表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/2

自動販売機は闇の中で 2話

あれは小学6年生の時、僕は掃除中にクラスメイトと遊び回っていたと叱られ廊下に立たされていた。

反抗期の兆しが見え始めていた僕は罰を与えられたことに腹を立て、学校を抜け出した。


校門を飛び越え、いつも寄る駄菓子屋を通り過ぎると川が見えてくる。

砂利道がひたすらにまっすぐ伸びていて、どこまでも続いているんじゃないかと思える。

並んでいる家の屋根を眺めつつ適当な石を蹴り、目的があるわけでもないのにぶらぶらした。


「カイ君?」


しばらく地面を見ながら歩いていると、後ろから声をかけられた。


「お母さん...」


母だった。サンダルを履いていて、手にはスーパーの袋を持っていた。

買い物の帰りだろう。


「こんなところで何してるの?学校は?」


「...」


僕が黙り込むと、母は困ったように溜息をついた。

てっきり怒られるのかと思っていたら、母は僕の視線までしゃがんで優しく微笑みかけた


「カイ君はきっと、納得できないことがあったのね。カイ君のせいじゃないのに、カイ君のせいにされちゃったんじゃない?違う?」


その通りだった。

僕はマジメに掃除をしていたのに、担任の先生は僕にまで罰を与えたのだ。

だが、先生は言い訳をする時間も与えずに僕を廊下に追いやった。


「先生が...話を聞いてくれなくて...」


「うん」


「それで...」


僕がぼそぼそ喋っていても、優しい言葉をかけてくれた。

とても暖かな気持ちになれた。

そのあとは母の付き添いの元、学校にもどったのだった。


.

.

.

.

.


「...」


僕は何度か鼻をすすると、自動販売機をじっと見つめた。


「母さん...なんだね?..」


僕は地面に座り込んだまま、自販機に体をよりかけた。


.

.

.

.

.


翌日、いつもどおりに起き、いつもどおり父に気の抜けた挨拶をする。頭の中は自販機のことでいっぱいで、今日はいつもより1時間も早く家を出た。

父に不思議がられたが、図書室で勉強をするというと、何も言わずにリビングに向かって行った。


僕は早足に自販機えと向かう。

もはや走っていると言ってもいい。

大好きだった母さんが、もう会えないと思っていた母さんが、今ここに居る。


確証はない。証拠もない。

だけど僕は母さんだと確信していた。

昨日の缶コーヒーの暖かさは川原での母さんの言葉のようだったから。


自販機の前に立つと、昨日のような光を放っているわけではなかった。

真っ暗で、そこに存在していないかのようだった。


「もしかして、寝てるの?」


自販機は何も答えなかったが、きっとそうに違いない。

母さんが幸せそうに眠る姿を想像する。

なぜか無性に笑いがこみ上げてくる。


「ふふっ」


僕は声に出して笑うと、改めて母がここに居るんだと実感することができた。

母が眠っていて、それを僕が見守っている。

普通は逆だし、僕としてもそれが望ましかったのだが、今はこれだけで満足できた。


40分ほど経つと、僕は学校に行くために自販機から離れるのだった。

母と離れ離れになってしまうのは悲しかったけど、仕方ない。

次はもっと早く来よう。


そうすれば母ともっとたくさんお喋りができる。

こみ上げてきた気持ちは到底我慢できるものではなく、僕は住宅街の隅で大声でさけんだ。


*

*

*


あれから学校に来たものの、全く授業に集中できない。

母のことばかり考えている。

教師の言葉はすべて耳に入ってそのまま通り抜ける。


「カイ、どうかしたのか?」


友人の大藤ツバサだ。

僕の様子を見かねて、話しかけてきたらしい。


「別に、なんでもないよ」


僕は誤魔化すようにしてその場を離れた。

ツバサは釈然としないようだったが、


「来週の小テスト、がんばろうなー!」


と言って手を振ってきた

それに微笑んで答えると、僕はすぐにひとりで考え事が出来そうな場所を探し求めた。


午後に入って、いてもたってもいられない僕はとうとう学校を抜け出してしまった。

「こんなこと、小学校から川原に逃げた時以来だ。」

いけないとわかっているがゆえにすこし興奮した。


だがそれよりも、今母に会えるということが何よりも嬉しかった。

しかし、自販機との距離が近づくにつれて僕は不安になった。


  本当に母さんなんだろうか?


そんな思いが胸を覆ってくる。

よくよく考えれば、ありえない。

現実的に、科学的にありえない。


昨日は激しい感情の波に飲まれて、正常な判断ができなかった。

だから缶コーヒーの味もわからなかったし、母の愛だと勘違いした。


「......」


そうとしか考えられなくなってくる。

僕は何を舞い上がっていたんだろう。

中学生じゃあるまいし、あまりに恥ずかしすぎる。


そんなことを考えていると、自販機が視界に入ってきた。


「あとでツバサに勘ぐられるな」


適当な言い訳を考えておかねばならないだろう。

自動販売機を母と思うなんて、先生を母と間違えるより恥ずかしい。

というよりイタイ。


僕は自販機の方を向く。

昨日のように光を放っていて、他の自動販売機と比べてもこれといった違いない。

会社名がどこにも書いていないのは不思議でしょうがなかったが、別にどこのでも興味はない。


商品に目をやる。

二列に五本ほど並んだ小型自販機で、缶コーヒーしか置いていない。

飲めば、わかる。

昨日の愛が本物だったのか、それが、わかる。


「......よし」


僕は緊張で震えた手で硬貨を入れる。

出てきた缶コーヒーを手に取ると、飲まずとも答えがわかった。

缶コーヒーには、ある文字が記されていたから。


 ーこんなところで何してるの?学校は?ー


間違いなく、母の言葉だった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