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自動販売機は闇の中で

僕、藤堂カイの家は閑静な住宅街にある、ほかの家とはなんら変わらない家だ。

父親は教職についていて、母は有名な弁護士だった。


母は僕が中学一年生の頃に交通事故で死んでしまって、それと同時に父は僕を立派な大人に育てようと勉強を強いるようになった。

それまで温厚だった父の面影はこれっぽっちもなく、別人が乗り移ったのではないかと思うほどだった。


中学校三年間を父のいいなりになって過ごすと、あっという間に高校の門をくぐることになった。

この辺の学校では一番偏差値の高く、超の付く名門校。クラスのテストでは90点台前半をとる生徒なんか居ないし、数秒遅刻しただけで将来について担任からきつい指導を受けさせられる。


そんな名門校もやはり父のいいなりになりながら、高校三年生の冬に至る。

僕は進路に悩んでいた。

このまま父の言いなりになって弁護士になるための道に進むか、父には秘密で活動している文学の道に進むか、最近はそのことばかり考えている。


いくら僕が文学の道に進みたいと言っても、父はくだらないといってとりあってはくれないだろう。何がなんでも母と同じ弁護士にして、母以上の弁護士に成長させたいと、耳にタコができるほどいって聞かせられた父の言葉。


父の決意の堅さが読み取れる。

しかし、僕は元々父に従う自分には嫌気がさしていたし、なにより文学の道に進み小説家になるという夢を簡単には諦めることができなかった。


小説に出会ったのは高校二年生の夏。

中学校の頃からの友人の大藤ツバサが漫画を買いたいというので、学校の帰りに書店に寄ったとき。

漫画コーナーの隣に文庫本コーナーがあり、そこにポツリと「試し読み」、と可愛い文字で書かれた薄い紙の束を見つけた。

それを手に取り、綴ってある文字を読んでみる。

「...っ!!」

....僕は一瞬で文学の虜になった。

.

.

.



それからというもの、僕は勉強の合間に本という本を読みふけり、雑誌の応募コーナーに度々自作の小説を送った。

最初の方こそ見向きもされなかったが、何回か送るうちに自分の物語を相手に伝える術を身につけ、賞を貰えるほどに成長した。


三年生を控えた春休み、僕は携帯に一本の電話を受けた。

コンクールで上位入賞をはたした僕の本を、出版社で出さないかというものだった。


僕は迷った。父は僕が小説家になるなど決して許さないだろうし、僕自身、母の仕事をしないと悪い気がしてならなかったからだ。


「今日はここまでにします」

塾の講師が話しを終えると、徐々に教室からは人が減っていく。

僕は無意識に取っていたノートと教科書をカバンにしまうと、家に帰るために立ち上がる。長年父のいいなりになって勉強した甲斐あってか、ノートは無意識でも完璧に取れていた。


廊下に出ると何人かの知り合いに会ったので、軽く会釈しながら下駄箱に向かう。

建物から外に出ると、日はとっくに落ちていて、12月の風が骨にまで染み込んできた。

僕は体を震わせながら先ほどの悩みをもう一度考えることにした。


小説家になりたいといったら、父はどんな顔をするだろうか。

きっとこの世の終わりのような顔をして、僕に平手を打つだろう。

怒声を浴びせるだろう。

そんな父を思うと、憂鬱な気分になってしまった。

「はぁ...」

ため息をつくと、改めて12月の寒さが襲ってきた。

「母さんは、何を望んでいるんだろう...」

母が言ってくれたなら、僕はなんにでもなれるだろう。

弁護士にだってなるし、小説家の道だって諦める。


母のことを思い出していたら、体だけでなく心まで寒くなってきてしまったので僕は考えることを一旦やめることにした。

ふと、真横に鈍い光を感じた。

振り向くと、そこには自動販売機があった。

見たことのない自販機で、商品である飲み物も見たことのないラベルの缶コーヒー一つだけしかない。


電柱の隣にひっそりとある自動販売機は独特の雰囲気を醸し出していて、まるで僕に飲み物を買うように言っているようで不気味だった。

そもそもこんなところに自販機なんてなかったはずだ。

毎日塾に通う僕は、毎日この道を通るのだ。


塾の二階からも見えるし、工事があったのならすぐにわかるはずだ。

今日も授業が終わってふと外を眺めたが、自販機はなかった。

「.....」

僕は怖くなって、早足でその場を離れようとする。

しかし、それは叶わなかった。

なぜならその場を離れようとしていた僕の足が、体ごと自動販売機の方に向けられていたから。

「...え?」

吸い寄せられるように、僕は自販機の硬貨投入口を見つめていた。


百円玉を一枚、十円玉を二枚、自動販売機の硬貨投入口に入れ、商品の下のボタンを押す。

出てきた缶コーヒーはやはり見たことのないラベルだった。

だが僕は、なぜか気にしないでに口に運ぶことができた。

かじかんだ体に、熱いような感覚が走る。持った時に熱さを感じなかったが、ホットだったようだ。

喉に通し、胃に到達させる。


---その瞬間、涙が流れた。果てしなく暖かかった。圧倒的な包容力だった。自分を愛してくれているのだとわかった。


味は無い。あったのかもしれないが、その時の僕には分からなかった。僕の身体はただただ愛を感じていたから。


僕はその場にしゃがみ込むと、声にならない声を出しながら昔の出来事を思い出した。







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