巻ノ四 ナルシスト
窓からさす陽光の眩しさに佳奈は目を覚ました。
「ってくどいわぁーっ!!この表現3回目!!」
1人でツッコム悲しさを覚えながらもとりあえず起き上がる。貧血で倒れたがきちんと輸血してもらったので安心だ。――誰にだ!?
今回の佳奈は割と早く目覚めた。3回目だから免疫がついてしまったのかもしれない。
だが――目の前に広がる景色に佳奈は唖然として目を見開いた。
「マ…ジ…?」
そこには、シルクのシーツを纏った豪華絢爛なベットも、紅茶の入ったカップを置いてある洋風の机も、壁に飾られたレイやエルモの絵もなかった。
ただ、緑の草原が風になびいているだけ。まるで『ゲ●戦記』の世界に吸い込まれた気分だ。
「うわ~なんか北海道に来たみたい~タダで旅行してるって感じで得したな~」
能天気なことを呟きながら鼻くそをほじって立ち上がると、足元でクシャッと草のつぶれる音。
空は、雲一つなく澄み切っていた。まるで爽やかな夏晴れといったところだろう。
「そういえば、富岡製糸工場で働いた日もこんな空だったな…」
お前は何時代の人間だよとどこからかツッコまれるが、佳奈は耳が悪いため聞こえない。
サアッと、心地よい風が佳奈の髪をなびかせる。何故が涼しくなってきたので笑ってみた。
とりあえず、落ち着いて辺りを見回すと、東の方角に、赤、黄、青、紫という何ともカラフルな花畑が見える。ミックスベジタブルと勘違いした佳奈は花畑に向かって猛ダッシュする。
佳奈は目が悪いのだ。
花畑を覗き込むと、甘い、甘い、心をくすぐるかわいい匂いがする。――はずだが、佳奈は鼻が悪いため匂わない。
と、花畑を見ているうちに、佳奈はあることに気がついた。
一つだけ、不自然な花が畑に紛れ込んでいる。
「この花…匂いがする…他の花はみんな匂わないのに…」
嗅覚がマヒしている佳奈にまで匂いが届くとはよほど強烈な花なのだろう。まじまじと観察してみる。
その花は、バラだった。花畑に、一輪だけ咲くバラの花。
時々、佳奈の大キライなハチがバラの周りをうろつき刺してくるが、佳奈はそんなのお構いなしに花畑に座禅したままバラの花を見つめ続けた。
「キレイ…今まで見たどんな花よりも…」
バラは、見事な紅色をしていた。その色は、他のどんな花にも勝るぐらいに。
と、佳奈の視界の端に人影が映る。草原の果てから1人の青年が駆けてきた。佳奈はすばやく眼鏡を取り出すと情報を読み取るために装着する。どうやら、青年は二十代でここの近くに住居を構えてるようだ。
分析している間にも青年は至近距離まで来ている。佳奈は見つからないようにと伏せた。
「ああ…オレは美しい…」
かなり自己中心的なことを呟きながら花畑へとダイブする。ああいうのは友達がいないタイプだろう。
と、言っても実際友達が1人もいない佳奈が言うことでもないが…
(いけない、油断してると見つかる)
一瞬目が合ったが、手を振っても無反応な所をみると発見されてる可能性は極めて低い。
さらに観察を続けているとプチン、と茎が切れる軽い音がした。すると、さっきまで花畑に混じってたバラの花が、男の手の中にある。
「フッ…このバラは美しい…しかし!!オレはその数倍美しいのだ…」
またしても自分勝手なことを呟きながら、男は花畑から立ち去った。
(どこかに家があるのかも…ようし!見つけ出して金目のものいただきマンモス)
佳奈は男の姿が小さくなると、立ち上がった。その瞳は金に飢えた亡者そのものだ。
男の背中を見失なわないように、佳奈は小走りする。
しばらく草原を走ると、急に目の前の景色が変わった。
そこには、石でできた塔のようなものが、地面から空に向かって聳え立っている。かなり大きな建築物だ。誰が何のために作ったのだろう。
「何これ…」
佳奈はその石を触った。見た目はツルツルなのに、デコボコしている。
よく見ると、何か文字のようなものが刻んであった。変なこと書いてないかな~とちょっぴり期待していた佳奈だったが、その予想は外れでいる。
なにやら書かれているのは古代文字のようなものだ。
『!”#$%&’()=~|』
佳奈の頭の中にはpuestionマークが5つ…。
さらに、その意味不明な文字の下を見ると、小さな絵が描いてあった。
その絵をよ~~~~~~~~く目を開いて見ると、バラが群生している絵うっすらと読み取れる。きっと何年も前に描かれたものなのだろう。
(?何で。さっき見た花畑にはバラが一輪だけだったのに、この絵には群生して生えているんだろう?)
