表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/19

5.3番、ピッチャー、柳井由美子

5.3番、ピッチャー、柳井由美子



 連休初日。 どうしても店を開けられない、もんじゃ『大奥』の女将、太田佳代子以外のメンバーが小学校跡地の校庭に集まった。

 “Oh!oku”のユニフォームは、佳代子が『大奥』の常連でもある、スポーツ関係のユニフォームやグッズの製作会社社長に頼んだ。

佳代子は他のメンバーより体格が、二まわりほど大きかったので、自分の分を特別にあつらえた。 背番号は18。 佳代子いわく、広島カープから阪神タイガースに移籍した往年のエース安仁屋投手の背番号だということだった。 いまは、空き番号だが、ちょっと前までは藪投手がつけていたタイガースのエースナンバーだ。

 佳代子はなかなか練習にも参加できないので、縁の下の力持ちとして、チームをサポートすることになった。


 メンバーは、一旦、荷物を部屋に運ぶと、すぐに練習着に着替えてグランドに集まった。

今回の合宿では、守備におけるカバーリングを徹底的に覚えること、バッティングにおいては速球に慣れること、最低限確実簿番とができるようになることを目標に挙げた。

そして、合宿最終日には、地元の少年野球チームと練習試合をすることになっていた。

 ランニングと柔軟体操をやってから、キャッチボール。 午前中は軽く練習を終えた。

メンバーは一旦、部屋に戻り、5日間過ごすための空間を整えた。

 当たり前だが、この合宿は食事の支度もすべて自分たちでやらなければならない。

それ自体は大したことではないが、毎回、10人分の食事となると、買い出しや支度もそれなりに大変だったが、それもチームのきずなを強くする後は大いに役立った。



 由美子は魚屋『魚虎』の長女で、兄が一人、弟が一人の三人兄弟だった。

『魚虎』は兄が継ぐことになっていたので、由美子は割と自由にやりたいことをやらせてもらうことができた。

 小学校のころはクラシックバレエを習い、ピアノとそろばん教室にも通っていた。

中学校でソフトボール部に入ると、1年生からレギュラーで活躍した。 2年からピッチャーを初めて、高校、実業団に至るまでチームのエースを務めてきた。 高校生の時は全国大会までコマを進めたこともある。

幼馴染だった今の旦那と結婚して会社を退社するまでは、全日本候補にも挙げられるほどの実力を備えていた。


 柳井正春は、学年でいうと由美子より1が年上だが『魚虎』の隣で、八百屋『八百春』の三男で、小さいころからいつも一緒に遊んでいた。

順一が“殿様キングス”を結成した時、甲子園に出場した実績を買われてスカウトされた。

今では、“殿キン”の押しも押されぬ4番バッターだ。

由美子がソフトボールを始めたのも、小学生の頃からリトルリーグで野球をやっていた正春の影響だと言える。

由美子と正春が結婚した時、正春はすでに“殿キン”のメンバーだった。

“殿キン”のメンバーが中心になって、近くの野球場で結婚式を挙げた。

結婚を機に、由美子は会社を辞め、『八百春』と実家の『魚虎』を手伝いつつ主婦に専念した。

正春は三男ということもあり、店で働いてはいるものの、跡継ぎではないので気楽なもので、八百屋が仕事なのか野球が仕事なのか分からないほど、今では“殿キン”に入れ込んでいる。

それでも由美子は、正春のよき理解者であり、良き妻だと言えた。

ただ、こんな夫婦にもお互いに絶対、譲れないものがあった。

それがプロ野球チームの巨人と阪神だった。

 由美子は店の名前に“虎”を入れるほど阪神タイガースファンの祖父、父親、母親の血を受け継いで生まれた時からのタイガースファンだった。

正春は、こちらも代々ジャイアンツファンの家系で、巨人対阪神戦の時は隣同士でムキになって、安売り合戦をやってしまう。

買い物客には大歓迎だが、当人たちは3連戦が終わった後、毎回後悔している。

まして、優勝でもしようものなら、店のものを全部「タダで持って行け!」状態だ。

「おう!『魚虎』の。 お前ンとこはめったに優勝しねえから羨ましいだろう?」

「バーカ! そんなことばっかりやってて店をつぶすんじゃねえよ」

なんて、こんな調子だ。

しかし、それ以外では本当の家族以上に仲がいいのだ。

そんな野球バカの家族の中で育った二人が結婚したのだから、何かにつけて衝突することも少なくない。

正春が着ている“殿キン”のユニフォームを見るたび、由美子は機嫌が悪くなった。

しかも、家庭そっちのけで、何かにつけては“殿キン”で、最近、うっぷんがたまっていたところに、里美から声がかかった。

「ねえ、里美さん。 ひとつ聞いていい? ユニフォーム作りますよね? どんなデザインですか?」

「そんなの決まってるじゃない!」

里美はそう言ってVサインを出した。

そう! 里美も根っからのタイガースファンだ。 彼女がVサインを出したということは確認するまでもない。


 昇はタバコをもみ消すと、パソコンの前に戻った。

「由美ちゃんがピッチャーで3番なのは問題ないな。 ただ、投げ方はちょっと考えた方がいいな。」

 ソフトボールでピッチャーをやっていたということもあり、本人の希望でアンダースローの練習をしている。

基本的には、下手投げのソフトボールと、上から投げる野球とでは、使う筋肉や腕の振り方もまったく違うので、アンダースローがいいという根拠は何もない。


 ある日、由美子のピッチング練習でボールを受けている里美が口走った。

「由美ちゃんのアンダースローは恰好いいわね。 あれを思い出しちゃうわ。 えーと、何だっけ…」

由美子はすかさず答えた。

「水原勇気! 野球狂の詩!」

「そうそう! ドリームボールだわよ」

水原勇気というのは、水島新司の漫画『野球狂の詩』に登場する女性ピッチャーのことだ。

華麗なアンダースローからドリームボールという魔球で打者を打ち取るのだ。

そんな話を着ていた昇は、苦笑いしながら「そこか? アンダーで投げたいって言ったのは…」と、つぶやいた。


 確かに、体格に恵まれていないので、オーバーハンドよりはいいかもしれないが…

まあ、ちょっと様子を見てみよう。

「それより、メンバーが9人じゃ、試合ではきついなあ。 由美ちゃんが全部完投するのは不可能だからなあ。 アリスならリリーフに使えるだろうけど、せめて、あと一人はピッチャーが欲しいな。 それから、最終的に“殿キン”と試合をするつもりなら、助っ人がいるな。」

昇はメンバーリストのファイルを閉じると、あるところにメールを送った。

「スケジュールが空いているといいけどなあ」



 アメリカ。 オクラホマ州議会のとある執務室。 パソコンの画面を眺めながら満面の笑みを浮かべる一人の男。

「ノボール! カナラズイクヨ」

その男はトレードマークともいえるヒゲを触りながら、つぶやいた。

そこへ、秘書らしき男が彼を呼んだ。

「バース上院議員、時間ですよ」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