1.肝っ玉母さんの草野球チーム“大奥”誕生!
抹茶小豆さんの活動報告『プロット中』の中で、勝手に雑談していて出来た企画に乗っかりました。
1.肝っ玉母さんの草野球チーム“大奥”誕生!
東京下町の豆腐屋『高瀬屋』を切り盛りするのは、三代目店主の高瀬里美40歳。
祖父、龍之介が創業した豆腐屋を里美の父親でもある一人息子の竜一が継いだ。
竜一夫婦は子宝に恵まれず、ようやく生まれたのが里美だった。
里美は大学を卒業するのと同時に1年先輩の吉広順一と結婚した。
父親の竜一は、当然、順一が豆腐屋を継いでくれるものと期待していた。
順一は大手商社に就職したばかりで、豆腐屋を継ぐなんてことは考えていなかった。
3年後、里美は25歳で長男、大輔を生んだ。
大の巨人ファンだった順一は、大輔が小学校に上がるころには巨人の野球帽とグローブを買い与えて毎日キャッチボールをしていた。
大輔は小学校三年の時に地元のリトルリーグに入った。
ちょうどこの頃から、竜一の体調が悪くなり、入退院を繰り返すようになった。
豆腐屋は竜一の妻、政子と唯一の従業員、昇、そして里美がなんとか切り盛りしていた。
竜一が、いよいよ仕事ができなくなると、政子と里美は、そろそろ会社を辞めて豆腐屋を継ぐ覚悟を決めるよう迫った。
しかし、会社で外食産業部門を任される担当部長に昇進していた順一は会社を辞められないと反発した。
かくして、里美は順一と離婚して三代目『高瀬屋』の店主として豆腐屋を継ぐことにした。
里美が店を継いで半年後、二代目店主でもあり、父親でもある竜一が他界した。
順一は離婚したものの、『高瀬屋』の近所に住んでいた。
店を継ぐのが嫌で離婚したものの、大輔が所属するリトルリーグのコーチでもあり、また、自ら草野球チームの“殿様キングス”を作って監督兼エースとして地元でも名を馳せていたのだ。
里美は、息子の大輔が分かれた元亭主と未だに仲良く野球をやっているのが癪に障った。
「こうなったらやるしかないわね。 女だけの草野球チームを作って“殿キン”をコテンパンにしてやるわ」
そう決意を固めると、毎日店を閉めてから従業員の昇とキャッチボールのお特訓をやる傍ら、自分の草野球チームを作ろうとメンバー集めを始めた。
まず、魚屋『魚虎』の長女で実業団のソフトボールチームに所属していた柳井由美子に声をかけた。
「面白そうね。 是非やらせてちょうだい。 うちの旦那も“殿様キングス”にかまけて、ちっとも仕事をしないから、目に物見せてやるわ」
「まあ、ありがとう。 由美子ちゃんが一緒にやってくれるなら心強いわ」
「そうと決まれば、善は急げよ。 そうね… 何人か心当たりがあるから、誘ってみるわ」
「本当? 助かるわ。 私も強力なメンバーを口説いてくるから」
「強力なメンバー?」
「ええ! 楽しみにしてて」
こうして、由美子の協力で8人の肝っ玉母さんたちが集まった。
「あと一人ね。 そう言えば、里美さんが言ってた強力なメンバーって言った誰ですか?」
「うん! ちょうど良かった。 今晩、会うことになっているから由美子ちゃんも一緒に来ない? もう了解は得ているの」
「本当ですか! 是非お供します」
その夜、由美子が里美に連れられて、やって来たのは隣町のバッティングセンターだった。
中に入ると、いきなり、カキーンと目の覚めるような打球音が聞こえてきた。
そのブースの周りには人だかりができていて打球音がするたびに拍手が鳴り響いていた。
里美と共に人だかりをかき分けて、そのブースの中にいる人物を見て由美子は驚いた。
「里美さん、あの人…」
「そうよ! 元アメリカ代表のアリス・マーティン選手よ」
「どうして? だって、マーティン選手はアメリカ人ですよね? なんで日本にいるの? それに、うちのチームに入るって…」
「ええ、そうよ。 詳しく話すと長くなるけど、今は私のお友達なのよ。 今度、日本の住むことになったって言うから、うちの近くに出来た新しいマンションを紹介したのよ。 そしたら、すぐに引っ越してきてくれてねぇ」
「そんなことって…」
里美に気が付いたマーティンは、ブースから出てきて里美に抱きついた。
「ハーイ! サトーミー。 メンバーハソロイマシタカ?」
隣で信じられないといった顔をしている由美子に、里美はウインクした。
「まあ、彼女と知り合った経緯は追々話してあげるわね。 それより、今夜はもう一つサプライズがあるのよ。 今から、『大奥』に行くわよ。 メンバー全員呼んであるから」
もんじゃ『大奥』は里美や由美子たち、近所の肝っ玉母さんたちのたまり場的な店だった。
当然、ここの女将もメンバーの一員だ。
里美と由美子、それにマーティンが店に入ると、他のメンバー既に全員揃っていた。
「ママー、例のもの出来てる?」
女将の美千代は右手でOKのポーズをすると、奥のテーブルの方を指した。
そこのは大きな段ボール箱が置かれていた。
里美は箱を開けて、中を覗いた。
そして、みんなに向かって声を上げた。
「皆さ~ん、今日、ここに集まって貰ったのは、私たちの草野球チームの発足式をするためで~す。 今から、チーム名を発表します」
そう言うと、里美は段ボール箱から取りだしたものをみんなの前に掲げた。
ユニフォームだった。
胸には“Oh!oku”と書かれている。
「キャー! 素敵。 でも、なんて書いてあるの?」
日本そば屋『長寿庵』の女将、森野佳代子が叫んだ。
「チーム名は“オー!オク”。つまりこのお店と同じ“大奥”よ」
「大奥? いいじゃない。最高よ」
メンバー全員が納得した。
里美は、みんなにユニフォームを配った。
内野手だったマーティンには現役時代と同じ『6』を、そして、由美子には『1』を手渡した。
「頼んだよ。エース」
「私が1番もらっていいんですか?」
「もちろんよ」
「里美さんは何番ですか?」
「わたし? 私は… ほらっ!」
里美はそう言って、自分のユニフォームを由美子い見せた。
『22』だった。
「えっ? 22って…」
意外な番号に由美子は驚いたが、すぐに納得した。
「そう! 藤川様の番号よ」
藤川とは、阪神タイガースの藤川球児投手のことだ。
里美は小さいころから父親の影響で阪神タイガースの大ファンだった。
巨人ファンの順一とは野球中継を見るたびにいつもケンカになっていた。
「そういうことね! だから、このユニフォームも阪神と同じデザインなのね」
「そうよ、“殿キン”がジャイアンツなら“大奥”はタイガースで行くわよ」
こうして、肝っ玉母さんの草野球チーム“大奥”が誕生したのである。