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第27話

〜第27話〜





 言い訳や嘘をつくことは自慢じゃないが得意なほうだ。小さい頃からなんだかんだで世渡りのうまかった俺は、気付けばそういったことが人よりもうまくなっていた。


「今日は悪かったね」


「いえ、お気になさらないでください」


だから今回も最悪の事態にはならない自信があった。この場合の最悪の事態とは、俺と奈菜の嘘がばれることである。

疑惑をもたれたとしても、とりあえずはこの場を乗り切ることが先決だ。


そのワードを胸に、奈菜の父親の言葉に丁寧に、そしてなるべく柔らかい表情で答える。


「今回の縁談は仕事の上司からの頼みでね、どうしても断りきれなかったんだ」


案の定というか、見事に予想通りの答え。まぁ、見るからにお人よしのような顔をいしているし、頼みごとの類はきっと断るのが苦手なのだろう。


「私としても奈菜の望まないことをしたくはないのだが……」


今の一言で、この人がどれほど奈菜を大切にしているかがよくわかった。言葉の内容だけではない。その口調、そして表情。うまく説明はできないが、これほど大切にしてもらっている奈菜は、とても果報者であると思わず思ってしまう。


「それはどうやっても断れないんですか?」


「一度引き受けてしまった手前、そう簡単にはいかないな」


それはそうだろう。簡単にいくならそうしているだろうし、そもそも奈菜が俺を代役に立てるくらいなのだ、親子での話し合いの場でひと悶着くらいあったに違いない。


「まったく、本当に私はだめな父親だよ」


絶え間なく思考を展開させていると、ふとおじさんがそう漏らす。その声のトーンに思わず思考を中断する。


「離婚の原因もすべてとはいかないが、ほとんどは私のようなものだ。そのせいで奈菜には計り知れない迷惑をかけることになってしまっている」


それは愚痴といえばおれまでだが、おじさんの心の叫びのようにも聞こえた。


「高校生活といえば青春まっただ中、一番楽しい時で遊びもしたいだろう。それなのに私のせいで奈菜は家事に縛られてろくに遊べてもいない」


確かにそうかもしれない。いきさつは違うとはいえ俺も母子家庭で育っている以上、家事という仕事は一日のスケジュールの中で大きな部分を占める。

事実、それで友達からの誘いを断ることになったのも一度や二度ではない。


「一人暮らしとは言え、すでにその前の習慣なのか家事に対して手を抜こうとしないんだあの子は。もっと自分の時間を大切にすればいいのに」


そういえば奈菜は時間にうるさかった気がする。なるほど、今の話を聞けばそれも納得できるというものだ。やれやれ、真面目すぎるのも困ったもんだな。


「そこまで思っているのなら、もう少し上司と話し合う余地があったんじゃないんですか?」


自分でも立ち入った質問だとは思う。普段の俺ならこんなことは絶対言わないはずだが、おじさんの一言一言にどうしてもそう聞かずにはいられなかった。


「断りきれなかったにしても、せめて本人の希望を聞くまでは決定を先延ばしにするくらいできたように思うんですが」


「それはわかっている。わかっているができなかった」


「なぜです?」


今度こそ立ち入りすぎたと思った。一瞬だったが、確かにおじさんの顔が曇ったのを俺は見逃さなかった。


「チャンスだったんだよ」


「チャンス?」


「よくある話だ。縁談の結果次第では私の昇進に大きくかかわる」


苦々しげに言葉を吐く。


「別に私は出世などに興味はない。だが、少しでも出世できれば奈菜に報いることができるのではないか、そう考えてしまったんだ」


「そんなことをすれば逆に奈菜の幸せを奪ってしまうというのに……。まったく、本末転倒もいいところだ。こんなだから妻にも愛想を尽かされてしまうんだ」


自嘲気味に笑う。


なんとも皮肉な話だ。わが子の幸せを願っているのにうまくいかない。冷静に考えれば結果は見えているのに、奈菜のことを思うあまりそれすらもわからない。


理不尽ってこういうを言うんだろうな。


「すまないね、愚痴を利かせるようなことをしてしまって」


「いや、貴重な話でした」


婚約者の真似ごとをしている以上、少しでも実情を知っておく必要がある。


「話を戻そうか」


「はい」


「単刀直入に言わせてもらう。私たちに協力してほしい」


「協力といいますと?」


「奈菜にも言われいるとは思うが、今度の縁談の席で婚約者のふりをしてくれ」


このときほど、俺は親というものの偉大さを感じたことはなかった。

結局、奈菜のやろうとしていることなどお見通しだったのだ。

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