巻ノ二十 再会と出会い
「さて、もうすぐ王宮に着きますが……」
ユージンが、暗い沈黙を落とした。
「どうやって侵入する気ですか?」
そう、その通りだった。
3人は牢獄を脱出して、ここまで歩いてきたのだが、よく考えるとどうやって入るかなんて考えてなかった。
佳奈はジッとマリーベルを見つめる。
「何よ」
「マリーベルならなんか持ってるでしょう」
「…あるにはあるけど」
「マリーベルさまの持ち物は華美なものが多いので、警戒されるでしょう」
「派手で悪かったわね」
「た、確かに」
そもそも先頃王宮に入った時は、マリーベルの呼んだB29に乗っていた。
んなものが上空に現れたら攻撃されるのは必須だろう。むしろ何で今無事なのかとヒヤヒヤする。
「前回ならまだしも、今は多分。完全に警戒されてるわよねぇ」
「でも、中にはリドウォール卿がいますよ」
「あの水虫伯爵に何ができるのよ」
「それは…でもいないよりはマシでしょう」
「どうだか」
う~んと首を傾げる2人。…何という疎外感。
ちなみに今は、王宮の門がすぐそこという場所のバラ畑の中に潜んでいる。
「シェーゼスの勢力がどこまで伸びているか分からないのに、迂闊に行動できそうにないわね」
「陛下は無事ですかね」
「今まで無事だったんだから、今日明日でどうにかはしないはずだけど」
寂しい佳奈は、2人の周りのバラを揺すったり、無駄に相槌を打ちまくったりしてみた。
「うん。そうだよね~ホントーこまるぅー大問題じゃ~ん」
するとピタリと会話がやんだ。顔を輝かせる。
マリーベルは聖母のようにほほ笑んで、近くに咲いていた小さなバラを示す。色は、黄色。
「え?何?」
「分からないの?」
「佳奈様……」
「ユージン」
説明をくれるなら彼だろうと見ると、彼は感情の乏しい顔に小さく笑みを浮かべた。
「小輪の黄色のバラ。花ことばは、笑って別れましょうです」
「さすがユージン。でも、それだけじゃないわ」
マリーベルはさらに、バラの枝に触れた。
ユージンがさらに笑みを深くする。
「ちなみにバラの枝の花ことばは、あなたの不快さが私を悩ませる。ですよ」
佳奈は何だか大きなショックを受けて死んだ。
でも、でも…何でだろう?
こうやって2人がかりで苛められると、何だか…こう……。
「ドキドキしちゃう」
ぽっ。
「だからぽっじゃねぇええええええええええええ」
再び息ぴったり。
「わんっ」
「わんじゃねぇえええええええええええええええ」
「今のは私じゃないよ?」
「じゃないじゃねぇえええええええええええええ」
「え、あの、その、もういいよ?」
「いいよじゃねぇええええええええええええええ」
「ご、ごめんなさい」
「ごめんじゃねぇええええええええええええええ」
佳奈は泣いた。
「で?」
そんな佳奈を無視してマリーベルは視線を巡らせる。
バラの間に、柴犬の姿が見えた。
超神童女神王女は、天才的な記憶力によってすぐに該当物を見つけ出した。
「あなた、クリスティアーヌじゃない!」
「クリスティアーヌですね」
「いやいやレイだし。わたしの可愛いレイちゃんだし!」
相手にされない佳奈。
「ほらクリスティアーヌおいで」
「いや、だからレイだって。レイおいで」
「わんっ」
レイ…改めクリスティアーヌは、一目散にマリーベルの腕の中に収まった。
佳奈は再び泣いた。
「ん?何か知ってるのクリスティアーヌ」
「おや、抜け道を教えてくれるのですかクリスティアーヌ」
「じゃあ付いていきましょうクリスティアーヌに」
「そうですね、ついていきましょうクリスティアーヌに」
「ねぇ、だれか助けて。私いつからこんなキャラになったの……」
もう本当の本当に、佳奈は泣いたのだった。
というわけでレイについて言った一向は、どうやらレイが掘ったらしい地下トンネル(!?)で王宮に侵入した。
「あのどっかの女と違って賢いのね」
マリーベルは頻りに呟いていた。
その腕の中で、レイが笑って見えるのはどうしてだろう?
