巻ノ三十一 修行復活の予感
なにかが存在する限り、その創設者がいるのは当然の理だろう。
それはこの世界さえも――。
「佳奈様の為に説明しますが…」
フェアリー・ユージンちゃんが、がんばって羽ばたきつつ言う。佳奈はそれを眺めて涎を垂らしていた。
「1番目の世界というのはつまり、この世界の根源だということです。元々この全世界には平行世界など存在しませんでした。作ったんですよ」
「え?人が?」
「人ではありませんが…確かに人工的とも言えるのは確かです。全世界は言ってみれば実験場なんですよ、彼等にとってね」
「どういうことかしら?」
「え?マリーベルも知らないの?」
佳奈は思わず声をあげた。この王女にもしらないことはあったのか…。
それにマリーベルは憎々しげな顔をする。佳奈にバカにされたと思ったのかもしれない。…後が恐ろしい。
「あんたの世界に出入りができないように、1番目の世界も干渉することができないの。道はあるけれど無理やり封鎖されてるのよ。だからだれも、明確な存在も場所も知らない」
「そう思ってるだけで全世界中に、1番目出身者がいるんですがね。彼等は《観察者》と呼ばれて、それぞれの世界についての記録をとっています。私がそれです」
「…何だか今、さらりとスゴイことをいったような」
「下っ端役人ですよ。いわば外回りですね」
「それで人間のふり?元々は妖精なの?」
「そうです。こっちが本当の姿です。色々と不都合があるので姿を変えていました」
「OK事情は分かったわ…いや、分かりたくない気もするけど…」
どうしてこう変なのが多いかしら…。
と1人ごちるマリーベルに、ハミルトンが小さく頷いた。自分たちはどうなのだろう。
「じゃあ早く元に戻りなさい。見られると面倒だし」
「無理です」
沈黙がおちた。
その沈黙にせっつかれて、アルフォンソが居心地悪そうに咳払いをする。
「どうしてだい」
「魔法を解かれてしまったからです」
シーン…。
「えーと…色々聞きたいことがあるけれど、とりあえず原因を聞いても?」
その瞬間ユージンの顔がポッと赤らんだ。
とても喋りにくそうにしどろもどろになった後、アルフォンソにぴったり寄り添っていたヴェルカラをチラ見する。
「解呪法が……………………運命のキスだから」
再びシーン。
ヴェルカラがむっとした顔になる。
「俺の運命はアルフォンソ様だけだ」
「いやですわぁあ。アルフォンソさまはハミルトンのですのぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」
「はっはっはぁ可愛い子猫ちゃんだ」
「人生の汚点だな。人違いとは」
ユージンの顔に絶望にも似た表情が広がった。何やら今にも飛び降りそうである。
そりゃ…まあそうだろう。何年間も守ってきた魔法を解かれ姿をさらされ、唇を奪われた上、汚点&人違い呼ばわりだ。
気まずい空気を、何度目か分からぬマリーベルの咳払いが破った。
「じゃあ魔法はどうやったらかけ直せるのかしら」
「それは、一度本国に戻らないと」
「本国だって!?」
「本国ですって!?」
「本国ですの!?」
ごくりという音。
「「「ついてくっ!!!」」」
そのあまりの剣幕にユージンは後ずさった。
空気の読めない佳奈だけが。1人で鼻くそをほじっている。
ユージンはションボリ。
「でも、戻れないんですよ。予想外です。こちら側で魔法が使えない事態になるなんて…そうしたら道を開けないんです」
その瞬間、誰もがはっとした。
マリーベル、ハミルトン、アルフォンソが、今ばかりはキモイことも忘れて佳奈を掴んだ。
「「「こいつがいうぅうううううううううううううううううう」」」
どうやら、波乱の予感がする…。
ところで…。
「でも私、自分で魔法とか使えないんだけど…?」
恐る恐る言った佳奈に、誰もがはっとした。
珍しくマリーベルまで浮かれまくって完全に失念していた。――こいつが役立たずだということを!
アルフォンソがやれやれと首を振る。
「こんな時のためにハミルトンと修行にいかせたのに、残念顔君が勝手に暴走して帰ってくるから」
「ごめんなさいですのアルフォンソさま…」
「いや、君は美しいから悪くないはずだ。悪いのはアレ」
とんでも理論で言いきったアルフォンソに、ハミルトンは恍惚とした表情を浮かべた。
「さすがアルフォンソさまですわ。なんてお心が広いのでしょう…」
「いや違うでしょう」
佳奈のつっこみも届かない。
とりあえず。
と区切りの声が入る。あきれ顔のマリーベルだ。しかしその顔には、抑えきれぬ怒りが満ちている。それが自分に向けられていると気づき、佳奈は一歩後ずさった。――完全にキレている。
「コレが魔法を使えればいいのよ。そうでしょう」
「そうだね」
「そうですわ」
肯定は重なる。我が意を得たりと笑みを広げるマリーベル。
佳奈は果てしなく嫌な予感がした。
「修行を再開すればいいんだわ!」
おおっと乗り気な歓声が上がった。
自分の与えられた役目を思い出し、ハミルトンは前に進み出る。
「そうでしたわ。わたくしはあなたの師匠でしたの。ハミルトン様と呼べと言ったんですの」
ハミルトンは自分に言い聞かせるようにして言った。滲みだすような果てしなく不穏なオーラに、佳奈は二度目の危機の予感。そのときイカれた脳みそにハミルトンの言葉が蘇った。
『暗殺術では国でも1.2を争いますの。跡形もなく、キレイに処理してあげますわ』
ここは従う方が賢いのかもしれない。と、残念頭は考えた。――まぁ従った方が危ない可能性も否めないが…。というか確実だけれど。
それに魔法が使えれば、なんかカッコいいしドキドキする。魔女っ子はいつだってみんなのアイドルだ。魔女っ子王に、私はなる!
危ない思考に絡め取られ、佳奈はうふっと笑った。
「はい、分かりました♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡」
そのドロドロした甘え声に、誰もがのけ反った。
しかしそれにも負けず、ハミルトンはがばりと振り返る。その瞳はキラキラと輝いて乙女のそれである。
「アルフォンソさまぁあ。わたくし、アルフォンソさまのために頑張るんですの!」
こっちは正真正銘、悩殺気味に可愛らしい甘え声。しかしアルフォンソは変態であった。
「ああ、頑張りたまえ」
信じられないほど興味なし。傷ついた様子のハミルトンを前に、誰もがアルフォンソに殺意を抱いた。
けれど彼女は健気である。
「アルフォンソさまが応援してくださるなら百人力ですわ。わたくしあなた様のために全力を尽くすんですのぉおおおおおお」
叫ぶなり佳奈の襟を掴んで、猛烈な勢いで部屋から飛び出していった。
マリーベルは満足気である。どこからかワインなど取り出して、雰囲気満点にグラスを傾けている。
「おおいいねぇボクも」
「俺も貰うぜ」
アルフォンソの影から現れたヴェルカラに、マリーベルは果てしなく不快そうな顔をする。――というか、いたのか。
追い出したそうなマリーベルには目もくれず、アルフォンソも懐からグラスを2つ取りだした。――なんだかんだで似た者親子である。四次元ポケットでも持っているのかもしれない。棒ネコ型ロボットもビックリ。
そんなこんなで酒が入り口喧嘩も激しくなる中、部屋の片隅で泣く影が1つあっ。
「ここは、私の部屋なのに」
小さな羽は、しょんぼりと垂れていた。
佳奈普通バージョン懐かしすぎて良く分かんなかったです。