か……、別に大した問題じゃないよ」


「何がですか?」


「奈菜さんに、君という恋人がいる居ないは大した問題じゃないと言っているんだよ」


神崎も先ほどの俺と同じようにお茶を飲む。今の言葉はどういうつもりだ。


「確かに今は君が奈菜さんの隣にいる。だけど所詮は高校生の恋愛だ、そう長くは続かないさ。だけど僕には奈菜さんを幸せにする力がある。地位も財力もだ」


神崎はなおも続ける。


「一時的に君との別れは辛いものになるだろうが、それもそのうち思い出に変わる。人は忘却の生き物だからね。そしてその時に気付く、あのとき僕を選んでよかったと」


その言葉を聞いて俺の中に起こった感情は、驚きでも、怒りでもなかった。純粋な呆れ。少しでも理性のタガがはずれれば、すぐにも目の前の相手にとびかかりそうなくらいの呆れ。

言っていることは間違いないだろう。こいつは奈菜に人並みの幸せを送れるだけのものを持っている。だけど納得などいくはずがない。何を持ってこいつに奈菜の未来を決めるだけの権利があるというのか。


「君にとっても決して納得のいくものではないと思う。僕としてもそれなりのことを君にするつもりではいる」


「結局はお金ですか?」


「君がそう望むのであれば」


神崎の目は揺るがない。あの写真で見た通りの自信に満ちた目。その目を見て、俺はますますこいつに奈菜を任せるわけにはいかないと思った。確かに俺は本当は奈菜の恋人でも何でもない。だけど、それでもこいつだけは嫌だった。こんなやつに親友の将来は託せない。


「交渉決裂みたいですね」


「なるほど、それが君の答えか」


ため息をひとつはくと神崎は座っていたソファから身を起こす。


「それじゃあ僕はそろそろ仕事に戻るよ。これでも忙しい身なんでね」


「貴重なお時間をとらせてすみませんでした」


相手がどんな奴であれ礼節はわきまえるべきである。気は進まないがお礼を述べ、一礼を神崎にする。


「さっきも言ったけど気にしなくていいよ。君と話せてよかった。奈菜さんに素晴らしい友人がいると言うことがわかったからね」


それじゃあ、と言い残し神崎は部屋を出る。


友人ね……。


どうやら相手は一枚も二枚も上手のようだ。なにせファーストコンタクトで俺の嘘をこうも簡単に見破ってしまうのだから。

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