17.プレイボール!
17.プレイボール!
雲ひとつない秋晴れ。 絶好の野球日よりだ。
順一が依頼した連盟の審判員たちがグランドにラインを引いている。
“殿様キングス”のメンバーはすでに一塁側のベンチに入っている。 順一は主審を務める高橋と立ち話をしている。
「吉広さんとこのチームに挑んでくるなんて、相手のチームはけっこうやるんですか?」と高橋。
「ちゃんとした試合をするのはこれが初めてだが、なかなか侮れないよ」
そんな話をしていると、そこへ“Oh!oku”のメンバーが入ってきた。
「来たな」順一は三塁側のベンチに目をやった。 高橋も3塁側を見る。
「女性ばかりじゃないですか?」高橋は目を丸くした。
里美は昇を伴って順一のそばへ歩いて行った。
「手を抜いたりしないでね」里美はそういうと順一に手を差し伸べた。 順一はしっかりと握手して微笑んだ。
「こちらこそ、お手柔らかにな」そう言って、昇にも握手を求めた。
里美はベンチに戻ると、メンバーを集めた。
「ついにこの日が来たわ。 決して楽な試合じゃないと思うけど、全力を尽くすわよ」
メンバー全員が里美の言葉に頷いた。
「さあ、キャッチボールでも始めようか」昇が言うと、メンバーはグランドに出た。
昇は奥のベンチに座っている二人の助っ人の横に腰を下ろした。
「こっちの打順が一回りした時の状況で、二人にはゲームに参加してもらうから、そのつもりでいて下さいね」と英語で話しかけた。
一週間前、昇の頼みで大阪に寄ってきた二人は、試合後には宝生の専用機で東京にやってきた。 上京してからは“Oh!oku”の練習に参加して、なまった体をほぐしていた。
「イツデモOKダヨ」そう言ってトレードマークのひげに手をやるランディ・バース。
「ボクモ、キョウハゾンブンニタノシマセテモラウヨ」ウォーレン・クロマティは右手のこぶしで胸を叩いた。
既にアップを終えて、先発オーダーを発表していた“殿キン”のベンチで、マネージャーの飯田が三塁側のベンチを指して声を上げた。
「あ、あ、あれ見て下さいよ。 バースとクロマティがいますよ」
「何をバカなこと言ってるんだ」的場が飯田の頭を引っ叩いた。
「ウソじゃありませんよ。 ちゃんと見て下さいよ」頭を押さえて飯田が言う。
「ほ、本当ですよ。的場さん。 あれは確かにバースとクロマティですよ」野口が声を震わせながら言った。
「あれーっ? みんなには話してなかったかなあ? 昇のヤツがバースと知り合いで、助っ人に呼んだって話…。 しかし、クロマティがいるのは驚いたなあ」正春がさらりと言う。
「おまえ、なんだってそんな話、黙ってたんだ?」的場が正春に詰め寄る。
「バースの一人や二人、入ったからって野球は9人出でやるもんなんですから」と余裕の表情を見せる正春。
「正春の言うとおりだ。 あいつらだって、今まで一生懸命やって来たんだ。 バースが来たからって、いきなりレギュラーを外してまで使ってこないさ。 せいぜい、チャンスに代打で一度使うくらいさ」ベンチに戻って来た順一が言った。
「ま、まあそうだろうな。 バースの一人や二人くらいどうってことない」的場は急に強がって見せたが、その口調には動揺が隠しきれていなかった。
“Oh!oku”のベンチ前では、由美子がピッチング練習を始めていた。 大胆なアンダースローから放たれる速球が里美のミットに収まる。 スパーンと捕球音がこだまする。
「ほう! 女にしちゃあ、なかなかスピードがあるなあ。 あれは、正春のかーちゃんじゃないのか?」小峰が言う。
「そうですよ。 けっこう、いい球を投げるでしょう?」正春は自慢げに言った。
「でも、まあ、球質は軽そうだな。 お前なら簡単に場外まで飛ばせるだろう」的場が言うと、正春はVサインを出した。「当然ですよ」
主審の高橋が手を挙げて合図をした。 両チームのメンバーが一斉にベンチを出てホームベースの前で向かい合った。
「殿様キングス対大奥の試合を始めます」高橋が言うと、両チーム礼をした。
事前のじゃんけんで先攻は“殿様キングス”に決まっていた。 一番バッターの澤田新太が左打席に入った。「お願いします」澤田は由美子に挨拶をすると、バントの構えをした。 サードの弘江が一歩、二歩前に出てくる。 ゆっくりとしたモーションで湯子が第一球を投じる。
真ん中低め。 澤田はバットを引いた。「ストライーク!」高橋がオーバーなアクションでコールする。 初球を見送った澤田は、余裕の表情を浮かべ再びバントの構え。
今度は弘江と、ファーストの佳代子も前進してきた。 インコース低めに速い球。 澤田はバットを合わせると同時に一塁へ走り出している。
ファーストに取らせるゴロが絶妙に転がった。 ピッチャーの由美子もマウンドを駆け下りたが抜かれた。 前進してきた佳代子がボールをさばいて一塁へ送球。 ベースカバーに入った恭子にわたって、間一髪。 「アウト!」一塁塁審の手が高々とあがった。 一塁ベースを駆け抜けた澤田は、振り向いて「ウソだろう?」と天を仰いだ。
「なかなかやるなあ。 あれをアウトにするなんて」的場が感心する。
順一は嬉しそうに“Oh!oku”のプレーを見ている。 由美子は低めを丁寧について、続く“殿キン”の2番、3番を内野ゴロに打ち取って1回表を守り切った。
その裏。 “Oh!oku”の攻撃は、1番の川島弘江。 “殿キン”のマウンドには順一ではなく、飯田が上がった。 三塁側の“Oh!oku”ベンチからは不満の声が上がった。 しかし、飯田が投げ始めると、すぐにおとなしくなった。
飯田はスピードこそないが、抜群のコントロールと多彩な変化球を持っている。 弘江は2ストライクまでボールを見たが、0ボール-2ストライクと追い込まれた3球目のカーブを空振りし、三振。
続く2番の沢井圭子も2ストライクまではボールを見送り、1ボール-2ストライクから同じくカーブを空振りし三振。
3番の由美子は、先週の偵察で飯田のピッチング見ている。 追い込まれると、変化球で打ち取られる可能性が高いので早いカウントで投げてくる真っ直ぐに的を絞った。 すると、由美子に対しては2球続けてカーブでカウントを取ってきた。 真っ直ぐにヤマを張っていていた由美子は手が出なかった。 そして、3球目高めの吊り球に手を出してキャッチャーフライに打ち取られた。
1回の攻防を見る限り、投手戦かと思われた。 しかし、2回の表“殿キン”の攻撃で早くも均衡が破られた。
4番の正春はゆっくり右打席に入ると、不敵な笑みを浮かべた。 由美子は正春が低めの球が好きなことをよく知っている。 初球は高めに速い球を投げてストライクを取った。 2球、3球は外角の低めに投げてボールが二つ続いた。 2ボール-1ストライクからカウントを取りに行った外角低めのボール。 ストライクゾーンいっぱいの絶妙のコース。
正春は「待ってました」とばかりにフルスイング。 ボールは一瞬で、レフト葵の頭上を越えて行った。