巻ノ三十 恥ずかしがらないで、ボクの子猫ちゃん
今日は本当にいい天気だなっと薄らぐ意識の中、ハミルトンは思った。
倒れ込んだ地面から青空を見上げれば、花影ごしに広がるコバルトブルー…。雲1つない大空はあまりにも穏やか過ぎて、空よりも海を連想させた。
きらきら、きらきら。
その場の全てが輝いていた。色めく全ての花々が、腕を伸ばした天使像が、小さなテーブルセットが…。そして――。
小さな…小さな、ユージンの羽も――。
ユージンという人物は、元々繊細な顔立ちをしていた。表情はあまり動かすことはなかったけれど、純情で乙女で、そして細腕のくせして妙に剣術に長けていた。
スラリとして、やせ過ぎても太り過ぎてもいない完璧な身体は、そこにはない。
我知らず誰もが息を飲んだ。
ユージンは手の平サイズになっていた。20㎝にも満たない。
容姿はほとんどそのままだが、全てがデフォルテされて、可愛らしいことになっている。そして…背には透き通る“羽”があった。
羽全身タイツエルモのように汚らしいものではなく、陽光を甘く受け取る柔らかな羽。
かぁあと恥じ入る姿は、悩殺寸前の凶器だった。
現在、意識がはっきりしている人物を確認しよう。
変態王、変態残念顔女王、ユージン、そして全ての根源ヴェルカラ。
ここで繰り広げられることは、女性には刺激が強すぎたらしい。…もちろん佳奈は除く。
ところで、そのヴェルカラ君は何をしているかと言うと…。
「むーおい。妖精に性別はあるのか?お前はなんだオスか?とりあえず分からんし、やっぱり脱げ」
全くもって変態だった。
いや、この状況を深くつっこまない辺り案外大物なのかもしれないが…。
「…ユージンは妖精なんだって、知ってた残念王」
「…はっはっはっこの湧き出る清水のごとき清らかで清浄なるボクに、知らぬことがはるはずがあるかい?」
「いや、じゃあその冷や汗はなんだよ。なんでそんなにベトベトなの?ってか甘い匂いするし。…ってうをぉおおこれ汗じゃなくて砂糖水じゃん!」
「ふふふ、見て御覧。ボクの輝く姿は、アリさえも虜にするらしい。ほ~らボクの身体を登って…うぎゃああ、い、いったいどこを噛んでいるんだ。むふ、ふふふ」
「なんで嬉しそうなの!?」
なぜか佳奈が正常化するほど壊れたアルフォンソ。やっぱり知らなかったらしい。
と、その声を察知するヴェルカラ。
「オイ、誰だ。この俺のすうぃーと・らんど♡を邪魔する下郎は!」
「おっと見つかってしまったようだね。むふ、ふふふ」
「いやいや逃げとこうよここは。あ、でもカナリンここであの変態に襲われちゃうっていうのもトキメク…♡きゃ!カナリンってば大胆。でも違うの。カナリンの美貌が世の男性たちの欲望をかきたてるの!!!」
「ここか!」
「おお」
「きゃっ♡♡♡」
全員こんにちは。
まず佳奈は期待に満ちた視線でヴェルカラを凝視した。セクシーポーズで誘惑してみたり…。
しかしヴェルカラは、佳奈の方なんか1㎜も見ていなかった。
「おおおおおおお男が、もうひと…りぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい」
「おっと、中々大胆だな。大方の子は始めは恥ずかしがるものなのだが…。しかしタマには調教がいらぬのもいいかもしれない。しかしなぁ」
ヴェルカラを全く無視して、勝手に観察しだすアルフォンソ。
肩、腕、胸、腹。
あまりにも粘質すぎる視線に、ヴェルカラもたじろいだ。佳奈はドレスをはだけさせた。
「君、ちょっと脱いでみたまえ」
「カンリンの素肌がみたいぃいい?」
「うえ…俺?脱ぐの俺?」
完全に飲み込まれたヴェルカラ。
しばらくの逡巡の後、これは自分の目的達成にも繋がると気づいたヴェルカラは、ゆっくりと服を脱ぎ出した。
「やった、カナリンの悩殺純情乙女系URUWASIの視線ビームがきいたのね!」
1人おかしな奴が、はだけを大きくさせる。…いや、まあ他もおかしな奴なのだが……。
なにやら審査員よろしく厳しい目でヴェルカラを観察していたアルフォンソは。
「おお、細マッチョか!表には決してでることのない、恥ずかしがり屋のボクの子猫ちゃん。しかも」
アルフォンソはヴェルカラににじり寄り、露わになった上半身をなぞる。
「均整のとれた筋肉。筋肉。筋肉!美しい!完璧なバランスだ!堅さもボク好み」
うっとりとして、腹筋の割れ目をなぞる。
ヴェルカラはゾクリと背筋を震わせた。…なぜだか目が潤む。抑えきれぬ欲望が身を苛む。
「ふふふ、合格だ。こっちにおいでボクの天使。これまでに見たことも想像したこともない世界を感じさせてあげよう。ほらぁ…」
「ああ」
「カナリンだじょぉ」
「なにやってんだごらぁあああああああああああああああああ」
急に声が割り込んだ。
見ればマリーベルが覚醒したらしい。
