第31話
〜第31話〜
屋上というのは実にいい。校内にいるのに外にいるという不思議な感覚。開放的になれる空間。なんともいい場所である。しかし、そんないい場所でありながら、今ここにいるのは俺と七倉に歩の3人だけ。昼休みの屋上なんて人であふれていそうだが、最近の学校では屋上というものは基本的に立ち入り禁止であり、施錠されているののが大半なのだ。ならなぜ俺たちはその屋上で昼食をとっているのか?その質問はやぼというものだ。高校生というものは、時に無茶をしたくなる年ごろなのさ。だから俺は扉に付けられていた南京錠が壊されて、いつの間にか七倉の買ってきた南京錠に付け替えられていて、あまつさえそのカギを持っているのは俺たち3人だけなどということは全く知らない。知らないと言ったら知らない。
――あぁ、今日もいい天気だ。
「で?何があったんだ?」
会話の開始は歩のいきなりの質問から始まった。前ふりも何もあったもんじゃないな。それでも通じてしまう自分が少しだけいやになる。男と以心伝心っていうのもなんだかな。
「藪から棒になんだいきなり?」
なのでとりあえずそんな返答をしておく。購買で買ってきたパンを口の中に放り込む。今日のカレーパンははずれだな、カレーの量が少ない。
「だ〜か〜ら〜、昨日今日と明らかに様子がおかしいからわざわざ屋上で話を聞いてやってるんだろう?感謝しろよ」
どこにどう感謝していいのかイマイチわからないが、とりあえず俺がここに呼び出された理由はわかった。つまるところ、自分ではそんなつもりはなかったが、奈菜のことで少しばかり俺の様子がおかしかった。だから授業中にルーズリーフに呼び出しを書きなぐって俺の頭にぶつけてみたと。
「何すんだこの野郎」
「いや、いきなり意味わからねぇし」
まぁ、こいつなりに気を使っているんだろう。根はいい奴なのはよく知っている。なんというか情に厚いんだこいつは。もう一人のほうは知らんが……
「なんだ水野、そんな熱い視線を送るな。照れるじゃないか」
「そうだな。もうお前はそこから飛び降りていいぞ」
「遠慮しておこう。まだまだこの世に未練があるのでな。それを消化しないうちは死んでも死にきれんさ」
七倉はそういうと、缶コーヒーを一気に飲み干す。その姿がどこか様になっているのが気に入らない。
「それで何があったんだ水野よ?」
「そうだ、せっかく俺たちが時間をとってやってるんだからさっさと話せよ」
だから頼んだ覚えはない。そんなことは口には出さないけどな。実際、思ってもいないし。正直言えば嬉しくもある。自分の変化に気付いてくれて、尚且つその相談に乗ってくれようとしているんだ。嬉しくないはずはない。もっともそれをつたえるかどうかはまったくの別問題ではあるが。
「何かといってもなぁ」
「校内で何か起こったということは俺の情報網にはかかっていない。ということはこの週末に水野の周辺で何かあったということだ。まぁ、この地域の情報もそこそこは入っては来るが、お前の様子にかかわることは何もなかったがな」
真剣に七倉という存在がわからなくなる言葉なので、そのままスルーしておくことにする。しかし今俺が抱えている問題を二人に話していいものか?あくまで今回のことは奈菜の家庭、つまり朝倉家の問題であり、俺がそこに絡んでいるのはたまたまである。百合に話したのは不可抗力ということにしておこう。百合は奈菜と友人、いや、付き合いは短いが親友みたいなものだし。
「何か話しづらいのか?」
「あ〜、俺にもかかわっていると言えばそうなんだけどさ、大元が俺じゃないからな」
「つまりその大元とやらに確認もとらずに話してしまうのは気が引けるということか」
「まぁそういうことだな」
奈菜のことだから怒らないとは思うが、――もっとも今はそれどころではないだろうが――自分の家庭の事情を聞かれるのは嫌かもしれない。というか嫌だと思う。
「そんなわけで気持ちだけありがたく受け取っておくことにする」
「なんだよ〜、俺たち仲間はずれかよ香介〜」
「お前は少し空気を読め」
「まったくだな九条よ。なんなら俺が空気の読み方を伝授してやってもいいぞ?」
「そのおまけに変な能力に開花しそうだから遠慮しとくぜ」
その言葉に3人で笑う。それはもう馬鹿みたいに声を上げて。その時間はとても楽しいもので、やっぱりこの二人は悪友であり親友だと改めて感じる。沈んでいた気持ちもだいぶ浮上してきた。
ここからだな。
今一番つらい立場にいるのは他でもない奈菜なのだ。今頃一人でかどうかはわからないが、少なくとも笑うこともなく昼休みを過ごしているのだろう。それをどうにかしてやれるのは誰だ?今のところ俺しかいないだろう。なら、やってやろうじゃないか。今俺がこうして笑っているように、奈菜にも笑顔をとり戻してやろうと、おもう素直に思えた。
けれどその前に、今はまだ、せめて午後の授業の予鈴までは、このバカみたいな時間を過ごすことに専念しようと思う。