第16話
第16話
現在時刻は午後10時。ベッドに横たわってからおよそ1時間。特に何かをする気にもなれなかった。
あの後の奈菜の喜び方といったら……
見てるこっちが恥ずかしくなるくらいに喜んでいた。最後のほうにはそれが泣きに変わるもんだから正直たまったものではなかった。
もちろん嬉しくないわけではない。自分の加入によりあれだけ喜んでいるのだ。そこに関して不満などあるはずもなかった。
しかし不安もある。今まで誰かの前で演奏したことなど皆無であり、その場でのプレッシャーを考えただけで冷や汗すら出てくる。
「考えてもしょうがないのかな……」
いまさら後には引けないのだ。それに確かに不安もあるが楽しみでもあるんだ。
今まで一人でやってきたからこそ、誰かと一緒に演奏するのが待ち遠しい。
「寝るか……」
なんでも明日の朝は朝練を行うらしい。奈菜のあのはりきり方からして行かないわけにもいくまい。
まぁ、行かないなんてことはないけどな。人前での演奏はともかく、誰かと一緒っていうのは楽しみなのだ。
それに明日の朝練には奈菜が誘ったもう一人のメンバーも来るらしい。
誰なのかは知らないが、悪いやつではないだろう。それも楽しみな理由のひとつでもあった。
明日に備えて寝るとしよう。目を閉じると心地よい睡魔がすぐに襲ってくる。
俺は明日への期待を感じつつ眠りに落ちるのだった。
目を開けると、そこに広がっていたのは圧倒的なピンク。
体のほわほわした感覚からすると、どうやらここは夢の中らしい。何か夢だってわかるのって変な気分だよな。
「こうすけ君?」
そんな気分に浸っていたところに誰かから声をかけられる。少なくとも俺は自分が呼ばれたものだと思った。
「……ちゃん」
見るとさっきまでピンクしかなかった景色の中に、二人の人影が浮かび上がっていた。
「あのね……私ね……」
一人は女の子。小学生くらいだろうか。少し長めの髪をツインテールにしている。
まわりの風景に溶け込んでしまいそうなピンクのワンピースに身を包み、何かを決心したかのような表情でもう一人に話しかけている。
「どうしたの?」
もう一人は男の子。こちらも小学生らしく、まだ幼さの抜けない顔で女の子の言葉の続きを待っている。
待てよ?この光景を俺はどこかで見たことがないか?確かあれは……
ぴぴぴぴ……
「っ……」
耳元において置いた目覚ましがけたたましい音で俺を眠りの世界から呼びもどす。
俺をもう一度寝せようとするかのように瞼が抵抗を続けているが、それを押しのけてどうにか目覚ましのスイッチを切ることに成功した。
「朝……か……」
夢を見ていた気がする。だけどそれは、すくいあげようと記憶の海に伸ばした手のひらの隙間からすぐにこぼれていってしまった。
何かすごく大切な夢だった気がする。絶対に思いださなけれいけない何か。
「無駄か……」
いくら思いだそうとしたところで、一度忘れてしまった夢を思い出すなんて無理な話だ。
それよりも今はしなければならないことがある。そっちに力を注いだほうが建設的というものだ。
「さぁ、朝練に行くか」
遅刻をしないように早めに寝たのだ。無駄なことを考えてないで準備をしなければ。
そう思えば後は体を動かすだけ。着替えを済まし、朝食をたいらげ、ものの20分ほどで家を出ることに成功する。
見上げた空は今日も眩しかった。