オペラ歌手か何かのようによく響く美声に、果てしない怒気を含ませ、王女は仁王立ちする。
しかし自分たちの世界しか見ない男たちには関係ない。
「ボクの胸に飛び込んおいで!」
「はいィッ!」
「悩殺だじょぉ」
しかもそこで…
「ふふ、本当にだいたんな子猫ちゃん」
「そういうあなたこそ…。ああ、急に芝生に押し倒して、俺の肩を押さえこんでズボンのチャックに手をかけるなんて…!」
「かなかなかなかな」
「うぎゃぁあああああああああああ」
際どいところにまで踏み込みだした男たちに、マリーベルは叫んだ。
もはや危機を感じるほどに顔を真っ赤にして、急にぐるりと踵を返す。
そしてそのまま走りだすと、ハミルトンを回収して、一目散に逃げて行ったのだった。
「ほら…邪魔者はいなくなったよ」
「ふふふ」
「KANAKANA」
人通りはともかく、そこは真昼間の庭園であった。
「あ、マリーベルだ!」
「おや、フェルデニアでなないか」
「俺のことはお父さんとよんでいいぜ」
「……」
三者三様の言葉と共に、彼らはユージンの部屋に入ってきた。
元々アルフォンソ付きの従者であったユージンは部屋も彼の近くで、どうせ自室に戻る途中で気配に気づいたのだろうと推測した。
…あのあとハミルトンを背負って脱出したマリーベルに、顔を蒼白にしたフェアリー・ユージンがついてきた。
始めはマリーベルの部屋に向かっていたのだが、どうせ後であの変態たちが来るだろうということでキモイのでやめた。
しばらくして意識を戻したハミルトンは、その後なにかトラウマでもおったように叫び続けマリーベルに殴られた。2人が落ち着けば今度はユージンがよよよと鳴き出し、もはや阿鼻叫喚な形相であった。まぁ泣くは小さいは、そのせいで声が妙に甲高くなっているわ……全く何を言っているのか分からなかったが。
そのまま過ぎ去った時間は、片手ではかずえきれないほどの時間数だったが中々変態は集わなかった。
そして今、ようやくその時はきたのである…。が。
「ど、どうしてあなた方はそんなにテカテカしてますの?」
ハミルトンがおそるおそるというように尋ねた。
三人ともが身体を上気させ、生気に溢れ、とりあえずなんか異常にテカテカしていたからである。ヴェルカラに至っては息が整っていない。
「ふふ、ボクたちのあまりにも激しすぎる愛を前に、穢れたこの残念顔にも何やら変化が訪れたようだ」
「人に見られながらッていうのも、中々燃えるもんだなぁ」
「テカテカだじょぉ」
「それ、いい加減やめないかい?」
対する三人は、それぞれ顔を真っ赤にした。純情度の差は半端じゃない。
…だが、まぁ今はそれどころではないだろう。
ごほん。
マリーベルは咳払いした。
「そんなことはどうでもいいわ。あんたたちが来ないから話が始まらなかったの。…いま、一番の問題は」
マリーベルは大きく振り仰いで、そこにいたユージンを鷲掴みにした。わっと可愛い悲鳴が漏れる。その悩殺具合に佳奈は涎を垂らした。
それをぐいっとアルフォンソに見せつける。娘の手の中で怯えている使用人の姿を、彼はまじまじと見た。
「へぇーホントにユージンだったのかい。これは驚き、タマの気、さんしょのきー。でも美しいままだし、特に問題はないんじゃないのかい」
「そこは問題じゃないわよ。というか一番の問題はお父様の頭よ、いっぺん死んできなさい」
「いいなぁーカナリンもそんなこと言われたぁい」
「アルフォンさまが死ぬのは嫌ですわぁああああああああああ」
「あ、あの……」
言葉の本流に飲み込まれそうになりつつも、かろうじて細い声が残った。
みなピタリと動きを止める。視線を一身に集め恥じらいつつ、ユージンは挙手した。小さな羽を必死にはためかせ飛んでいる。
「その…そろそろ私の話をしてもいいでしょうか?」
誰もが好奇心に負けて黙りこんだ。
「実を言うと私は、元々この世界の人間ではありません」
「カナリンもだじょぉ」
佳奈の上にタライが落下した。
「ごめんなさい。もうやりません」
邪魔者は消えた。
マリーベルは満足気にほほえむ。
「続きを」
「は、はい」
コホンと、可愛い咳払い。
「佳奈様のために一応説明しますが、この世界にはいくつもの世界が同時に存在しています。それが平行世界です。それら全てを合わせて全世界と言って、世界ができた順に番号が振られています。ここは34、佳奈様の世界は78番目です。……そして私の故郷である世界は――1」
「「「「いちぃいい?」」」」
佳奈以外の全員が叫んだ。
1人意味が分からない佳奈は、タライの中にすっぽり入って首を傾げる。
「なになに?ユージン一番なの?なにが?」
「…一番目の世界は全ての創設者であり監視者――…あそこは神の世界よ」
マリーベルの声が堅く響いた。
いやー…作者其の1です。
妖しいタイトルですいません。
次は若干真面目…の予感がするけど、なるでしょうか?