第11話
〜第11話〜
あくる日の教室は異常な殺気に包まれていた。黒板の前ではいつものように教師が授業を淡々とこなしている。しかし、大半の生徒(おもに男子なのだが……)の視線が俺に突き刺さっている。視線で人が殺せるのなら、俺はすでに何回死んでいるだろう?
隣の席では百合が熱心に黒板の文字をノートへ書き写している。その瞬間、ちらりとその様子を見ただけのなのに殺気が5割増しになったのは気のせいじゃないはずだ。
その視線から逃れるために窓の外に目をやれば、今日も雲ひとつない青空が広がっていた。
今朝の目覚めはそんなに悪いほうではなかった。いつも通りに朝食を食べ、ニュースの占いコーナーを見てみれば、順位は6位。これもとくに悪くなく、ほんとうにいつも通りの朝の光景だったのだ。今日も遅刻をすることもなく教室にたどりついた俺を見る悪友の顔が、大変な間抜け面だったのはいつもと違った……、いや、これもいつもと一緒だ。
「おいおい〜、香介が2日連続で遅刻しないなんて槍でも降ってくるんじゃないのか?」
そう言いながら俺の肩をばしばしと叩くこいつは九条歩。七倉同様、俺の悪友だ。男にしては少し長めの茶色の髪。学校指定のブレザーを着ずに薄手のパーカーを着ている様を見ると、いかにも不真面目そうに見える。実際不真面目なのだが、根はいいやつだ。
「本当に何かあったのか?なんか悪いもんでも拾って食べたとか」
「俺は犬か何かか……」
昨日と言い、今日といい、とことん俺は遅刻常習犯だと思われているらしい。ここまえくると本気で遅刻を注意しようと思えてくる。思っても実行できるかはまた話が別なわけだが……。
「ま、どうでもいいけどな」
自分で話をふったくせになんてやつだ。
「そういや香介、お前昨日の午後どこ行ってたんだ?エスケープは別に珍しくないけど、一言も無しってのは珍しいんじゃないのか?」
歩は俺の隣の席に座ると、どこから取り出したのかコンビニで買ってきたらしいパンを口に放り込む。本人は自覚がないらしいが今の質問は俺を相当同様させていた。昨日の放課後といえば忘れようもない、百合が人を枕に寝こけていたころであり、さぼりの真相。そんなことをこの場で言ってみろ。教室中、いや、昼までには校内の大半の男子を的に回すのは自明の理だ。それだけ百合の人気は転向わずか1日でうなぎ上りなのだ。
「別に毎回毎回お前に報告しなきゃいけないことでもないだろう?」
「そりゃそうなんだけどな。お前がいなくて俺がいるもんだから、先公がやたら俺にどこにいったのか聞いてくるんだよ。」
知らないつってるのによと、言いながら早くも2つ目のパンの袋を開封している。どうやら朝食を食べてきていないらしい。
まぁ、教師が歩に聞くのはあながち間違ってはいない。授業をさぼる時はたいてい歩と一緒のことが多い。たまに七倉もいるが、基本的にあいつは授業にはしっかり出ている。
「そりゃ災難だったな」
「まったくだぜ。本当に俺に何か恨みでもあるのかってんだよ」
「まぁまぁ、ガムやるから機嫌なおせよ」
「お、まじか!」
俺がポケットからガムを取り出すや否や、あっという間にそれを奪い取る。パンとガムの相性が非常に気になるところだが、少なくともこの話題は回避できたようなのでよしとする。あくまで歩だけは……
「おはようございます水野さん」
声の方向に目を向けてみると、そこには今までの話題の原因である百合が立っていた。もっとも今歩が座っているのは百合の席であるのだから、ここにいることになんの不思議もないのだが、心なしかクラスの男子の視線がこっちに集まっているのは気にしたら負けなんだろう。
「ああ、おは……「おはよう!!百合ちゃん!!」
あいさつの途中に歩のやつが割って入ってきやがる。
「いや〜、今日もかわいいね〜♪どう、放課後俺と一緒にデートでも?」
「どうしたんです水野さん?眉間にしわがよってますよ?」
そして百合はなんとも華麗にスルーしてみせた。歩が教室の隅でいじけているのは放っておこう。
「さてな、眉間にしわが寄ってるのはもとからなんだ」
「いやいや、昨日の寝顔を見た限りそんなことないと思いますが?」
こいつあのとき起きてやがったな……
「人の寝顔を盗み見るなんていい趣味してんじゃねぇかよ……」
「水野さんも見たんですからおあいこということにしておいてください」
別に寝顔を見られたくらいどうということはないが、なんとなく釈然としないのはなぜだろう?
