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13.坂本昇という男

13.坂本昇という男



 「バースって、あのバースのこと?」佳代子が確認する。

「そうよ。阪神タイガースのランディ・バース」里美が答える。

「それから、これは最近分かったんだけど、宝生グループの御曹司様とは大学の先輩・後輩で親友なんですって」と更に里美。

「どこかのお坊ちゃんなんですか?」今度は葵が聞く。

「あら、葵ちゃん、コーチにお熱かしら?」弘江がからかう。

葵は顔を赤くしてうつむいた。「ち、ちがいますよ!」

里美はそんなメンバーを見ながら、これから一緒に強くなって行くのなら、昇のこともある程度みんなが知っておいた方がいいだろうと考えた。

そこで、自分の知りうる昇の生い立ちをメンバーに話して聞かせることにした。


 新大阪で新幹線を降りたクロマティは寿コンツェルン系のスポーツ公園の一角にある野球場に来ていた。 寿ファイターズの実力を見るためだ。

 通常、会員以外は入れないのだが、相手は天下のクロマティ。 公園の支配人は根っからのジャイアンツファンだったのでVIP待遇でクロマティを案内した。

寿が誇るこのスポーツ公園はアジアで最高のスポーツ施設だとの触れ込み通り、素晴らしいものだった。 公園中央にそびえるタワーには、プールや体育館など、屋内スポーツなら、ほとんどの専用施設やコートが入っている。

その周囲に広がる公園には陸上競技場やサッカー場、カヌー競技ができる人工河川まで作られている。 中でも、野球場は3面の練習用グランドに神宮球場並みの野球場が3面。 メインの野球場は開閉式のドーム球場になっている。

寿ファイターズは、このドーム球場で練習を行っているのだ。 クロマティはバックネット裏の席に案内され、練習の様子を念入りに観察した。



 坂本昇は京都の祇園で生まれた。 母親の弥生(やよい)は気温の芸子だった。 父親が誰なのかは聞かされていなかった。

 弥生は、昇を妊娠すると、芸子を辞めて、踊りと三味線の教室を始めた。 噂では宝生グループの会長が資金を出したなどと(ささや)かれたこともあった。 芸子時代から、祇園では誰にでも好かれる人気者だったので、教室は繁盛していた。

昇は小さい時から祇園の舞妓や芸子に囲まれて育った。 弥生が芸子だった時からの馴染みの客からもかわいがられた。 そして、一通りの習い事はすべて、柔道でいうところの黒帯を獲得していた。

 高校生の時、親元を離れたいという希望を聞き入れたもらい、大学は京都に戻るという受験で大阪の進学校へ入学し、京都大学に入った。

 この、大阪の高校に進んだことが昇の人生を大きく変えた。

 高校で友達になった雄介は、野球大好き少年で毎日のように、昇を誘っては近辺の野球場へあらゆる種類に試合を見に行った。 それこそ、草野球からプロ野球まで。

 そして、高校の野球部には所属せず、仲のいい友達を集めて草野球チームを作っていた。 昇もそのチームに入れさせられ、暇さえあれば練習に明け暮れていた。 そんな生活をしている割に雄介は成績優秀でいつも学年トップの成績だった。 そして、二番目は昇だった。

 雄介の草野球チームは、ガリ勉の素人ばかりだったので、ろくにノックのできる者さえいなかった。 昇は雄介に言われてしかなくノックをやるようにしたのだが、小さい時からいろんなことをやらされては器用にこなしてきた昇は、あっという間にノックの名人になった。 噂を聞きつけた野球部の監督が、引き抜きに来たこともあったが、昇は断固として雄介のそばを離れなかった。


 昇は弥生との約束があったので地元京都の大学に進学したが、雄介は商社マンの父親の転勤でアメリカへ行ってしまった。 雄介と離れても、野球観戦は止められず、時間があれば日本中どこへでも出かけて行った。 やがて、全国のプロ野球があるフランチャイズの球場関係者の中には知らない人がいないくらいの有名人になって行った。

 そして、年に数回は雄介を訪ねてアメリカへも出かけた。

雄介は、アメリカの大学に進学し、アメリカ人女性と結婚した。 父親が帰国した後も、アメリカに残り、ハンバーガーショップのオーナーになっていた。

 昇はアメリカに行くと、雄介と一緒に近くの空き地でノックでゲームをしていた。 すると、たまたま通りかかった現役メジャーリーガーの目にとまった。 その場で、メジャーリーガーにノックをしてやると、その技術に驚いた彼は昇と雄介を車に乗せて、近くにある傘下の3Aのチームの練習場へ連れて行った。

 昇はそこで監督の指示通り、寸分たがわず打球を飛ばしてのけた。

「ワンダフル!」そこにいた全員が昇を拍手で称えた。 そして、ノッカーとして球団職員にならないかと誘われたが、断った。

 そんな噂を聞きつけた地元のメディアが昇を取材にやって来た。 その様子が全米で放送され、昇はたちまち、アメリカでいちばん有名な日本人になった。


 こんな調子で大学生活を送っていた昇はなかなか大学を卒業できずにいた。 それがまた、新たな出会いをもたらしたのだ。 宝生彰との出会いだ。

 昇は、この金髪の青年と最初にあってすぐに打ち解けた。 どこか一般人とはかけ離れた雰囲気といい、かといって、お高くとまらず、どちらかと言えば世間知らずの大マヌケとも見て取れる、この青年の持つ雰囲気がとても心地よく感じたのだ。 どこか、昇と相通じるものがあったのかもしれない。

 もちろん、お互いに素性は知らないまま、また、聞くこともなく、ただ、つるんで歩くようになった。



 里美がだいたいの話をし終えると、『大奥』に集まったメンバーは溜息を吐いた。

「なんだかすごい人なんだね」佳代子がつぶやく。

「豪快な人だったんですね」典子が納得する。

「格好いい人生ですね。 憧れちゃうわ」葵がうっとりして表情でささやく。

「葵ちゃんは完全に昇コーチにいかれちゃったわね」弘江が言う。

葵は否定せず、逆に里美に質問した。

「昇さんには彼女とかいるんでしょうか?」

「さあ、どうだかねえ… 浮いた話は聞いたことないけど、けっこういい男だからねぇ」

里美の返事に葵は煮え切らない表情を浮かべた。

「そんなこと自分で聞きなさいよ。 でも、今はチームのことに集中して欲しいわね」

恭子がきつい口調で葵に詰め寄った。

「あらぁ? 恭子ったら、もしかしてあなたもコーチに気があるのかな?」葵が反撃に出る。 今度は恭子が顔を赤くして否定した。「バカ言わないでよ…」

「ちょっと二人ともいい加減にしなさい!」美千代がたまりかねて大声で怒鳴った。

一瞬にしてその場が静かになった。


 『本丸』では、順一と正春が勝手に、連合チームでプロ野球チームと試合する物語をかたって盛り上がっていた。

「でも、4番だけは譲らないですからね!」正春は力を込めて訴えた。 順一も頷いた。

「じゃあ、ピッチャーだな。 マサ、お前なら誰に投げさせる?」

「先発は絶対に順一さんですよ。 そして、面白そうだから由美子のヤツを中継ぎに使ってやろうかな…」その正春の言葉をさえぎるように順一が口をはさんだ。

「由美ちゃんは抑えでイケるんじゃないか?」

「あいつにそんなもん務まりませんよ…」

そこへ、他の“殿キン”メンバーも集まって来た。

「楽しそうだな。俺たちも混ぜてくれよ」




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