第13話
〜第13話〜
「私と組んでくれないかな?」
期待を込めた目。その目には困惑しきりの俺の顔がうつっている。
「香介君とならきっとやれると思うんだ!!」
「いや、あのな?」
「無理なお願いなのは十分承知だし、香介君があんまりピアノが弾けることを知られたくないのもわかってる。その上でお願いしてるの!!」
一瞬前の期待を込めた目から、今は必至な目に変わっている。それはいつもの奈菜からは考えられないくらい必死なもので、思わず首を縦に振ってしまいそうになる。
「もう一人頼んでる子もいるんだけど、パートを考えた場合、どうしても香介君には参加してほしい!!」
「えっと、だからな?」
「お願いします!!」
そう言って頭を下げる奈菜。まるで娘の結婚を許してほしいと言われている父親の気分だ。何にしてもあまり気持ちのいいものではない。もちろん奈菜の気持ちはわかる。仮に今頼んでいる誰かがOKしたとしても、奈菜を含めて人数はまだ二人。今まで通り誰かにヘルプを頼むという手はもちろんあるだろうが、奈菜としてはやっぱりしっかりとしたグループを組みたいのだろう。気持ちはわかる、わかるがそれで俺が色よい返事を出すかどうかは話が別だ。
「俺は……」
「どうしてそんなに人に知られるのを嫌がるの?せっかくすごい才能なのに隠しとくなんてもったいないと思うよ?」
別に隠してるわけじゃない。本当になんとなくなんだ。だけどそのなんとなくで今まで黙っていたのも事実。だから今更っていうのも気持のどこかにはあるのかもしれない。
「私は香介君の演奏を聞いて素直にすごいって思った。あの音は生半可な練習で出る音じゃない、長い間真剣に練習しないと出ない音。だからこそもったいないって思うの」
奈菜の言葉に軽く驚く。さっきまでとは質の違う驚き。まさか自分の演奏に対してそこまで高い評価をもらえるとは思わなかった。確かに練習はした、ときには手の指がつることもあった。止めてやろうと思うことも多々あった。
「そう思うから香介君の演奏をたくさんの人に聞いてもらいたい。もちろんこうは言ってるけど私に下心があるのも確か。だけど今言ったことは嘘じゃないよ?」
確かにいい機会なのかもしれない。不特定多数に聞かれるのはあまり好ましくないが、仲のいい奴らにくらいならいいかもしれない。それに、このまませっかくの高校生活を終わってしまうのも味気ない。どうせなら何か楽しい思いでの一つや二つは欲しいくらいだ。
「少し…、考えさせてくれるか?」
そうは思うが、やはりどこかに戸惑いも残っている。だから今すぐ結論は出せない。俺のはっきりしない返答に奈菜はと言えば、
「もちろんだよ!正直、絶対断られると思ってたからむしろ全然OK」
その割にはさっきまでのお願いは脅迫まがいだった気がするのだが、それほど奈菜も焦っているということなのだろう。というか本気で脅迫されてたわけではないということにしておきたい、主に俺の心の安息のために。
「それじゃ、よく考えといてね。返事はいつでもいいけど、なるべくなら早いと嬉しいな」
「善処するよ」
「お願いします♪さて、そろそろ昼休みも終わりだから私は戻ることにするよ」
そう言われて時計に目をやれば、すでに昼休みが終わるまで残り10分を切っていた。どうやら当初の目的である弁当後の日前御潰すということはできたようだが、おかげでそれ以上のものがリターンされた気分だ。音楽室を出ていく奈菜の後姿は、なぜかとてもまぶしい気がした。
「やれやれだな……」
昨日の今日で気が引ける気もしたが、教室に行く気にはとてもなれなかった。本日もエスケープなり。
帰りのHRが終わるのを見計らって教室に戻る。教室にはすでに生徒がまばらになっている。そしてもっとも俺が警戒していた人物を探す。教室前方、いない。教室中央、いない。俺の席の隣、やはりいない。
「帰ったみたいだな」
「お姫様はたいそうご立腹だったがな。つい10分くらい前に帰ったぞ」
「誰がお姫様なんだ誰が」
「藤本嬢のことにきまっているだろう。彼女が転校してきてからというもの、お前の興味は彼女のみのようだからな」
「いつものことながらお前の言うことは理解不能だ」
いつどこから現れたのかは知らないが、七倉の言うことは話半分、いや2割程度で聞いておくにこしたことはない。これはこいつと付き合っていく上での常識と言ってもいい。でないと精神的にもたないものがる。
「そんなことはどうでもいいか」
自分で振っておいて自分で一蹴するなよ。
「時に水野よ。これから何か予定はあるか?」
「特にはないな。強いて言うならタイムセールが気になるくらいだが…」
「よし、では行くぞ。校門で九条が待っているからな。早く行ってやらんと誰かれ構わずナンパするだろうからな。それはそれで面白いのだが、今日の目的はそれではないのでな」
その目的とやらが不安でしょうがないのだが、歩もいるのであればおそらくはゲーセンあたりで遊ぶのが関の山だろう。それに今はそれもいい。考えるのにも疲れたところだし、こいつらと遊んで気分転換するのもいいだろう。そう思い、ふと廊下に目を向ける。
「どうした?何か珍しいものでもあったのか?」
「いや、たぶん気のせいだ」
気のせいのはずだ。七倉によれば俺が教室に戻ってくる10分ほど前にかえったはずなのだから。理由はない。理由はないが、なぜかそう思わなければならない気がした。
教室の扉の影から百合がこっちを覗いていたような気がしたなんて。
なんか、文章がへんな気がする…
きっと雨のせいだ!そうに違いない!
………ごめんなさい、私のせいです。