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巻ノ十七 ritenuto~愛しき日々への鎮魂歌~

「死」という言葉は、ただ一言でとても単純で……。

その定義も、なり方も、これ以上ないくらいに明快だ。


実際それは、とても簡単に突きつけられた。


城の広大な中庭で、吐き気と倦怠感だけを抱えながら、私は歩いていた。

あの殺戮の折り、城の奥深くであるここまでたどり着いた時にはすでに人はなく、そのおかげでこの美しい庭園は損ねられることなく残っていた。


咲き乱れるのは、彩りも鮮やかな様々な花々。

よく見ればそれは、どれも不可思議なものだった。

花弁の色がクルクルと変わる花。鈴音のような音を紡ぐ花。透明で、触れることのできない花……。


ここには、自力では手に入れることのできないモノが溢れている。

けれど私は、ここで失った。失ったモノの対価は、きっと一生手に入らない。


絶望とか、恐怖とか、悲しみとか、後悔とか、そんな言葉にできる感情は、もうとうに尽き果てた。

私にはもう、何も感じるられない。

薄く水が纏わりついたかのように、身体が動きづらかった。


もういい。何も分からない。分かりたくない。

どうだっていいのだ。私の存在する理由はなんだろう?

死んだっていい。死ねばいい。

私は何人殺した?今さら、子供のいないこの世界に、どうして留まらなくてはないらないのだろう。


――ナノニ。


「ふふふふ……あはッあはははははッッ」


自分でもどうにもできない。笑いが止まらない。

笑声は澄んだ昼の空に舞い上がり、虚空に木霊した。


私は、死ねなかった。

自分で死のうとしても、どうしてもできない。

幾人もの命を奪っておいて、私は死ぬのが怖いのだ。

それに私は、この強大な魔力のおかげで、生半可な傷では死ぬことができない。


「――ッぅ」


ノド凍りついたかのように声が出なくなる。

激情が身体を廻り、瞳からこぼれ出しそうになる。


私はその場に座り込む。

妙に穏やかな微風に乗り、もはや嗅ぎ慣れた死の香りが漂ってきた。


涙は出なかった。

そんな資格はないのだから。

だから泣けない。心を鈍くして、何も感じていないフリをする。

そうすればそうするほど、どんどん自分がなくなっていく。


思いだすのは、あの母の声。耳を劈く、悲痛なまでの叫び。


『きゃあああ!!来ないでッ殺さないでッ化け物ッ!!』


そう、私は「化け物」だったのだ。

愛しいのなら、触れてはいけなかった。関わってはならなかった。

生きていれば、どこかで幸せになっているかもしれないと、そう思えればよかったのに……。

私は、身にすぎた望みを持ちすぎた。


私に会わなければ、きっと子供は「王になりたい」などと言わなかったろう。

その思いをそっと封じて、もっと穏やかに過ごしたのだろう。

そうすれば、あんなに冷たい牢で、ひっそりと――。


オモイダシタクナイ。


思考は急激に緩やかになり、何も考えられなくなる。

私はゆるゆると首を振って、ふらりと立ち上がった。


ここから去ろうと思った。

こんな場所にいたくない。この場所をほしがった子供は、もういない。

けれど同時に、ここは私と子供を結びつける最後の場所でもあった。


この時、早く立ち去ってしまえばよかったのだ。

私の人生で、もう何度目かも分からない後悔をした。

けれど私は、中々その場から動けず、ぐずぐずと居座ってしまった。


「王女殿下」


ふいに後ろから声がした。

はっとして振り返る。すっかり周りが疎かになっていた。

見ればそれは、目覚めた時に見た騎士であった。


「……私は、あなたの王女サマじゃないわ」


吐き捨てるように言う。

いったいどうなっているのか分からないが、誰も彼もが、私を王女だと思っている。

――そうなりたかった理由の子供は、もういないのに…。

本当にその王女になったというのなら、私が持つこの記憶はなんなのだろう?

けれど男は、私の言葉をどうとったのか神妙に頷いて見せた。


「はい。存じております」


存じている?

どういうことだろう。私が王女ではないと知っているということ?

