巻ノ二十四 王の虚構
「というわけで、この残念顔がボクたちの探していたバラの女王の立花佳奈だ」
アルフォンソの声が、広い広間に響き渡った。
誰の耳にも今の言葉は聞こえていたが、全員が聞き返したい思いだったろう。
「ちなみに、クレスティア王国における正式な称号は変態残念顔女王だから、みんなよろしく」
「黙れ変態王!…えーとそういうわけで、佳奈ちゃんです。よろしく」
佳奈はそう言って自分的には最高に行儀よく礼をした。
のだが、さらに上質なシルクのドレスを着ているのだが。…アルフォンソの隣に立てば、なんだか…なんだか…見ている方が悲しいばかりだった。
…まあ、それだけならまだしもだ。ここに集まった貴族たちは見慣れている。
だが、なぜか逆隣りには超天才的美貌最強王女のマリーベル…公式にはフェルデニアがいる。
自他共に認める最高の美貌に挟まれた、三段腹の主人公立花佳奈。
「何だか…哀れだな……」
とある貴族の言葉は、そこにいる全員の声を如実に表していた。
まぁ、そんなわけで。ある意味その場の人々は、佳奈に親近感を抱いたかもしれない。
アルフォンソは、広間に向かって笑いかける。
「だが、こんな残念顔じゃ皆が信じられないのもしようがないだろう。だが、残念ながら事実だ」
「残念!?勝手に連れてきて残念!?」
「完全に予想外だった。この世界の至宝である、驚天動地の輝く美貌を持ってしても、この残念顔のことは予想不能だったのだ」
「ていうか口調なんか違うよね?人前だから?人前だとそうなるの????????」
「これを見たまえ」
「ド無視かいな」
アルフォンソは、どこからか懐中時計を取り出した。
水晶のように透けた、けれど誰も知らない未知の物質でできた時計。
そこには赤いバラの花が浮かんでいるが、今はほとんどが葉に覆われている。
「って、それ私のじゃん!いつの間に…」
懐を探るが、あるはずがない。
王様は窃盗団。とか、なんだか某児童文庫のタイトルっぽい名前が浮かんだ。
「これはバラの国の継承物だ。バラの国を統べる権利のあるものにだけ、証が現れる。コレが触れた瞬間このバラが浮かび上がった」
おおぉとざわめきが満ちる。
アルフォンソが、どこか満足そうに頷いた。
マリーベルは、つまらなさそうに目を閉じている。
「さらに、コレはバラの女王の記憶も持っている」
「さっきからコレ言うな!」
「うるさいなぁ空気を読みたまえよ。人前で残念顔と呼ばないだけ感謝してもらいたいね」
「さっき言うたやん」
彼はゆるゆると首を振った。
「まぁ仕方ない。コレは本物だ。ボクが認めている。仕方がないから皆、受け入れてやってほしい。――質問がある者」
最前列にいた貴族の男が、おずおずと手を上げた。
「あのぉ…」
「なんだ。そこそこの美貌の持ち主よ」
「恐縮です、陛下。…それで、彼女は戦力になるんでしょうか?」
「ああ、そうだった。コレは魔法を使うらしいよ」
「なッ!ま…マホウ!?」
先ほどとは比べ物にならないほど、その場は雑然とし出す。
それほどまでに、それは驚愕の言葉だった。
元々、クレスティア王国には魔法があった。それはバラの香りを具現化する力だった。
けれどある時それは使えなくなった。全てのバラがトゲを生やし、長い眠りについてしまったからだ。
バラの香りに誘われた世界の精霊たちは、トゲに刺さり消滅してしまった。
そうして、時はとまってしまったのだ。
バラは元々、自らの力でエネルギーを作り出せない。だから強い匂いを放ち、精霊を呼び寄せるのだ。
そうして寄ってきた精霊のエネルギーを取り込み、力に変える。
だから今、魔法は使えない。
自分の命と引き換えに、眠りにつく直前に取り込まれた力を使うことはできるが。
それはトゲに全身を突きぬかれるような、激しい苦痛の上に成り立つ。
こんな世界で、もしも魔法が仕えるとしたら、それはどんな存在なのか?
