作品整理
短編『男子高校生と白い場所』として発表した作品。あまりの不遇っぷりに寂しくなりすぎた&管理ページで邪魔臭いという理由で転載。ついでに、この作品のタイトルを『雑記帳』に改題。
「いやっふうー! 白い場所ぉ! 俺、勝ち組ですか? 大逆転ですか? 人生バラ色ですか?」
そやつはガッツポーズをしながら飛び跳ねおった。
これが第一声じゃ。ちと錯乱しておるらしい。まあ、下界人には理解できないじゃろうからの。多少は大目に見てやるべきかもしれん。
「……これこれ。まずは落ち着くのじゃ。いきなりで戸惑うのも解らんでも――」
「あー……爺さんのパターンかぁ。最近の流行は幼女なんだぜ? 解ってないなぁ……まあ、白いローブに杖、つるつるの禿頭、真っ白い顎鬚……定番は押さえているな、そこは評価する」
「だ、誰が禿頭じゃ! この頭は剃ってるだけじゃ! それに失礼であるぞ! ワシが誰だか解らんようだから教え――」
「よろしくな、神様! で、暇つぶし? 趣味? 実験? まあ、理由は何でもいいぜ! チート能力を授けてくれて、異世界に送ってくれんだろ?」
「な、なんで解るんじゃ?」
地球の神め……とんでもない奴を寄こしたんじゃあるまいな?
「まあ、なに……常識ってやつ?」
「……地球の常識は進んでおるんじゃな……それより! ワシを神と理解しておるなら、敬わんか! 不遜じゃぞ!」
「いや、神様とか言われてもなぁ……日本人だしなぁ……八百万の神っていうくらいだしなぁ……あっ! 爺さん、知ってるか? 八百万って沢山って意味で、そのまんま八百万って意味じゃないんだぜ?」
「それくらい知っておるわ! 神を舐めるでないぞ!」
だが、ワシの答えを嘲笑うように切り返してきおった。
「確かに失礼だったかもしれないな。だがな……爺さん? あんたはこの短いやり取りで自分が知らないこともある……全知全能じゃないことを暴露しちまったんだぜ?」
ご丁寧に腕を組むようにポーズをとりながら、あろうことか、このワシを指さしおった! 自慢げな顔にも腹が立つ! 天罰をくれてやろうか!
「全知全能など矛盾した存在がおるわけなかろう! それと指をさすのをやめい! 失礼じゃぞ!」
「……いや、失礼とか言われてもなぁ。爺さんが神様だろうと、神様じゃなかろうと……誘拐犯を敬うだとか……さすがに無理だと思うぜ?」
「誰が誘拐犯じゃ! 人聞きの悪いことを言うな! 信徒が聞いたら減るじゃろうが!」
「……誘拐じゃないのか? 現に俺は……同意していないのに、この白い場所に連れてこられたんだぜ? まあ、それに不満は無いけどよ」
「勝手に連れてきた……厳密には違うんじゃが、お主にとっては同じ様なもんじゃな。それは謝ろう。だが、まずは事情を説明せねば、話にもならんじゃろうが」
ようやく大人しくなりおった。
それに考え込んでおるから、やっと理性が物事の展開に追いついたのじゃろう。下界人のすることじゃ、広い心で受け止めてやらねば。
「……話? 事情? あまり聞かない展開だな。いや、俺が知らないだけかな? 爺さんはなんでこんなことをしたんだ?」
「ふむ。お主に解り易い言葉で言うと……スカウトじゃな」
「誘拐をマイルドに言い換えているだけじゃねぇか!」
「なんでじゃ! 人聞きの悪いことを言うな! これでもワシは常識神で通っておるんじゃ!」
「勝手に連れてきて、頼みごとを強要してんだから……ある意味、誘拐より性質悪いじゃねぇか!」
「強要などしとらん!」
「……断れるのかよ?」
「当たり前じゃろうが! お主に事情を話し、頼みを引き受けて貰えなんだら……まあ、元の世界に戻してやるわい」
「い、意外! ノーと言える展開! 本当か?」
「………………本当じゃよ」
「いまの間はなんだよ!」
「だ、大丈夫じゃよ? ワシ……上手い方じゃから」
「……なにがだよ?」
「げ、下界人の記憶消すの。な、なぁに……ちょっとやり過ぎても……記憶を消されたことすら覚えとらんからのう。それで万事解決なのじゃ。……その後、多少は苦労するじゃろうが……不幸と感じる記憶すら残らんから――」
「おい、爺さん……ジジイ! 俺の目を見て説明しろ! なんで目を合わせねえんだ!」
「つまり、だ。爺さんを神と崇める人達が、魔王に滅ぼされそう。その人達は爺さんに助けを求めた。爺さんは勇者として俺を遣わすことにした。これでFA?」
「そういうことじゃ」
「FA?」
「ファ、ファイナルアンサー」
……なんか思っていたのと違うのう。
説明だけで一苦労と思ったんじゃが……それに……こう……戯曲にでもなるような……神と勇者の邂逅というか……うぬぬ。
物思いにふけっておったら、なんでかモジモジしだしおった。やっと物事のスケールの大きさを理解したのかのう?