悪い頭で考えても無駄だ。いつのまにか「ここに生えてる草食べれるかな~」など全然関係のないことを言いはじめた。本当に食べてみたら苦かった。(当たり前だ)
「ま、いいや。とにかくさっきの男の人を見つけて金を強奪するゼ!ヒャッホウ!楽しいなぁ」
くるりと踵を返すと急いで歩き出す。完全に自分を見失っているようだ。
が、自分を見失いすぎた佳奈は一つ見落としている部分があった。
先ほどの石の裏側には、大きな黒いバラが炎に包まれている絵が描かれていたことを。
―――・――:*:――・―――
草原の中を進むうちに、1人の青年を見つけた。彼は件のバラを片手に何かぶつぶつ言っている。
「うわ!キモ!」
佳奈は寒気がして、ぶるりと震えた。誰よりも自分がキモイことにいまだ気づけない悲しい子だ。しかし佳奈も本気で嫌いなタイプだったらしい。
腕にブツブツと鳥肌が立って、軽く冷や汗が出て、おまけに……ああ、ちょっとだけ、ちょっとだけだよ?……ちびってしまった。きゃ!なんてチャーミング☆
1人できゃっきゃクネクネして、全生命体を震えあがらせる有様な佳奈。…ふいに風が吹いた。ぶわりと吹いた激しい風に思わず腕で目を庇う。――髪をなびかせるわたし…いい☆(事実は髪をふり乱した閻魔大王降臨である。むしろ閻魔大王も逃げ出しかねない)
そこに、バラの香りが溢れる。
佳奈の髪が沈静したとき、そこはどこかの部屋の中だった。
「何なの?いったい……わたしを不安にさせて、「大丈夫、俺が守ってやるさ」とかって現れる気だな!もう!お茶目なんだからユージン!」
その頃、廊下で平和を甘受していたユージンは、心臓を押さえて倒れた。なんと哀れなのだろう…。
まぁとりあえず、そこは物凄く豪華な場所だった。ユージンのいた屋敷も凄いが、ここはその比ではない。
飾られた絵の数々、宝石の文字盤の時計、ふかふかのソファ、大きなサファイアの埋め込まれたテーブル……。
佳奈は、もちろん宝石を鷲掴みして懐につっこんでしまった。ゲへへという笑いもオプションでついてくる。ちなみにこの笑声は佳奈の携帯の着信音にもなっている。
宝石を飲み込んで腹を撫でていると、また風が吹いた。今度はしっかりとその瞬間を見る佳奈。
目の前の視界が、とろりと溶けて、瞬きしている間にまた新しい場所に出た。(作者はとろりと、とか美味しそうな表現が好きである)
「今度はどこさ」
次なるお宝に期待を弾ませ、辺りを見ると目の前を紅い美しい花弁が散った。佳奈はもちろん喰った。腹が減っているのだ。
ふわりと甘い香りが、鼻腔をくすぐる。とか、お上品に浸ったりはしない。花びらが案外うまいことに気づいて貪っているので、そんな暇はないのだ。
『…して、やる…!いつか、あの男を…絶対殺してやる……!!』
紅い花弁たちが、さっと黒く染まる。そこで佳奈はやっとバラを観賞した。――日本に持ち帰ったら見世物になるな。
…何よりも自分を見世物にするべきだろう。
そこで佳奈にしてはひじょーに珍しく、過去の言葉を思い出した。
――――花言葉は、いつかあなたを殺しに行きます。
