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CHAPTER.6


《6》


 外の世界の第一印象は、空が高い、だった。高層ビルなど一棟たりとも存在せず、全てが家屋のようだ。地平線の彼方に、薄く山脈が見える。空気が澄んでいるから、そこまで明瞭に見ることができるのだろう。広大な面積の盆地は、中心部に落下した隕石を最下層としたボウル型をしていた。シエンやハルファス、フィナがいるのは、そのクレーターの中でも比較的山脈に近い方だった。リンガイアと違って、それぞれの家と家の間隔が広く、外へ出てみると改めてクレーターの巨大さが理解できた。


 ハルファスは、あまり外を出歩かない方がいいと言った。戦争は隣の国で行われているとはいえ、あくまでも隣なのだ。早急に解決する必要があるとシエンは考えたが、ハルファスは曖昧な態度を崩さなかった。こうしている間にも戦死者の数は拡大していることだろう。そう思うと、シエンはやりきれなかった。自分が引き金となった戦争だ。解決できるのは、自分しかいない。そんな、半ば責任感めいたものが、日を追うごとに強くなった。


 悶々としながら外を散歩するとき、いつも隣にはフィナが付き添った。最初こそ監視されているのではと身構えたが、監視役にしては、彼女は頼りなさすぎる。本当にただついてきているだけなのだろうと思い直した。考えたいことはたくさんあった。しかし、隣で周囲の景色を見ながら歩いている少女を無視することはできなかった。


 シエンは彼女にガイアタングを教えた。難しい言葉は避け、日常の挨拶や物の名前など、ありふれたことを。代わりに、リングレスの言葉を教わった。こちらも「ありがとう」や「ごめんなさい」といった一般的な表現だった。フィナの物覚えはお世辞にもいいとは言えず、シエンは同じ内容を何度も繰り返し教える羽目になったが、面倒臭いとは思わなかった。もっと面倒臭いことが外の世界で起こっているのに、これしきのことで弱音を吐くわけにはいかなかった。


 そんな生活が二日続いたある夕暮れ、舗装されていない道を歩いていると、足下に何かが転がった。石だった。辺りを見回すが、気になるものは見えない。一体何だろうと思っていると、積んであった木製コンテナの影から、今度は大振りの石が再び飛んできた。幸いその軌道はシエンから大きく外れており、避ける必要もなかった。が、そんなことをする無礼者にプライドが傷つけられ、シエンは「誰だ」と声を荒げた。もちろん、ガイアタングなので向こうが理解しているとは思えない。横目でフィナを見ると、珍しく表情を強張らせていた。


 しばらくすると、コンテナの縁から小さな顔が覗いた。くりくりとした目が印象的の、男の子だった。その反対からは別の男の子が現れた。こちらはいかにも活発そうな、団子っ鼻の少年だ。子どもに石を投げつけられた記憶はなく、シエンは怒りよりも驚きが先行した。どうしてこんなことをするのかと尋ねようとしたが、あいにくそれを何と言えばいいのか分からない。シエンが唇を噛んで佇立していると、先に言葉を発したのは少年たちだった。シエンとフィナを指差し、声変わりのしきっていない中途半端な高音で何やら矢継ぎ早に喋ってはいるが、分からない。ただ、シエンはぞっとしていた。気味の悪いほど敵意に満ちた言葉だった。単語の意味も理解できないのに、発せられている語気に、シエンは例えようのない嫌悪感を覚えた。


「おなじ、ばけもの、だって」


 フィナが言った。その顔は笑っているが、眉の端が少し下がっている。


「化け物……?」


 シエンは耳を疑った。


「わるいの、わたし、だから」


 二人の少年が同時に振りかぶった。フィナはシエンの方を見ているので、それに気づいていないようだ。無駄なことを。シエンは冷めた目で少年たちを見つめる。放られた石は緩やかな放物線を描きながら、こちらへ飛んできた。シエンは動かない。動く必要などない(・・・・・・・・)から。シエンに向かって飛んできた石は、案の定鱗魄(スケイル)によって跳ね飛ばされ、剥き出しの地面に転がった。