このとき俺は気づいていなかった。今自分たちがどれだけ爆弾発言をしているのかを。
「おい、香介……」
「どうした歩?」
いつの間に復活したのかはしらないが、俺の背後からいきなり現れる歩。その顔がどことなくひきつっているのはなぜだろう?
「お前なんで百合ちゃんの寝顔なんか見てるんだ?」
このとき俺はようやく自分が言ってしまったことに対する重大さに気づいた。今の発言だけ聞けば、あらぬ誤解をあたえてしまってもまったくおかしくはない。むしろそう感じるのが普通の反応だろう。
だが時すでに遅し。教室にいるすべての視線がこちらに集まっている。女子は好奇の目で。男子は異常に殺気だった目で。
「落ち着け歩。お前の考えていることはすべて誤解だ」
「へぇ、どんな誤解だっていうのかひとつひとつじっくり聞きたいもんだな」
あ、歩の目まで殺気に満ち溢れてる。
半分は自業自得とはいえこの状況はまずい。助けを求めて周りを見回す。
「ふむ、実に興味深い話だな」
こら七倉。なんで手帳を広げてメモをとってるんだ!こんな情報をどうする気だ!!明らかにこの状況を楽しんでるいるその顔に、こぶしをくれてやりたいが今はそれどころではない。
「おい百合!!なんとかしろ!!」
――ドカン
どこかでそんな音がした気がした。必死だった俺はことの発端である百合に助けを求めるはずだったのだが、それは大きな自爆。
「水野よ、いつの間に名前で呼び合うほどの仲になったんだ?」
七倉の言葉はさながら死の宣告のようなものだった。いつの間にかできていた俺を囲う包囲網。
その包囲網はが徐々に狭まってくる。なんて浅はかなんだ。いくらせっぱつまっていたとはいえ、自分から自爆してしまうとは。しかし攻撃はそこで終らない。とどめとばかりに元凶が最後の爆撃をしてくれた。
「一緒に授業をサボった仲ですから♪」
静まり返る教室。この静けさを言葉で表現するならまさに『シーン』という擬音語がいいのではないだろうか?今の静けさなら教室内でのものおとならば、どんな小さな音でも聞き取れる気がする。
「香介……、少しばかり語り合わないか?」
語り合うのが言葉であるなら応じてやらないでもないが、言外にあきらかにそれ以外のものがにじみ出ている。たとえば拳とか……
じりじりと狭まる俺への包囲網。そこから少しはずれたところで喜々として何かのメモをとり続ける七倉。包囲網の内側にいながらも、その笑顔を崩すことのない百合。そしておもいっきり顔をひきつらせているであろう俺。
短い人生だったな。
辞世の句でも読もうと思ったその瞬間、天は我に味方した。圧倒的な威圧感を出しながらも静まり返っていた教室に教室前方の扉が開く音がやたらに大きく響く。
「何をやってるんだお前ら?」
最高のタイミングでの担任の登場である。目を血走らせた包囲網の面々も、さすがに教師の前で何かをする気はないらしく、三々五々に各々の席に散っていく。だが、散って行きながらも俺を見る視線がこう言っていた。
これで終わりだと思うなよ。
俺、何か悪いことしたかな?本気で神社か教会に駆け込んでみようかと思いたくなる。それで今見舞われている不幸を回避できるなら500円くらいはさい銭箱や寄付金として払ってもいい。ついでに授業もさぼれて一石二鳥だ。
「水野さん?どうしたんです、遠いところを眺めて?戻ってきてくださ〜い」
誰のせいでこうなったと思っている。それこそ文句を並べたてたいところではあったが、そんなことをしれば最後、周りの男子にタコ殴りにされるのは目に見えている。やれやれ、朝から不幸なことこの上ない。いつから俺はこんな不幸になったのだろうか。そんなことを思いながら、とりあえず自分の席に落ち着くのだった。
とまぁ、以上のようなことがあり、授業中にもかかわらず殺気を一心に浴びているのである。もう一度、今度は誰にも悟られないように百合に視線を向けてみると、なぜか今度は百合本人と視線がかちあう。
にこっ
そして図ったかのような笑顔。くそ、1R開始わずか10秒でKOされた気分だ。あんな顔されてみろ、後で何も言えそうにないじゃないか。すでに授業に戻っている百合に軽くため息を吐きながら、向けられる殺気にあきれつつ、この理不尽な一日をどう過ごすのかを真剣に考えるのだった。もちろん授業を聞いていないのはいつものことだ。
最近読んでくれている方が増えているようで、
とても嬉しいです!!
みなさん、ありがとうございます♪