いつかのユージンの言葉だ。これは言葉ではなく、台詞と男の組み合わせが最強だったために記憶の涎に込められていたのである。佳奈の涎は記憶のための行為なのだ!メモっておこう。
あぁ、このバラがこの間のバラなんだな。と、なんとなく思った。
視界の全てが、バラで満たされ、心地よい香りに眠気が誘われていく。
佳奈は黒いバラの中で、ゆっくりと目を閉じた。なんとも醜悪な絵図となった。
―――・――:*:――・―――
(※こんな作者だって、時には真面目っぽい文章を書きたくなります)
誰かの悲鳴が響いた。
暗い闇。一寸先も見えないようなその世界で、佳奈はその声の主を探して首を巡らせる。
「だ、誰かいるんですかー?」
佳奈は恐る恐る声をかけた、けれど絶え間なく続く悲鳴に呑み込まれ、霧散してしまう…。
ゴクリと唾を飲んで、声の方へと歩いてみる。鋭い悲鳴は激しく鼓膜を震わせる。
ふいに何か香りがする。
「バラ…?」
またバラか。そろそろバラも喰い飽きてきた。いい男はいないのだろうか。
そう思いつつ、叫んでいるのが男で、それを優しく慰める佳奈。という構図を思いついた佳奈は、涎とだらだら垂らしながら這い進んでいく。なんともおどろおどろしい状態である。
ふいに鳴き声がピタリとやむ。――男が佳奈の気配を察して、良い顔をしようとしているのね☆
「誰?」
しかし、声は幼い子供のものだった。佳奈は驚いて目を見開く。
「ごめん、わたし幼児プレイはちょっと。佳奈激しいから再起不能にさせちゃうかもしれないし。ていうか、こんな所で何してるの?」
なんと、神は佳奈に『選ぶ』という権利を渡していたのか!どう考えてもこいつにえり好みする権利はない。
子供が身じろぎする。その動きに乗ってバラの香りがした。その少年は、まるで闇の中でも見えているかのように佳奈を見つめる。
瞳の燃えるような紅が、闇の中で唯一佳奈が見たものだ。
「あなたは、ずるい」
ふいにそんなことを言われる。
援助交際でぼろ儲けした時や、いかさまで賭け事をした時にはよく言われるが、こんな初対面の相手に言われる覚えはない。――とかいったら退学ものだ。へっへーでも中学生は義務教育だから大丈夫だもんねー。…日本政府は佳奈に対して対策を講じるべきだと思う。
「いつだってそうだ。あなたは優しいけれど……そうじゃない」
全人類の脅威、佳奈にお構いなしに、子供は言葉を紡ぐ。
ちなみに妄想癖はあるが、薬はやっていないのでご安心。佳奈に金はない。というか、佳奈には物々交換の概念しかない。
「…え…とぉ」
さすがに佳奈にも返す言葉がない。佳奈の言語能力は変動制である。
子供はふいに立ち上がると、こちらに背中を向けて歩き出した。
「さようなら。次は――――殺しに行きます」
――殺す?
「待って!」
叫んでも、歩みは止まらない。とっさに追いかけようと立ち上がった時には、その姿は闇に紛れていた。
「なん…だったの?」
呟く佳奈に、甘い香りの花弁が降ってくる。
その花の色は、闇に紛れてわからなかった。
書くのめんどくさーい。とか思ってる作者です。
後書き、特に書くことないんですよね~。
はい、そんなズボラな作者ですが、次回ちょっと進展するか…な?