「そ、その……な、なんで俺なんだよ? 俺なんてようするに普通の高校生に過ぎないんだぜ?」
ふふ……こやつめ照れおってからに。それに気持ちも解からんでもない。
「お主が驚き、戸惑うのも無理もないのう。それにお主にとっては、他所の世界の話でもある。それはワシも心苦しいんじゃ。じゃが、お主に頼まねばならんのも――」
「ちっ。先にそっちの説明かよ。察しの悪い爺さんだな……」
し、舌打ち? こやつ、いま……舌打ちしおったか?
「どうしたのです、神よ? 私めが選ばれた理由の途中でしたが?」
……いや、気のせいか。よく見れば純真な目で話の続きをせがんでおる。
「……不幸なことにワシの世界に適当な器……勇者として加護を授けられる者が、おらんかったのじゃ」
「ふむふむ。なるへそ、なるへそ。それで俺を見つけて?」
「いや、お主は地球の神から紹介されたのじゃ。勝手に他所から引き抜いたら揉めるでな」
「……というと?」
「お主に解り易くいうと……トレードじゃな。地球の神にそれ相応の代償は差し出す……お主が引き受けてくれたらじゃがな」
「なんていうか……地球の神様ってのも驚きだけど……取引とか……人間臭いことしてんなぁ。ちなみに代償ってのは?」
「うむ。神界スポーツ新聞一世紀購読じゃ。ワシは駅売りの神スポ派じゃったんだが、背に腹は代えられんでの」
「俺は新聞勧誘のオマケか!」
「な、なんで怒っとるのじゃ? 地球の神は悪いと思ったのか、発砲神酒を一ケース付けてくれたんじゃぞ? これが暑い世紀には堪らんのじゃ。って、こりゃ、お主どうしたんじゃ?」
なにが気に入らないのか、しゃがみこんでメソメソと泣き出しおった。全く、下界人というのは度し難いのう。
「よし、決めた。FAだ」
「……ファイナルアンサー?」
「フリーエージェント宣言だ!」
「どちらかというと、自由契約じゃろう?」
涙目でにらみ返されてしもうた。ちと言い過ぎたかのう?
「とにかく! まずは報酬を聞こう」
だが、めげんかったようだ。さすが勇者の器じゃ。
「三つじゃ! 三つ望みをいうのじゃ。何でも望みを叶えよう。いかなる力であろうとも授ける。その力でお主は魔王を倒し、力そのものが褒美となるのじゃ」
「よし、解ったぜ! まずは望みを――」
「増やして欲しいというのは却下じゃからな?」
顔から汗をダラダラ流しおって……こやつ、言う気満々でおったな。
「それじゃ俺を――」
「ワシと同等の能力だとかも無理じゃからな? そもそも、そんなことが出来るなら、ワシが直接赴いて解決するに決まっとるじゃろ?」
苦虫を噛み潰したような顔をしよってからに……下界人のやりそうなことはお見通しじゃ! 『初めての勇者派遣』(外税千九百八十円)に書いてあった通りだったわい。
「何でもって言ったじゃねえか!」
「ふむ、お主の言う通りではあるの。では、心して聞くが良いぞ? 私、神は勇者として派遣する者に、三つの望みを叶える。これは神からの助力であり、報酬をも兼ねる。ただし、この望みは『回数を増やす』などの契約が締結できない結果をもたらしたり、故意に過剰な報酬を得ようとするものは認められない。これは同様の結果がもたらされる場合も、無効であると判断する。また、矛盾し、成立し得ない事象についても拒否権があるものとする。さらに本件は勇者派遣が主であるから、目的の達成を阻害する案件についても同様で――なんじゃ? まだ途中なんじゃぞ! 服を引っ張るでない!」
「じ、爺さん! いや、神様! 俺が悪かった!」
「うむ、解ればよろしい!」
許しを請う者を救うのも神の務めじゃ。
「決めた! 一つ目の願いは『前田慶次』だ! 『前田慶次』にしてくれ!」
「なんだそりゃ? 下界人の名前か?」
