巻ノ二十二 乙女の身だしなみ
「もうっ!ホントに信じられないッ!!」
佳奈は叫んで扉に蹴りを放った。
「とりゃぁああああああああああああ」
ドンッ!
かなりの轟音が響くが、頑丈な樫の扉はびくともしない。
代わりに佳奈が、ぜえぜえと息を切らすだけ。クレスティア王国王アルフォンソの命令で、ユージンに入れられたこの部屋……なぜか扉は開かない。
佳奈が扉に全力で戦いを挑み始めてから、すでに4時間ほどの時が流れていた。って言っても、今だこの世界の時は止まっているからお腹は減らないってッ。
「へっとるやないかぁああああああああ。マリーベルのうそつきぃいいいいいいいいいいいいいい」
ダンダンダンと扉を叩く。
マリーベルが『時が流れないので、空腹はありません。死もありません』とか言ってたから、てっきり生活費のかからない最強の派遣村何だと信じていたのに!
「っていうかおかしくない?生き物は動けるけど、でも時が流れてないから成長もしなけりゃお腹も減らない????確かに太陽は動かんけど、普通にみんな生活してるじゃん。……あれ?なんか良くわかんなくなってきたぞ。頭痛くなってきた」
と言った瞬間。佳奈の頭上にタライが出現。
「ウゴッ」
乙女らしからぬ悲鳴と共に、佳奈は撃沈された。
タライの中には、誰かからのメッセージが…。
『そういうのって、みんな黙ってスルーする所じゃない?』
佳奈はタライを投げ捨てた。
この世の真理を見た気がする。いや、真理が具体的にどういうものなのかも良く分からんが……。
「うん。まぁいいや。でもね、でも…でも…」
佳奈はぐっと拳を握った。
「腹がへったんだぁああああああああああああああ」
部屋に1人でいるとは到底思えない声。
先ほどから佳奈の部屋の外には野次馬が集まっているが、そんなことを知るはずもない。そもそも知っても叫びは止まらない。
「こうなったら最高の秘術。立花家一子相伝の技。本当は使いたくなかったけど、いっくぞぉおおおおお」
すぅうと息を吸い込む佳奈。
どこからかハートの飾りのついたピンクのロットを取り出した。
「マジカルチェーンジ!!」
それはマリーベルと王宮に向かう時に、リンカーンエルモなる物体が持っていたものだった。
リンカーンエルモはふりふりとピンクのコスチュームになったが、佳奈が使ったとき、呪文を間違えてオカンにされたのだ。
…ていうか、絶対立花家の秘術じゃねぇえじゃん。とかつっこんではいけない。
「はっはぁ見たか!私は真理を理解しているのだー!」
扉の外の野次馬は、一気に逃げ出した。これはある種の効果かも知れない。
しかし肝心の佳奈には何の変化も現れない。
五分経過。
ロットを頭上に掲げた姿勢のまま硬直しているのも、そろそろ限界だった。
佳奈はロットを下から見上げ、あることに気づく。
ON、OFF。
「ああ、スイッチ入ってないのね。なるほど」
何がなるほどなのっ!とは誰もつっこんでくれない。
改めて、もう一度。
「ごほん。ああーなんか改めてやると緊張するなぁー。……マジカル、ユージン?」
「ああ、お取り込み中の所失礼します」
ユージンは完璧に身だしなみを整えた姿で立っていた。その瞳には、ある種の怯えのようなものが滲んでいる。
部屋の中央。ピンクのロット。大きな赤いハート。さらに「マジカル…」とか叫んじゃっている。
「いや、ぜひ失礼させていただきます」
ユージンは素早く踵を返し、部屋を出て行こうとした。
佳奈は慌てる。
「いや待ってって!だから私はお腹が――ってうをぉおおおおおおお」
尋常じゃない叫びを聞いて、さすがにユージンも振り返った。そしてそのまま動けなくなる。
なんとロットから光の粒子が飛び出し、佳奈の姿を覆いつくしたのだ。
リンカーンエルモ登場のおり、ユージンはいなかった。従って今から何が起こるのか想像もできない。
それに引き換え佳奈にはだいたいの想像がついた。次は何?ピエロ、お相撲、バニーガール…。ああ、バニーガールがいいなぁ。お相撲は全身モザイクにされるし。
ずっどおおおおおお。
思ってたよりもかなり凄まじい音と共に、佳奈を覆っていた光が消える。