 化け物か。お前らから見たら、確かにな。


 ふと、シエンは隣のフィナを見た。彼の視線の高さに、彼女はいなかった。両手で頭を押さえて、うずくまっている。石は、やはり地面に転がっていた。そこでシエンは思い出す。メビウスに、鱗魄(スケイル)の機能はない。「フィナ!」慌てて屈みこみ、フィナの手をどける。後頭部を撫でてみると、なだらかな線が不格好に盛り上がっている部分に触れた。 シエンは自らの手を確認する。薄く血液が付着していた。悲痛に顔を歪めながらも、決して声を漏らすことのないフィナ。そんな様子を見ていたシエンは、心の奥底から、澱んだ黒い粘着質の感情が湧き上がるのを感じた。フィナの力一杯瞑った目から、一滴涙が滑り落ちたとき、その憎悪という感情は強制的にシエンを立ち上がらせた。


 焦点の曖昧な視線を、今まで少年たちがいた場所へ向けるが、そこにはもう誰もいなかった。どこかで、挑発的な笑い声が聞こえた。


 瞬間、シエンの頭の中で眩い雷光が煌めいて、思わず声にならない音を発した。光は像を形成し、船上に降り注いだ銃弾の雨を再現する。忘れていたそれ(・・)が蘇る。鋭い痛み、耳を聾する轟音、朦朧とする意識、やけに鮮明な映像、周囲に転がる破片、天に舞うもの。飛来する物体がそいつの頭部に向かう様子を、シエンは確かに見つめていた。虚ろな目線が、これから起こるであろう頭部の破砕ショーを幻視した。だが、それは起こらなかった。巨大なカケラはそいつの頭の手前で、落ちた。


 自然に? 違う。落とされた(・・・・・)。何に? 受け入れろ。あれは、幻じゃない。


「しえん」


 袖を引かれた。我に返る。少女は左手で自分の頭を押さえ、右手でシエンの服の袖を掴んでいた。そして、いかにも申し訳なさそうに、言った。


「かえろう、しえん」

「……」


 きっと、これは怒りなのだろう。シエンは思った。他人を傷つけられて、自分まで痛みを覚えたことはない。化け物。それだけが幻聴となって反芻された。化け物。同じ、化け物。シエンはフィナを支えて歩き出した。最悪の結末が彼の頭をよぎる。様々なものがごちゃ混ぜになって、シエンの脳内で混沌とした渦を巻く。沸々とたぎる怒りも、次第に冷えていく。


 では、お前たちリングレスは一体何だ?

 お前たちとリンガイアンの違いは、何なんだ?




 医者に診せるべきではとハルファスに申し出たシエンだったが、ハルファスは手早く応急処置をし、彼女の頭に包帯を巻いてしまった。フィナもしきりに「だいじょぶ、だいじょぶ」と拙い言葉でシエンに訴えたので、最終的に折れたのはシエンだった。まだ宵の口だったが、フィナは大事を取って寝室で休ませることにした。


 電気は、あるんだな。リングレス国家との意外な接点に今更気づきながら、シエンは枕元の電気スタンドの明かりを消した。薄闇に包まれた室内。出ようとしたシエンに、フィナが呟くように言った。


「ごめんね」


 何が「ごめんね」なのか、シエンには分からなかった。


「フィナは、どうしてこの国に?」


 リビングに戻ると、ハルファスがコーヒーを淹れてくれた。輪っかがあってもなくても、コーヒーの匂いは変わらない。色々聞きたいことはあったが、シエンはまず根源的な質問をしてみた。


「……それを説明するには、ワボールのことをまず話さなくちゃならない」


 予想外の名前がハルファスの口から出た。シエンは口に運びかけたカップを、一度ソーサーに戻す。


「そういえば最初に『やり方が汚い』……とか言ってましたね。長官のやり方が汚いって、一体どういうことなんです?」

「どうやら、アイツは王族にまで自分のやっていることをヒミツにしているみたいだな」

 

 ハルファスは笑った。吐き捨てるようだった。


「ワボールはずっと、リングレスたちとの距離を縮めようとしてきた。たくさんのシセツをハケンしたり、自分もゴクヒでミアやメアに渡ったり、実に様々な方法でね」

「……初耳だ、けど、友好を深めようとしてきたのなら、どうして極秘に?」

「さあ? その辺はあちらに聞いてみないと分からないね。もっとも、我々にとって、アイツの行動はどうヒイキメに見ても友好的とは思えなかった」


 ハルファスは自分のカップに口を近づけ、香りを嗅いでから啜った。


「アイツが欲しいのは国と国のツナガリなんかじゃない。ショクミン地とカンリョクプラントなのだよ」


 シエンは黙っていた。それが、事実かどうかは定かではないのだから。


「君たちリンガイアンの生が限りなく永いことは、知っている。何しろロウスイというものがないのだろう? 老いによるオトロエがない、ということは、他の死因はあるにしても、我々よりずっと不死に近い。君は今、いくつだい?」

