第15話
〜第15話〜
翌日放課後。
今日も俺は第3音楽室に来ていた。ピアノは弾いてはいない。
かと言って、他にやることがあったわけでもない。ただなんとなくこの空間にいたかっただけ。
この部屋を見つけて以来、一人になりたいときや、考え事をしたいときにはいつもここに来ていた。
誰も来ない静かな場所だということもあるが、それよりもこの音楽室独特の雰囲気が好きだった。
窓際の椅子に座りぼんやりと外の風景を眺める。グラウンドではサッカー部や野球部が練習を行っていた。
入学した頃に部活に入ろうと思わなかったわけではない。ただなんとなく入る気になれなかった。
周りには家事があるからと言い訳をしていたが、実際部活をするくらいはどうとでもなったのが実情だったりする。
それでもやはり、俺の気持ちは部活には向かず、だらだらと毎日を過ごすのが当たり前になっていた。
そんな俺にとって今回の誘いは渡りに船なのかもしれない。
何度も言うように、別にやりたくないわけではないのだ。ただ興味がおきないのと、今一歩踏ん切りがつかないだけ。
ゆえに俺の気持ちは奈菜とバンド活動をしたいという方にだいぶ傾いていた。ただ決定打がない。
人前で演奏をするという壁が立ちふさがる。
「やれやれ……」
自分の優柔不断さにあきれてしまう。やりたいならやればいいのに、それすらも決められない。
昔からそうだった。肝心なところで自分の意思が貫けないのだ。あの時も……
「あの時?」
自分の考えていたことに思わず突っ込みを入れる。あの時っていつだ?一体なんのことだ?
一瞬だけ頭をよぎった場面はすぐに思い出せなくなってしまった。
この感覚……確かこの前も……
なんとか思い出そうと試みていたが、それは教室の扉を開ける音により中断された。
「やっぱりここにいたんだね」
「奈菜か……」
「あれ?もしかして邪魔だった?」
「別にそういうわけでも……」
「その顔を見ると、すごく考えてくれてるみたいだね」
「まあ、それなりには」
案の定、というべきなんだろうな。ここにいればおそらく奈菜が来るような気はしていたのだ。
欲を言うなら来るまでには結論を出しておきたかったんだけど……
「早速だけど聞いちゃってもいいのかな?」
「早速すぎやしないか?」
「私としても、出来れば結論は早く欲しいのですよ♪」
そう言って苦笑する奈菜の顔は、なぜかすごく可愛く見えた。夕陽に照らされた髪の一本一本がまるで光を放っているようでもあった。
って何を考えてるんだ俺は。頭の使いすぎでどうにかなってしまったらしい。
「どうかした?」
「いや、なんでもない」
まさか本人に伝えられるわけもないので軽く言葉を濁す。早く話題を変えなければ。奈菜は妙なところで聡い。今までそれのおかげで何度肝を冷やしたことか。
「バンドことだけどさ。実はまだ結論は出てないんだ」
「ん〜、やっぱりそっか」
さも分かりきっていたといった表情を浮かべた奈菜は、それでもどこかで期待していたような呟きをもらす。
「香介君のことだからね。すごく考えても結局結論は出せないと思ってたんだ」
「さりげなく失礼なこといってないか?」
「あはは♪そうかもね。でもさ、香介君と知り合ってからまだそんなに長いわけではないけどね、香介君が思ってるよりいろいろわかってるつもりだよ?」
「そりゃどうも」
そんなことを臆面もなく言うのはやめて欲しい。照れるじゃないか。
「だからね。その上で香介君に参加してもらいたいんだ」
その言葉に何かがはじけた気がした。心のどこかで引っかかっていた最後の壁。それが今はとてもくだらないことようにすら思えた。
「なんてね。無理言ってるのはわかってるからゆっくり考えてよ♪」
気づいたときには踵を返して音楽室から出て行こうとする奈菜の後ろ姿に一言だけ告げていた。
「やるよ……」
これが俺にとっての高校生活の始まりだったのかもしれないと、改めて考えてみるとそうそう思える。
それくらいこれから始る生活は楽しいものだったのだから。
もっとも楽しいことだけではなかったけども……