「む……爺さんは知らないか。戦国武将だよ! 凄く強かったらしいぜ? 『前田慶次』みたいにして欲しいんだ!」
「……つまるところ、お主の生まれた国の英雄ということかの?」
意外なこともあるもんじゃ。ちゃらんぽらんなようで、こやつはこやつなりに考えたのであろう。
下界人は三つの願いといわれると、一つは我欲を満たすため。もう一つは任務のために力を選ぶものなんじゃ。『初めての勇者派遣』(外税千九百八十円)にもそう書いてある。
それにしても……まず力を選ぶとは。地に足が着いているというか、根は真面目というか……こやつは期待できるかもしれん。
「お主を別人にすることはできんが、その英雄の力を授けることはできるの。よし、その『前田慶次』とやらを強くイメージするんじゃ」
「イメージ? 爺さんがやってくれるんじゃないのか?」
「それでも良いのじゃが……それだとお主の勇者の資質が無駄になるでの。ワシはお主のイメージ通りになるように手助けするだけじゃ。ほれ、早くイメージせい」
「ホ、ホントかよ? ……とにかくイメージすればいいんだな? 『前田慶次』、『前田慶次』…………」
「ほりゃ、チンカラホイ!」
杖の先から神通力を注いでやったわい。
ご無沙汰じゃったが……まだまだワシも捨てたものではないのう。若い頃と変わらぬ神通力が出せたわい。量といい、勢いといい……自慢したくなるほどじゃ。
じゃが、肝心の勇者には何の変化も無い。こりゃ、どうしたことじゃ?
「す、すげぇぜ爺さん……いや、神様! 本当に『前田慶次』だ!」
「そ、そうなのか? ワシには何も変わっていないように見えるんじゃが……」
「……しょ、しょうがないな。み、見せてやるよ」
そういうと勇者は僅かに顔を赤くし、衣服をごそごそとやりだしおった。なにをするつもりなんじゃ――
なんと!
己のいちもつをポロんとしおった!
なんたる不敬! 決して許すことなどできん! これは神罰を与えて――
でかい!
よく見てみれば、なんたるでかさじゃ!
「ふふ……どうだい、爺さん……凄く『前田慶次』だろう?」
「……『前田慶次』たる御仁は……それで有名なのか?」
「そんなの知らねぇぜ。でも、俺にとって『前田慶次』はこういうことなんだよ!」
嬉しそうに勇者は見せびらかし続けおった。
確かにでかい!
ワシの杖と比べても僅かに……いや、そんなことが! この様な小童のいちもつが、神であるワシの杖より大きいなどということは――
しかし、やっぱりでかい!
「やっぱり……男はどこででもポロんができる。それが度量ってもんだからな」
……落ち着くのじゃ、下界人のやることじゃ、笑って許してやるのが神たる者の務め――
「あれ? どうしちゃったんですか? 黙り込んじゃって? やっぱこの男の度量の前では神様でも黙るしか――」
「上等だ! 表へ出よ、小童!」
「爺さんが俺を閉じ込めてんだ! ここに!」
「――二の四千三百十一万二千六百九乗引く一……」
「……爺さん、いつまで数えているんだ?」
「よし、もうええぞい。少し落ち着いてきた」
「なあ、爺さん? もしかして怒ってんのか?」
「………………怒ってない」
そう、怒るべきことなど何も起きておらんのじゃ。
下界人は最初に己の欲望を満たす願いをする。ただそれだけのことなのじゃ。ワシには『初めての勇者派遣』(外税千九百八十円)がついておる。なにも心配することなど無いのじゃ。
「まあ、お主が喜んでいるようでなによりだわい。あと二つの望みはちゃんと使命のために使うのだぞ?」
「……解っているぜ、神様! もう爺さんは枯れちまってんだろうけど、俺は猛烈に感動しているんだぜ? これぞ漢の夢だからな! ふふふ……」
そういうと勇者は気持ち悪く笑いながら、己のいちもつを振り回しておった。
しかし、でかい!
まるで三本目の足の如くじゃ!