「あうぅ…」
けれどどうしてだろう。
そうやって虐げられ――。
「もういいわ!」
「うわっ。また口に出てた」
そんな風に楽しく足を進める一向。
目的地、未定。
「今からどこに行くの?」
「元々我々の目的は王宮にくることでしたからね、佳奈様」
「いや、だから何のために?」
「そりゃまあ王宮にきたんですからね。陛下に会いに来たんですよ」
「陛下って、王様?」
「佳奈が人間の言葉を話していればね」
どうやら未定だと思っていたのは佳奈だけらしい。
何気にレイもバカにするような顔の気が……。
「王様の部屋なんて知ってるの?」
「バカにしてるの?私は王女さまよ」
「あう……すいません」
「佳奈様大丈夫ですよ」
「ユージン…ありがとう」
「だって、天才的美少女カリスマ王女様のマリーベル様に、あなたが敵うわけないじゃないですか!」
佳奈は両手で顔を覆った。
「だって、女の子だもん」
マリーベルの足取りには迷いがなく、また邪魔する者を排除するユージンの動きも滑らかだった。
「っていやいや。排除?それってまずいんじゃ…」
「マズイのは、あんたの存在よ」
佳奈はさらなる暴言を回避するべく口を閉ざした。
しばらく行くと一直線の廊下になり、突き当たりに巨大な扉が見えた。
ぱっぱっと警備を切り伏せ、マリーベルが怪力によって扉を開け放つ。
そこはどうやら執務室のようだった。だが、そこには誰もいない。
「え?まさかの不在?」
焦る佳奈にも構わず、マリーベルはズカズカと足を踏み入れ、壁際にあった本棚の本を薙ぎ払う。
やばいッ!マリーベル様がお怒りだ!と頭を抱えた佳奈だが、全員それをド無視してマリーベルに近づく。
マリーベルは何やら奥の方を引っ掻いていた。
ガゴ。
何かが外れる音。そしてマリーベルの手には本棚から伸びた取っ手のようなもの。
ニヤリ、と。マリーベルが凄絶に笑んだ。
バン。
大きくはない可動音の後、本棚がズゴゴゴと右にズレ、そして…。
そこを覗き込んだユージンは、乙女のように顔を背けた。その頬は、鮮やかな赤。
「見つけましたよ。お父様」
マリーベルの声で振りむいた主は、その男は…。
ベッドの中にいた。金髪の、全裸の美女と共に。
ひょっこり現れた佳奈が、マリーベルの肩越しにその様子を見る。佳奈は…。
「うわぁあああああ♡」
なぜか興奮した。
「もうやめてください佳奈様。キャラ崩壊はもう十分ですよ」
「うわぁあああああああ♡」
ユージンの叫ぶも届かない。
暗いが、仄かに日の光の差し込む妖しい形相の部屋の中から、中年の男が顔を出した。
さすがマリーベルの父親というだけあり、滑らかな金髪も、シミ一つない白い肌も美しい。
彼は、腕の中に女性を抱いたままこちらに笑みを浮かべた。
「やあ、フェルデニア。今日も美しいね。そしてそれよりボクは美しいよね。フッこの世の誰よりも、やはりボクは美しいんだね。ああ、なんて罪作り…ボクが女神の愛情を一心に受けてしまったせいで、この世の人々はみな、見劣りするばかりになってしまったんだ。ねえ、君もそう思うだろう?」
彼が腕の中の女性に問いかける。彼女はもごもごと動いた。
ユージンはキャッと声を出して顔を覆うが、指の間からチラチラと様子を窺っている。そして、唖然とした。
「はい。その通りです陛下」
そう答えたのは、野太く低い声。
顔を上げた拍子に、髪の間の顔が見える。髭が…ヒゲ…ひ、げ……?
そう言えば、長い髪のせいで気にならなかったが、肩幅が……。
「ふふ、正直でよろしい」
そして彼が彼女の頭を撫でると…。
ズリ。
ズレた。長い、金髪が。ズレたせいで、胸元が露わになる。
見事な豊満…ではなく、豊毛。
彼女は…彼だった。
「お父様。相変わらずですね」
「ま、ままマリーベルさまは、あの方から生まれたんですか!?」
「ユージン…大丈夫?そんなわけないじゃない。彼は正真正銘の男よ」
「きゃっ」
「きゃって、あんた……」
「ねえねえ、やっぱりあなたはそういう趣味なの?」
「何だ、いまいち残念顔。今のボクの姿は全て真実だよ」
「きゃぁああああああああああああああああ♡」
「あんたのきゃあは絶対おかしい!」
マリーベルは必死につっこみに徹したが、処理不能だった。
はぁとため息。
彼女は佳奈の首根っこを掴むと、寝室にずかずかと踏み込み男の前にぶら下げた。
「この残念顔が、お父様の言ってたバラの女王よ」
「なに?この残念顔が?」
「結局今は別人なんだからしょうがないんじゃない?」
「う~む…なら完全に覚醒すれば、あるいは……」
「元の姿になったりして?知らないわよそんなこと」
「これから共同戦線をはるんだぞ?美しい方が言いに決まっている。せっかくあのリドウォールの頭を相殺するためにユージンをやったのに……ここにきて残念顔がもう1人」
「で、残念顔。これが私のお父様で、現クレスティア王のアルフォンソ」
「やあ残念顔の少女よ。ボクがアルフォンソだよ」
「ううぅ……」
何かが大きく傷ついた。
親子そろって、何なんだ。
でも、なんでだろう――。
「それ以上続けると佳奈に待っているのは、人豚としての人生よ……」
「ひ、人豚って何?」
「ふふふふふふふ……素手で目を抉り、手足をもい――」
「あーーーーーーーーあーーーーーーーーーーあーーーーーーーーーー♡♡♡♡♡♡♡もうやめてぇええええええええええ」
「お前、本当に分かってるのか?」
どす黒い声がしたが、佳奈には聞こえなかった。
「……まあ、そういうわけで、お父様も話があるなら早くして頂戴。これ以上ややこしくしないでもらいたいわ」
マリーベルがあまりにも黒いオーラを放つので、全員口を閉じた。
気づけば、アルフォンソの腕の中はカラになっている。
「やれやれ、僕の美しさにみんな声を失ってしまったようだね。まあいいや、ボクの美しさについて議論するのはまた次の機会にして、今回は業務連絡をさせてもらおう」
アルフォンソはベッドから身体をおこした。
ユージンと佳奈は、再びニュアンスの違う叫びを上げたのだった。
いやー……かなり初期の段階で王宮に行くと言い、理由の判明が今回って……。
なんか本当にすいません。
ていうか、この後書きを呼んでいるあなた。あなたほどの我慢力があれば、日本は救われます!
…とかって意味不明なこと、気にしないでくださーい。