「……四五歳になりました」

「四五……。リングレスならそろそろ曲がり角(・・・・)だ。様々な違いはあるが、セイチョウも遅いようだね」

「はい。リンガイアンは、〈輪魄の記憶〉以上、肉体に変化は起こりません。あまり症例はありませんが、輪魄に刻まれた記憶が若すぎる(・・・・)童魄(イマチュア)〉という変異種もあるそうです」


 全部、ロンドから借りた本の引用だった。


「要するに、年齢を重ねても子どもの姿のままということか」

「ええ。しかし大半は、生まれてからすぐ死にます。産み落とされてからの数時間が、輪魄の記憶の全てだからです」シエンはコーヒーを二口飲んだ。

「……私は今年で六二歳。つまり、君より年上であることは確かだな」

「そうなりますね」

「リングレスにはネンコウジョレツというシュウカンがあるんだが、君は幸いリンガイアンだ。このままの距離感で会話させてもらうよ」


 口の端に笑みを浮かべ、ハルファスが言う。言葉の意味は分からなかったが、シエンは頷いた。


「リンガイアンは年々ゾウカしている。もはや大陸はおろか、地中や海中、あらゆる場所にシンシュツしたと言って差し支えないだろう。食べ物は減り、住む場所すらままならない状況。リンガイアにとって、それは大きなケンアンジコウだ。ワボールはその解決策を、この大地に見出したのさ」

「……」

「アイツはまず、リングレス三国にカンリョク……言いにくいな、この単語は」

「環力、です」

「ああ、そうだった。すまんな。その、環力の研究所設置をススめてきた。同時に、リンガイア本国からも研究者や技術者をイジュウさせて欲しい、とね。これから先、環力は電力に代わる主要エネルギーとなる。研究は進めるにコしたことはない、とワボールは言っていた。しかしながら――」


 ハルファスは少し言葉を切った。


「ミアはモンドウムヨウで却下。あの国は輪魄をタマシイ(・・・・)だとする、祭政一致主義の国だ。タマシイをエネルギーとして使うなど、〈ハイン聖教〉の教義をボウトクするコウイに他ならないからな。イスカはほとんどサコクに近い状況だったから、当然チンモク。唯一研究所設置を認めたのが……」

「メアだったんですね」

「そう。ワボールが星室長官にシュウニンする遙か以前から、メアではリンガイアンとリングレスがキョウゾンしていたんだ。私たちはうまくやっていた。少なくとも、私が幼い頃までは」


 ハルファスの表情は、語り始めた当初から比べると随分曇っていた。記憶のくさび(・・・)に絡みついた汚物。今彼は、それをひとつひとつ摘み取っているのだろうか。


「フィナとは、そこで会ったんだ。天使たち(・・・・)が、研究所で何をしているのか、幼心に気になってね。友達数人とこっそり研究所にシノび込んだりしてた」

「天使……?」シエンは首をかしげた。

「ああ、天使というのは、その当時リンガイアンたちを呼ぶときに使っていたインゴみたいなものだよ。ホラ、天使は、頭の上に輪っかを載せてるだろう? それと輪魄が似ているから、誰ともなくリンガイアンをそう呼び始めたのさ」


 久しぶりに、ハルファスは爽やかな笑顔を見せた。


「フィナの両親は研究所のショクインだった。キミツジコウを扱っているというのに、今思えば、呆れるほどお人好しな二人でね。生まれたばかりのフィナと、私たちと、よく一緒に遊んでくれた。私がリンガイアにキョウミを持ち始めたのはそれからで、ガイアタングも、いつかリンガイアへ行ったとき困らないように勉強したんだ」

