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9.7番、セカンド、後藤恭子

9.7番、セカンド、後藤恭子



 昇は『本丸』を出ると、まっすぐに帰宅した。 最近できたばかりの高層マンション。

音声認証式のオートロックを解除し、エレベーターで最上階まで上がると部屋のドアにキーを差し込んだ。

 部屋に入ると、真っ先にパソコンの電源を入れた。 それから、キッチンの換気扇を回しタバコに火を付けた。 冷蔵庫から缶ビールを取り出しプルトップをひねると、一気に飲み干した。

 席についてパソコンのフォルダをクリックし、『Oh!oku』のページを開いた。 昇は練習が終わるたびに、メンバーのデータを更新していった。

「6番まではこれで決まりだなあ。 7番からの下位打線は似たり寄ったりだなあ… と、なると、クリーニング屋の後藤さんが7番か」

昇は打順の7番の位置に、後藤恭子の名前を打ち込む。


 後藤恭子は由美子と同級生。 由美子が早生まれなので、年齢は一つ上になる。

 保育園から一緒で、小学校から高校まで同じ学校だったが、一緒のクラスになったことはない。 ただ、家が同じ商店街だったのでよく一緒に遊んでいた。 どちらかといえば、運動オンチで飛んだり走ったりということは苦手だった。 手先が器用で、要領が良く、成績は真ん中あたりだったが、学級委員を何度かやったこともある。

大学には行かず、高校を卒業すると、一旦、小さな広告代理店に就職したが、会社が倒産したため、実家のクリーニング店を手伝っている。 まだ独身だ。

小学校ころは、由美子と一緒にクラシックバレエやピアノを習っていた。 高校生になると、「一緒にソフトボールをやろう」と由美子に誘われたが、運動は苦手だと言って演劇部に入った。


 昇は、パソコンの画面を見ながら、恭子のプレーを思い出していた。

「意外と器用なんだよなあ。 物覚えも早いし頭が切れる人だね」

実は、2番にした圭子とかなり迷ったのだ。 最終的には、走るのが早い圭子を2番に持ってきた。

 守備練習では、かなり早い段階でカバーリングの動きを理解していた。 打球によって二塁ベースに入るタイミング。 ファーストのカバー。 ライトへ打球が飛んだ時の中継。 今では、アリスと由美子に比べてもそん色なくこなす。 ただ、捕球とスローイングはまだまだだ。

 バッティングにおいても、バットに振り回されているイメージがまだ強い。 本人もそれを自覚しているので、この宿舎のトレーニング器具で時間があれば筋力アップに努めている。


 二度目の銭湯の帰り道。

「なんだか、小腹がすかない?」里美が言うと、アリスと由美子が頷いた。

「ママんちであんみつを食べよう」由美子が提案した。

「いいわね。 じゃあ、『大奥』へ行きましょう」佳代子が即答した。

結局、里美、由美子、アリス、佳代子は『大奥』であんみつを食べて行くことにしたが、他のメンバーはカバーリーングの動きについて勉強会をやると言って宿舎に戻った。


 『本丸』では、順一と正春がまだ酒を飲んでいた。

「ねえ、順一さん、昇さんって何ものなんですか?」正春が順一に聞いた。

「俺もよくは知らないけど、元々は関西出身で、大学の後輩がどこかの会社の社長だと言っていたなあ」


実際、順一は坂本昇のことをよく知らなかった。 年に何度か休みを取って外国に行ったり、豆腐屋の従業員の割には、いいものを身につけているところを見て、タダものではないと思っていたが、それを本人に追及することはしなかった。

店にいる時は、明るいお調子者といったイメージだったが、一人でいるときは、黙って考え事をしていることが多いような気がした。

 正春が不思議がるのも無理はない。 野球の知識といい、ノックの技術といい、どこからかピッチングマシーンを簡単に調達してくるところまで、豆腐屋の従業員にしては怪しい。

もっとも、豆腐屋の従業員としては文句のつけようがない働き者なのだし、ただの野球好きと言われればそれまでだが。


 正春は、先程昇が持ちかけた話について順一と議論していた。

「いくら素人とは言え、バースですよ。 おかしくないですか?」

「いいじゃないか、バース一人で何ができるんだ? 俺たちには勝てないさ」

「そりゃあ、そうですけど」

「もういい。 ただ、なめてかかるなよ。 手加減したら足元をすくわれるぞ」

「順一さんがそこまで言うなら、逆に楽しみですね」

「さあ、今日はもうこれくらいにして帰るか」

「はい」

順一と正春が店を出ると、向かいの店から出てきた客とはち合わせした。

思わず順一がつぶやいた。

「お前たち、何してるんだ?」

そこには里美をはじめ“OH!oku”のメンバーがいた。

“殿様キングス”のたまり場『本丸』と“OH!oku”のたまり場『大奥』は小さな路地ははさんで向かい合わせに店を構えているのだ。

思いがけず、声をかけられた里美たちは声の主を見て目を血走らせた。

「また、このツーショット! 今日は何の悪だくみをしていたのかな?」

由美子が二人に詰め寄る。 アリスと佳代子も後に続く。

「そんなの言えるか」

そう言って、正春は踵を返し、順一と共に背を向け歩いて行ってしまった。

由美子たちは、後ろ姿の二人に「あっかんべ~」をしている。 里美は一人、順一の背中を黙ってみていた。



 合宿3日目。 中学校の野球部員たちが試合で参加できないため、午前中の守備練習は個々の実力アップを図るべく、ノック中心の練習を行った。 内野陣は打球を処理したら一塁へ。 外野陣は二塁へ戻す。 相変わらず、落球や悪送球が多い。 しかし、逃げずに正面でボールを処理しようとする姿勢だけはだいぶ、徹底されてきた。

あとは、ただひたすら練習するしかない。

 午後のバッティングではバント練習を中心に行った。 里美はバントが苦手だった。 というよりは嫌いだった。 その分、フルスイングで打つ練習がしたかった。 しかし、昇はわがままを許さなかった。

「お嬢! 一通りのプレーがきちんとできるようになるまでは特別メニューはダメですよ。 どうしてもと言うなら、バッティングセンターにでも行って下さい」


 練習終了後、里美はバッティングセンターにいた。 ゲージの外には昇がいる。 無理やり付き合わされたようだ。

その時、昇の携帯が鳴った。 ポケットから取り出し、電話に出る。

「はい。坂本です… おう! この前は助かったよ。 さすが、天下の宝生グループ総帥候補だけのことはあるな。 で… OK! じゃあ、先にそっちに寄ってくるように伝えておくよ。 なあに、お安い御用さ」電話を切る。

ゲージの金網にへばりついて、こっちを見ている里美。

「あんた! 今、ちらっと聞こえたけど、宝生グループの総帥ってどういうこと?」

「いやっ… その… まあ、ちょっとした知り合いで…」

「知り合い? あの宝生グループの総帥? それで何の話してたの?」

「ああ! あいつのチームが試合をやるからバースを貸してくれって」

「はあ? バース?」




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