それならば、なぜわざわざ王女などと呼んだのだろう。


すっかり錆びついた思考回路を、ぎこちなく動かしだす。

けれど私が結論を出すよりも、男の言葉の方が早かった。

そしてそれは、きっと私の結論とは違っていたことだろう。


男は、礼をとった。

ただの挨拶ではない。そんなのとんでもない。

決闘で負けようと、相手に決して膝をつかない誇り高き騎士が、私の前に膝を折った。

そして自らの剣を、まるで捧げるように、こちらに差し出す。


「わたくしダニエル・リッシュは、忠誠と忠義を誓い、一生をあなた様に捧げ、この剣を持ってお守り申し上げます。お許しいただけますか?」


問いかけていながら、それは断定的な口調であった。

…この儀式は知っている。臣下が、王に対する(・・・・・)忠誠を誓うものだ。

今では誰も行わない、古めかしい伝統。例外はない。


「王?」


思わず零すと、律儀に反応したダニエルが、伏せていた瞳を少し持ち上げ、かすかに頷く。


「継承者は、もうあなた様をおいていらっしゃいません。先ほど、正式に発表されました。次期…いえ、今上陛下は、アマーリエ・ロザリー・オラールさま。あなたでございます」


ああ、考えて見れば当然の成り行きではないか。

確かに、継承者は私が全て始末したのだからッ。

けれどそれは違う。それは、私が王になるためではない。これは、私のモノではない。


今、目の前にいる騎士。彼の持つ剣を受け取り、その鞘を抜き捨て、彼の額を浅く裂けば、それで「血の契約」が成立する。つまり、彼は言った通りに、忠誠と忠義を持って、一生私に仕えることにんるのだろう。


でも、私は仕えられたいのではない。私は仕えたかったのだ。

こんな、子供を裏切るようなマネは、私にはできない。


「わたしは…わたしは、王なんかじゃないッ!!」


それはきっと、心の奥底で、私が一番望んでいる答え。何よりも自分のためにこそ。

誰かに否定してほしい。簡単なことではないか。いつも誰かが私を笑ったように、ただニヤリを笑って、冗談だと、そう言ってくれれば、それで……。


「王なんかじゃ、ないんだから」


なぜだろう?今頃になって涙があふれてきた。

どうして私の人生は、何もかもがうまくいかないのだろう。

欲しいモノが、欲しい位置に収まらないのだろう?

何もかもがズレたまま。そいてそれは、私自信も……。



私の存在が狂っているから――。

        私の周囲も狂いだす。


その輪は大きく広がって――。 

        世の理さえ曲げて見せる。



…私の元に、常識なんて通用しない。

定義?自明?世の理?

そんなの意味をなさない音の欠片。


「いいえ、あなたは王です」


ぴしゃりと返ってくる言葉。

私がたとえ、全てを狂わす強大な磁力を持っていても、その狂わす先は分からない。

そしてそれが、私の望む結果を、もたらしたことはない。


「現在民たちは、王族の方々の喪に服されておられます。けれどそれが明ければ、民の誰もがあなたを祝福し、奉りましょう。あなたが王でないと主張しても、今やこれは決定事項です。王位を譲るご兄弟もおられない今、僭越ながら、陛下にこれを拒否することは不可能かと思われます」


その言葉は理論然としていて、今だ動き出さない私の脳は、すっかり混乱してしまった。


「民?いったい何を行ったというの?こんな状況の中、そんな…何で…」


うまく言葉が思いつかない。

こんな分かり切った質問を、なぜするのかも分からなかった。

ダニエルは、いったん礼を解いた。


「王が不在という状況では民が不安がります。しかしこの事態を隠し通すことは、私たちにはできかねます。必要なことだったのです」


私たち?それでは他にならできる人がいたのだろうか?

錆びついた音をたてながら導いた答えに、思わず私は自嘲した。

いたのだ、きっと。私の殺したあの中に。


「こんな状況になったなったと知るだけで、どちらにしろ民は不安がるわ。大差ないじゃない」

「いえ。首謀者は捕えたと話しておりますので、大抵の民はそちらよりも、今後の国のことを不安がっております」

「首謀者……」


私はたまらず、声を張り上げた。


「いったい何と言って回ったの?その通りに言ってみなさいッ」


小さく首を傾げたように見えたが、ダニエルはすぐに、朗々と声を張った。



 

本日、王族の方々が身罷られたし。

国民の皆はこれよりひと月、喪に服すべし。


次期国王は、第3王女アマーリエさま。

陛下は皆の導となり、明るき道へ導かれよう。


件の首謀者は、すでに陛下の裁きが下った。

国に混乱を与えし、反逆者の名は





クレール・アシェル・オラール――。




耳を塞げばよかったなんて、今さら後悔しても、もうそれは過ぎたこと――。

どうも。作者其の1です。

暗くなってからの話し、実は全部私が書いていました。すいません!!


次回からは、ギャグ担当其の2さんががんばるので、きっと明るくなる……かな?


まぁとりあえず、これでこの陰険な世界から抜け出せると、ほっと一息の作者其の1でした。つきあっていただした方、ありがとうございます。

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