「リンガイアンとリングレスに、共存していた時期が……」


 シエンは言葉を失った。


「そんな時間も、あまり長くは続かなかったよ。ある時、研究施設内で事故が起こってね。輪魄の研究中にオセンブッシツが外部へ漏れ出した……らしい。私にはその物質が何だったのか分からないが、研究所のある第三二州で多数のヒガイシャが出たんだ。ヒドいものだった。全身の毛穴から血を流し、体がミニクく腐っていく者。コツズイに異常が起こって、失明したりオウトを繰り返したりしながら、自分に何が起こっているのか分からないまま死んでいく者。それはもうジゴクとしか言いようのない光景だった」


 ハルファスの眉間に皺が寄せられた。


「リングレスたちは大挙して研究所に押しかけ、研究のソクジ中止を訴えたが、責任者のワボールは聞かなかった。リングレスのヒガイは、研究所が原因ではないと言い張ったんだ」

「じゃあ、どうして『研究所で事故』が起こったと分かったんですか?」

 シエンが尋ねる。

「……フィナの両親から聞いたんだ。とても危ないものが漏れ出した。だから研究所から遠くへ逃げなさい、とな」


 窓の外は闇で塗り潰されていた。もうどれくらいの時間が流れたのだろうか。シエンはコーヒーに口をつけた。ぬるくなっていた。


「リンガイアンとリングレスとの間に殺し合いが起こったのはそれから間もなくだ。リングレスたちも善戦したんだが、結果はサンタンたるものでね。鱗魄(それ)にはやはり敵わなかった」

 

 ハルファスはシエンの輪魄を顎で差した。


「だが――」太い声が、強張った。「弱いリンガイアンはリングレス(わたしたち)でも殺せる」


 フィナの部屋を見つめて、ハルファスは唇を噛んだ。


「私は子どもだった。ゲッコウした大人たちを、止めることができなかった。フィナの家へ走る父を、母を、隣のおじさんを、私は泣きながら追った。フィナの両親に、鱗魄(スケイル)の防御ゲンカイを超える銃弾がばらまかれるのを、私は見ていることしかできなかった。でも、幼いフィナの姿が見えないことに気づいた私は、こっそりユリカゴから彼女を盗み出したんだ。私が十歳の年だった」


 心の底から声を絞り出すように、初老の男は話し続ける。その旋律に耳を傾けながら、シエンは眼前に、血みどろの地獄絵図を走り抜けるハルファスと、彼に抱かれたフィナが見えるような気がした。


「私はとにかく逃げた。泣き叫ぶフィナを抱いて、自分も泣きながら、あちこちで聞こえるヒメイを振り払うように逃げた。この五三州に辿り着いて、牧師さんに助けを求めた。もう、神とやらしかスガルものはなかったんだ。それから数日後、私の住んでいた第三二州は消滅した。シンジツは何も明らかにされることなく、私は家族を失った。彼女を、フィナを除いて……」


 もしかしたら、俺はとんでもないことを聞いているんじゃないか?

 シエンはごくりと生唾を飲み込み、ハルファスの次の言葉を待った。


「事件が起こっても、私はリンガイアンをソンケイしていたし、いつかリンガイアへ行きたいという思いは変わらなかった。だから必死でガイアタングを勉強した。偉くなるためのドリョクを惜しまなかった。そのカイあってか、現在私はこうして州長という職に就いている。三二州は完全にショウドと化し、もうそこで何があったか知るのは私だけになってしまった。私たちを拾ってくれた牧師さんも、とうの昔に亡くなってしまったし、な」

「……フィナに石を投げたのはここの子どもたちです。誰も、何も知らないのなら、どうして彼女が……リンガイアンが毛嫌いされるんですか」

「どんなに隠したって、噂というものは漏れ広がる。メアにはミアほどではないにしろ、『リンガイアンはずる賢く、ザンギャクだ』というイメージを持った者はたくさんいる。中には、テロ行為を繰り返すミアのラウリデ一味(・・・・・・)をショウサンする連中も出てきているシマツだ」