30年前。全てが起こる直前に、バラの国の臣下によって異世界に飛ばされたという女王。
果たして、その話は本当なのだろうか?
「あ、あの…らしいとはどういうことでしょう……?」
「ああ、ボクは見ていないからね。見たのはフェルデニアだ」
「王女殿下?」
「それと、ユージンもよ」
「ほ、本当なのですか」
「残念ながら、本当よ」
「何でみんな残念っていうの!?」
『口を挟むな!』
親子の声が重なる。
佳奈はどこか嬉しげな顔でしゅんとなった。
「使った魔法は、風切空。初級魔法だけどね」
「懐かしい響きだな。まぁそういうことらしい」
何だか、マリーベルが言うと信憑性がある。
全員が黙った。
先ほどの男が、再び呟きをもらす。
「バラの女王を見つけた。ということは、戦いは近いのですか……」
「さあな。それは向こうの出方次第だ」
「しかしッ!もうかなりの数の貴族が取り込まれています。後手に回るばかりでは取り返しのつかないことになりかねません」
「だからだよ」
「え?」
「かなり取り込まれてしまったから、下手に手を出せない。戦力は互角……いや、向こうの方が上の可能性だってある。先走っては向こうに開戦の理由を与えるだけだ」
「だからと言って何もしないのは…」
「…皆に黙っていたことがある。実は、反王国派の貴族の元に間者をやっている」
「ッ!それで…」
「内々に寝返りを求めたりした。だが、彼らは反応しなかった。…まるで自我がない様子だったらしい」
「自我が?それは」
「操られているんだろう。魔法で。いいように利用されているらしい」
「そんな力があるのですか!」
「ああ。不安を与えたくなかったのでな。これまで黙っていた。……奴の力は、強大だ」
何か衝撃が、さざ波のように駆け抜ける。
けれど佳奈は、別の思惟を巡らせていた。
――私は、あの子供の力を知らない。
彼女の――彼らの言うところのバラの女王――、アマーリエの前で、あの子供が力を使ったことはなかった。
どう考えても、アマーリエ以上の力があったとは思えないけれど。…けれど、私がアマーリエと同じだけの力を持っているともかぎらない。
というか、私はまだどうするか決めていない。
あの変態王につくか。子供につくか…。
けれど佳奈の心中には関係なく、物語は過ぎていく。
「しかし、きっと。戦いは遠くない」
アルフォンソの声が鈍くぼやけて聞こえる。
「我らにはバラの女王がついている。2人の王がついているのだ。負けるわけがあるか?」
不敵な笑みは、無意味な自信に溢れている。
けれど佳奈は、それが虚構だと知っていた。
本当は誰よりも不安なのだ。王と言う存在は。
広間が、揺れる。
そこにいた全ての人々が、歓喜の声を上げたのだ。
……いつの間にか、佳奈はこちら側になったらしい。
いいのか。悪いのか。――私にはわからない。けれど、どこか身体の奥深くでザワメキが響き出す。
違う。違う。違う。違う。違う。
その言葉が…いや単語が、思考回路を犯す。
どうすればいい?どうすればいい?
必死に問う。誰も答えてくれない。誰も気づいてくれない。
あの時と、同じだ。
闇だ。闇が、私を抱く。
私は闇しか、抱くことができない。
あの子供に会うまでそうだった。
アイタイ。
捩じれた感情。けれど深く、心に根差す感情。
佳奈は知るはずもなかった。
アルフォンソとマリーベル。2人の瞳に、再びあの面影が映っていたなんてことを――。
暗い気配が……!
ヤバいです。ヤバいので全力で逃げます。
次回、なんとか明るいムードに……なれるのでしょうか?