第30話
〜第30話〜
翌日も状況は何もかわりはしなかった。朝練の間、奈菜はずっとぼーっとしていたし、俺と百合はそれを気にかけるばかりでまともな練習など少しもできはしなかった。無論、俺だってそんなに簡単に自体が好転するなど思ってはいないが、今朝音楽室の扉を開ければ、いつものように快活に笑う奈菜の笑顔が見れるのではないかという淡い期待がなかったと言えばうそになる。
「水野さ〜ん」
「うるさい」
「わ、その反応は少し冷たいんじゃないですか?」
傷つきます、とかなんとか横で百合がわめいているがもちろんスルーだ。構ってもいいことないのは明白だし、百合がそれを少しでも場をなごませるためにやっていることは俺にもわかる。わかるがだ、
「ひどいです!私とは遊びだったんですね!!」
正直うっとおしい。まったく、こいつは人にゆっくり考え事をさせたくないのだろうか。しつこく百合が何かをわめいているがさらにスルー。だが、これだけうるさくしている(主に百合が)のにもかかわらず、奈菜はこちらに関心をしめさないどころか見向きもしない。結局、昨日の放課後に続いて今朝も貴重な練習時間を浪費していくのだった。
授業中も考えるのは奈菜のことばかり。なんだかこれだけを聞けば一見恋する少年に聞こえるが、もしそうだったらどれだけよかったことか。
――コツン
「……ん?」
机の上に転がる丸められたルーズリーフ。どうやら俺の頭に当たったらしい。周囲を見渡してみると、七倉と歩がなにやら意味深な視線を送っている。どうやらこれの差出人はあの二人らしい。
『昼休みに屋上に来い』
ルーズリーフにはそれだけ書かれていた。意味をはかりかねて、もう一度視線を飛ばすが二人はすでに授業に意識を戻しているのかもうこちらを見てはいない。
仕方がない。
昼休みも貴重な時間のひとつであり、役に立つかどうかは別として百合と今後の方針を話しておきたかったのだが……
そうは思ったが、少し気がめいっていたのも事実。たまには悪友と一緒に昼飯でも食って気分を紛らわせるのも悪くはない。そう考えると、不思議と気持ちが少しだけ軽くなったような気がした。
昼休みの喧騒にまぎれて校舎を移動する。今日も水野さんと昼食をとろうかと思ったが、すでにどこかに行ってしまった様子。べつに約束をしていたわけでもないのでいなくてもさしてかまわないのではあるが、一人でいると妙に男子生徒からの視線が気になる。
どこかいい場所はありませんかね?
水野さんのお気に入りの場所に行ってもいいのだが、なんとなくそういう気にもなれなかった。あそこは水野さんの場所であり、決して私の場所ではない。本人がいないのにそこに行くのは少しためらわれた。
校舎を出て場所を探す。できれば人がいない場所がいい。中庭では生徒が何人かおしゃべりをしながら昼食をとっている。空を見上げれば気持ちのいい青空。こんな日に外で食べるのはさぞかし気持ちいことだろう。
校舎を離れ、学校の敷地の中を歩く。中庭を通り抜け、テニスコートを横目に校内の散策を続ける。そこでふと目にとまった横道。意識していなければおそらく気づかないであろう細い道。だが、そこは確かに道であった。木々の間にできたその道はその部分だけは土が露出して踏み固められている。雑草が生えてはいるがたしかにそこだけは異質であった。
道はそれほどは長くはなく、一分も歩けば開けた場所に出た。
「これは……、少し驚きですね……」
眼前に広がるのは一面の桜。これが先ほどまでの校内の風景のだろうか?それほどまでにここの風景はそれまでのものと違っていた。
「情報には聞いていましたが予想以上です……」
ここが例の場所ですか。
いつぞやの香介と同じく、百合もまたその風景にみとれていたのだった。