勇者がいい気になっとるのも解らんでもない。もしかしたら、ワシの杖より大きいかもしれぬ。いや……まさか?
こっそりと手に持った杖と見比べてみるが……僅かに! 僅かにワシの杖の方が大きい!
ふふ……当たり前のことじゃ。ワシはなんといっても神じゃからな!
下界の小童なんぞには負けん!
と安心したところで――
「ぐふふ……神様からもらったんだから、名実共に『性剣・エクスカリバー』を名乗れるな……ふふ……うへへ……」
などと口走りおった!
「……それ……ワシが関わっていること……内緒にしてはくれんか?」
「へっ? この話を聞けば、男達は感涙して……神殿に行列を作ると思うぜ?」
「……そうかもしれんが……か、神々にも評判というものがあるでな……」
こんな加護を授けたと知れ渡ったら、ワシの知的なイメージが損なわれてしまうわい。
「そうなのか? 神様にも色々とあんだな……別にいいぜ! 俺には関係ないしな!」
「……それより! いつまで放りだしておるつもりじゃ! いい加減に仕舞わんかい!」
さすがに己の不明に気がついたようじゃ。ごそごそと下穿きを直し始めおった。
しかし、いつまで経っても終わらん。
地球の神の奴め……ひとりで下穿きもはけない者を寄こしおったのか?
「……いつまでやっとるのじゃ?」
ワシの問いかけに勇者は固まったかと思うと……恥ずかしそうにとんでもないことを言い出しおった!
「ふふ……爺さん……こいつを見てくれ。大きくなりすぎて、収まりがつかなくなったんだぜ?」
「ワシの知ったことか! 欲張りすぎたお主が悪いのじゃ!」
「……借りといてなんだけどよう……タオル巻いただけじゃなんていうか……スースーして落ち着かないぜ?」
「文句を言いたいのはワシの方じゃ! どこの神話に下穿き代わりにタオルで隠した勇者が登場するというんじゃ!」
「……おお! これって……神話として語り継がれるような出来事なんだよな!」
勇者は無邪気に喜んでおるが……ワシとしては不満でならぬ。
いまからでも遅くないはずじゃ。地球の神にクーリングオフをするべきか?
「よし、神様! 次の願いを……力を授けてくれ!」
ワシの思索は元気の良い言葉に遮られた。
やる気だけはあるようじゃから、もう少し期待をかけてみるべきか?
「……その力で魔王退治するんじゃからな? 次からはちゃんと……役に立つ力にするんじゃぞ?」
「わ、判っているぜ! し、心配するなよ! なにより、俺はいつも考えていたからな! アイデアはばっちりなんだぜ?」
「考えてた? いつも?」
「うん。異界召喚されたら、どんな力をもらうか」
「……お主、それおかしいぞ?」
思わず漏れた感想に、勇者は顔を真っ赤にして反論してきおった。……ワシ、これでも神じゃぞ?
「じ、爺さん! あ、あんたはその一言で日本全国の男子高校生を敵に回した!」
「そんな馬鹿な」
「異世界に呼ばれてチート能力を授かる。その時のことを考えるのは……男子高校生の日課だ! 少なくとも日本の男子高校生はそうだ!」
……やはり、クーリングオフを検討するべきかのう。契約を司る神に知り合いは少ないんじゃが……契約破棄の交渉を手伝ってくれるじゃろうか?
「……力だ! 二つ目の願いは力が欲しい。何度でも戦える力だ!」
「おおっ!」
ワシとしたことが早とちりをしておったらしい。
こやつは言わば適所適材。このような日があることを何度も考えておったのなら、これほど使命に適した人材もおるまい。
よく考えたらほとんど説明もなしに現状を認識しているあたり、尋常ではない才覚を感じさせおる。
「……して、その力とは?」
「いわば無限の回復力だ! 何度でも立ちあがる体力! 意志の力で元気になり、何回戦でも平気な力が欲しい!」
「おお、いいぞ! そういうのじゃ! そういう発想が欲しかったのじゃ!」
不死身だとか、無限の体力だとか……そういった力のことじゃろう。
古今、神により無敵の力を授かった勇者は多い。この力だけでは討伐は難しいかもしれんが……残る一つの力で帳尻を合わせればいいじゃろう。
ワシも何度も夢想したものじゃ……ワシの加護を授かり、神威を振りまく光の勇者の活躍を!