ユージンは出ていきたいのに、身体が動かず半泣きになった。
佳奈は、望み通りの姿になっていたから――。
ユージンが盛大に悲鳴を上げ、駆けつけたメイドの1人が気を利かせて服を渡した。
佳奈はその格好に着替える。
「なぜに全身タイツ」
玉虫色だ。
隠していた腹が出てしまい、佳奈は頑張って引っ込めていた。
「……たく、お前にはお似合いだろうが」
ユージンが小声でつぶやいた。佳奈にはいまいち聞き取れない。
「何か言った?」
「いえ、何も――それより、用件を伝えにきました」
「用件?」
「ええ。歓迎パーティーです」
「ああ、あの変態王がそんなこと言ってたね」
佳奈は大きく頷く。
「日付が決まりました。今からです」
「ってはぁ?日付も何も今からって?それはまたまた……」
「時が進まない世界ですからね。みなさん暇なんですよ、声をかければ国中の貴族が全速力で駆けつけてきます」
「それにしたって、そう簡単に集まらないでしょ」
「まぁクソみたいな小国ですからね――っておっと、失礼。まあ、だから行きますよ」
ついてこいというようにアゴをしゃくられる。
佳奈はさすがに自身の格好を見下ろした。
「これで?」
「ああ、大丈夫です。羽と水かき、細々した装飾品も用意しております」
「何でだよ」
「なぜって…」
ユージンは物凄く怪訝そうな顔をした。
「仮装しないでどうするんですか」
「ハロウィンか!」
「そんな低俗なイベントを王宮で行いますか!陛下の配慮ですよ…」
「はぁ?」
「だって、佳奈様がドレス着ても、みんな引くだけじゃないですか」
「…」
佳奈は死んだ。心が。
でも、何でだろう。そうやってみんなに貶されると――。
「佳奈様。マリーベル様がいらっしゃらないので、それ以上は……」
「いや、別に期待してないし――ねぇ、話しながら着せつけないで」
「そうですね。失礼しました」
なんて言いながら、ユージンは佳奈に小物を装着させる。
背中に羽をつけて、水かきつき手袋をつけて、額に「肉」と書かれたシールを貼り、目玉が書かれたアイマスクをつけられて……。
「ねぇ、何これ?」
「全身黒タイツエルモです」
「って、あれか。マリーベルと乗ったフライト用エルモ……」
「一応あなたに敬意を払って、キング使用ですよ」
「どんな敬意の払い方!?」
「ぐだぐだ言ってないで行きますよ」
「ぐだぐだ!ぐだぐだって言ったよ!――ってえ?待って、気配が遠のいてるんですけど!見えないし!いつの間に手錠をッ…でも、そういうのってドキドキしちゃう♡」
「黙れ下郎」
「下郎!?ねえ本当にこの格好で行くの?ドレス、乙女の夢のドレスを着せてッ!」
その悲痛な叫びに声を打たれた…わけではなく。悶える佳奈の姿が恐ろしすぎてユージンは情けをかけることにした。
よく分からんが、急にポケットに手をつっこむ。そこからはシャンプーハットが出てきて……。
「はい佳奈様。ドレスですよー」
一部を切って、佳奈の腰に装着させようとした。が、三段腹が邪魔してはまらない。
ふぅごおおおっと叫びながら佳奈に押し付け、ユージンはやっと務めを果たした。
「え?ホント?ドレス?でもなんかヒラヒラしてないよ」
「うざいなぁ」
「え?なんか言った」
「いえ何も。はい、ひらひらです」
ユージンは窓際に近寄って、カーテンを引きちぎった。そしてそれを適当にシャンプーハットと合体させる。
「満足ですか?」
「髪型は?」
本棚にあったペンをさす。
「化粧は?」
青いインク壺をぶつけてやる。
某3Dの生き物そっくり。
「ほ~ら完璧。オキレイですよ佳奈様」
「アイマスクのせいで良く分からんけど、そっかぁ…みんな私に悩殺されちゃうねぇ」
「はいはい。ヨカッタデスネェ」
「うふふ。なんか私シンデレラみたい。もしかしてガラスの靴があったり…」
ユージンはポケットから取り出した袋を履かせ、輪ゴムで縛る。ついでに油性ペンで「GARASU」と書いてやった。
「ガラスの靴ですよ。良かったですね」
「よーし。じゃあパーティーへ行こう!」
佳奈はアイマスクをしたまま、ふらふらと歩きだした。
何ですかね。この話。
まあ適当に流してやってください。