 ラウリデという人物は聞いたことがない。シエンは身を乗り出した。


「ラウリデ? そいつが、最近表立ってリンガイアに攻撃を……?」

「……確かに、ボウリョクという形でリンガイアンを攻めているのはラウリデだ。しかし、遅かれ早かれ、誰かがハンランを起こすことは予想できなかったわけじゃない」

「どういうことです?」

「ワボールは三二州消滅から数ヶ月後、再び研究所設置を呼びかけてきたのさ」


 シエンは吃驚した。


「そんな馬鹿な! 長官がそんなこと――」

「言うまでもなく、我々は全面的にそのヨウセイをキョヒした。あの悲劇がまた繰り返されることは、絶対にあってはならない。リンガイアは引き下がり、我々とはコウチャク状態がしばらく続いた。環力をリンガイア本国で本格的に使用し始めるまではね。ケイケンなハイン聖教信者であるラウリデが、輪魄のエネルギー転用に反対し、挙兵したのはここ最近だ。しかし宗教的理由だけでなく、領土カツジョウの打診やリングレスによる三二州研究所襲撃のバイショウキン請求など、テロの起こる火種はスデに蒔かれていた。もう、分かっただろう?」


 やるせなかった。本当に、それが真実なのだとしたら。


「ワボールはリンガイアンの居住区として、ミアやメアの土地を求めている。そのためには、リングレスたちはジャマモノ以外の何でもないのさ」

「でも! もう一度リンガイアンとリングレス、きちんと話し合っていけば、以前みたいに共存していけるかも――」

「言っただろう。スデに火種は蒔かれているんだ」


 大きく溜息をつくと、ハルファスは立ち上がった。そして、おもむろに腕を組み、じっとシエンを凝視する。その視線の痛みに耐えられなくなって、シエンは思わず目を背けて下を向いた。「リングレスによる〈王城〉への強襲」頭の上から声が聞こえる。「そんなことをされたのに、星主としてリングレス国家に渡航し、話し合おうとする、ガイエン・リンガイアのカンヨウでキゼンとした態度」足音も聞こえる。ゆっくりと、ハルファスは歩き回っているようだ。刺さるような視線は、依然として感じられた。「共存への道を踏み荒らすかのように、船を襲ったリングレス……らしき者たち。事もあろうに、次期星主をアンサツしてしまった」


 足音が止まる。シエンは顔を上げた。待っていたかのようにハルファスの眼光が彼を射貫く。


「都合がいいな」

「しかし、それは、その……」

「何とワボールに都合のいい展開だろうか」


 わざとらしく台詞めいたハルファスの言葉。一秒でも早く、この場から逃げ出したい。そうしなければ、絶望的な結末しか、彼には待っていない。


「次期星主をアンサツしたゴクアクヒドウなヤカラをインペイする国。許せない。戦おう。仇討ちだ! これはセイセンだ!」


 シエンは恐れた。酩酊したように焦点の合わないハルファスの双眸。そして、いよいよ現実味を帯びてシエンに覆い被さってくる、真実の影(・・・・)


「君は、君を襲った者の顔を見ていないと言ったね。多分それは嘘じゃない。あそこまでオオケガをさせられたなら、相手の顔など見るヨユウはなかったと考えて当然だ」

「ハルファス、あなたは、何が、言いたい」

「でも何か(・・)は見ただろう」


 鼓動で、胸部の筋肉が痙攣したかと、シエンは思った。息が苦しい。先ほどまで滲んでいた汗は、もう体の奥深くへ引っ込んでしまった。代わりに噴き出す、ありとあらゆる〈思考〉という名の奔流。


 そうとも、俺は見た。とどめを刺そうとしたやつに降り注ぐ、鉄の塊。それが頭に当たる直前で、弾かれる様。そっくりじゃないか。誰かさんに。だからって信じられるか。もしそれを信じてしまったら、俺がここに存在する理由は何だ。王子として、次期星主として、今まで四五年間生き続けてきた答えは、ただの引き金(・・・)になることだったとでもいうのか!


「私はただ、フィナが助けたいと言ったから君を助けた」ぞくり、肌が蠕動する。「正直、君というカードに特別な力はないと思っていた。しかし、状況が変わった」


 今のシエンにとって、ハルファスの発する全ての言葉が恐怖の対象だった。


「ミアが全面コウフクした。次は我々メアが標的になる。明日ワボールが直接第一州へ来るらしい。私は州長としてそこへオモムくことになった。シエン・リンガイア、君は次期星主として……〈真実を知らなければならない者〉として、何を成すべきなのかな?」


 すっかり冷めたコーヒーには、青年の歪んだ顔が映っていた。




【続】

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