「よし、イメージするのじゃ! そのお主が思いえがく力を!」
「ああ、爺さん……いや、神様! 俺に何度でも出来る力を授けてくれ!」
「わかったぞい! ほりゃ、チンカラホイ!」
「すげぇ……すげぇぜ爺さん! 力が……力が身体を駆け巡っているのが判る!」
……正直、ワシには変化が全く感じ取れんかった。
失敗してしもうたのじゃろうか?
ワシも年甲斐も無く興奮して、神通力を大奮発したつもりだったのじゃが……。
「ふむ……どうやって成果を確認するかのう? 軽く試してみるか?」
「それには及ばないぜ、爺さん。これでどうだ!」
勇者は自信ありげに腕組みをし、不敵に笑いおった。
何をするのかと思って見ていれば――
おっ勃ておった!
いちもつのことじゃ! 隆々と天を突かんばかりにおっ勃っておる!
な、なんたる変態!
このワシを見て劣情を催すなど――
しかし、立派じゃ! 尋常じゃない御立派さじゃ!
もしかしたら、ワシの杖よりでかいかもしれん。
いや、そのようなことがあろうはずがない! タオルが纏わりついているから大きく見えるだけじゃ!
「ふふ……まだまだこんなもんじゃないんだぜ? いまから気を入れるからな? フンッ!」
勇者の掛け声と共に、さらに一回り御立派に!
その勢いでタオルがはだけてしまったほどじゃ!
もしかしたら、ワシの杖より大きく……いや、そんな馬鹿な!
神たるワシがこんな下界の小童に大きさで負けることなど……しかし――
とにかく御立派じゃ! 腰が抜けそうなほど御立派じゃ!
「嗚呼……いま俺は全雄の夢を叶えた! 思うだけで完全体に変身だ……これが夢でないなら、何が夢だっていうんだ? そして、この……鋼鉄のような頼もしさ! 神よ、感謝します!」
勇者は両手を握り拳にし、天に突き上げるが……感謝を捧げる先はワシか?
それに……天に向かって三本の腕を掲げる下界人など……初めて見たわい。
「なあ、神様……ひょっとして……怒ってないか?」
「………………怒っておらん」
ワシが黙っておったのは、クーリングオフ可能か検討しておったからじゃ。
ここまで加護を授けてしまってから、地球の神に返人がきくんじゃろうか?
いや、それよりも……授けた加護がワシの趣味だと思われたら一大事じゃ!
それに最近、地球の神は仕事もせず、日がな一日、掲示板ばかり見ておるらしい。こやつをあやつの元へ返したら……どんな二次災害が発生するか判ったものでは!
……神罰を与えてしまうか?
殺人だけはしたくなかったのだが……これを機に荒ぶる神路線へ変更も止む得まい。
「どうなさったのです、神よ? さあ、崇高なる使命のことを考えようではありませんか!」
勇者はキラキラと瞳を輝かせ、心にも無いことを言い出しおる。
これじゃ。これにワシは騙されたんじゃ。
いや……こやつが純真なのは認めねばなるまい。
誰だって男の度量は大きくしたいし、御立派になりたいじゃろう。
それは神たるワシも同じじゃ。天界の者、下界の者と立場は違えど同じ男。その気持ちを察するのは難しくもなんともない。その意味で勇者は……天晴れなほど純真な男じゃ。
まだ最後の加護が残っておる。
それで帳尻さえ合わせれば、万事解決じゃ! 終わり良ければ全て良しとも言うからの!
「……一応、最後の望みを聞こうかの」
「最後の望みも決まっているぜ! 俺はその力で人類を超える! 人間離れした凄い出力になるんだ!」
正直、何を言っているのかまるで理解できん。
「……それで魔王討伐ができるんじゃな?」
「あ、当たり前だぜ! そ、その力の前じゃ……他のどんな能力も霞むからな!」
いまいち信用できん。
「仏の顔も三度まで」というが……神仏は三回目には騙されないということじゃ。
ワシは保険を掛けることにした。
「よし、とにかくイメージじゃ! イメージするんじゃ!」
「おおっ? や、やけに物分りが良いな……」
ちっ……勘の鋭い奴じゃ。
「くだらん事を言っとらんで、早くイメージせい!」
「わ、解ったぜ。……凄い量、凄い出力、凄い放出時間……生物の限界突破しちゃってる感じ……」
なにやらトンでもない言葉ばかりじゃが、まあ構わん。
「ほりゃ、チンカラホイ?」
「な、なんだ? 今までと違くないか? 今ので授かったのか?」
「……良いから新しい力を試してみい」
意外と疑い深かった勇者を、誤魔化すように急き立ててやったんじゃが――
「えっ? い、いくら俺でも……人前でそんなこと出来ないぜ?」
などと顔を真っ赤にしてモジモジしおった。
神前でいちもつをポロんし、あまつさえ御立派にできるこやつが……恥じ入る? それはどんな猟奇的なことなんじゃ?
「あー……ワシは神じゃ。人ではない。ワシが許すから、さっさと試すのじゃ!」
「えっ? マジかよ……」
「……試さねば成功したか解らんではないか」
「わ、解ったよ。い、一度だけだからな?」
そういうと、勇者は下穿き代わりのタオルを取り払った。
……うむ。予想しておったが、そちら方面じゃったか。もはや怒る気にもなれん。
珍しく勇者は逡巡していたが――
「や、やるぞ!」
と叫んでから行動を起こした。
さてさて、どうなることか。
勇者は己がいちもつに気合を入れ――それだけで瞬く間に御立派になるのは、唖然とするしかないの――
勢い良く扱きだしおった!
「なにしだすんじゃ、この罰当たりめが!」
「俺は嫌だって言ったじゃねえか!」
「あれか? 凄い量って……子種か? 子種のことか?」
「そ、そうだよ! 全雄のもう一つの夢……ミリリットル単位を超え、リットル単位になる! 嘘じゃないぜ! 多くの創作物ではリットル単位が基本だ! 少なくとも日本じゃ常識だぜ!」
「……本当に加護を授けなくて良かった! ワシ、ナイス! 超グッジョブ!」
「へっ? ……あっ! だ、騙したのか? ずるいぞ!」
「何がずるいじゃ! 騙したのはお主の方が先じゃ!」
「何がだよ! 俺は自分に正直に生きてんじゃねえか!」
「今までの三つの力でどうやって魔王を倒すんじゃ! 特に最後! どれも駄目じゃが……子種が多いのが何の役に立つんじゃ!」
「多いんじゃねえ! 大量だ!」
「同じことじゃ!」
「……そ、そりゃ……魔王もビックリするだろうし……う、羨ましがるかもしれないだろ!」
「……もう駄目じゃあ……こげな勇者つかまされたワシが悪いんかのう……」
「……その、なんて言えばいいのか……とにかく、涙拭けよ、爺さん」
「何を他人事のつもりなんじゃあ! あと一つしか加護を授けれんのじゃぞ? どうするつもりなんじゃあ!」
エピローグ
私達の祈りは聞き届けられ、神は使徒をお遣わしになりました!
その証拠に、光の収まった祭壇には人影が――勇者様がおわすではありませんか!
勇者様は見慣れない上着に、なぜか粗末な腰布だけでいらっしゃいます。どうしたことでしょう? 何か勇者様のお国の風習か何かなのでしょうか?
「えーと……俺の言葉が解るかな? ……しまったな。意思疎通の方法ぐらい確認と確保しとくんだったぜ」
勇者様は私達を見渡すように眺めながら、そのようなことを仰いました。
さすが勇者様です! 我々の様な者のことまでお気に掛けてくださるとは!
「ゆ、勇者様! わ、私はこの国の王女の――」
「あ、言葉は通じるんだ? うん、うん。神様もサービスしてくれたのかな? とりあえず……エクスカリバーに頼り切った攻略をしなくても良さそうだな」
何を仰っているのか、半分も意味が解りませんでしたが……「神」の言葉に神官達が雪崩のように跪いていきます。
私も跪くべきでしょうか?
「王女様って言ったっけ? ……うは……ぱっきん碧眼! 可愛いなぁ……。それで神様からの手紙を預かっているんだ」
勇者様にお褒めを頂き、思わず顔が赤くなりましたが……それよりもとんでもない事を仰ってます。
神からの書状!
有史以来、神自らの書状を貰った者などおりません!
私めなどが受け取って良いものではないのですが、勇者様がお渡しになるので、思わず受け取ってしまいました。
「なんて書いてあんの?」
勇者様が確認をお求めになられました。
拝読して良いものなのでしょうか? 神罰で目が潰れたりしないでしょうか?
しかし、勇者様がご所望とあらば、私共に断ることは出来ません。
意を決し、封を解くとそこには――
『すまぬ』
とだけありました。 ――王国年代記より抜粋