表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/58

巻ノ十五 abandnne~狂喜のアリア~

どうやったら、子供を王にできるだろう?


まず、王にいなくなって頂く。

次に、皇太子殿下に…そして王位継承権第7位までの人物に……。


障害となる者たち全てに、消えてもらわなくては。


それにはどうすればいい?


いなくなる。放棄せざるおえない状況にする。

怪我?病気?事故?失踪?はたまた罪を犯したり?


‥ダメだ。そんな生ぬるい策で、8人もの人を引きづり下ろすことなんてできない。

もっと確実な方法があるでしょう?――そう。あの時だってそうした。


「殺せ」


殺してしまえ。この世からいなくなれば、王は…あの子供だ。


正直に言ってしまえば、そんなことは簡単だった。

私の持つ魔力は、強い弱いの次元ではない。本当に、城1つ、町1つ、国1つさえも、消してしまえる。


たとえば今。私が王宮にワープして、そこを火の海にしたら?…いや、王宮は戴冠式にも使われるし、傷つけてはならない。

中の人のみを選択して始末しよう。できることなら私の時のように、歴史まで変わってくれればありがたいが、そう上手くいくかは分からない。


…そうだ。私と同じ名を持つ王女。彼女の存在も確かめなければならない。

確かめて…いったい何になるのかは分からない。それでも、行かなければいけない気がした。…魔力のおかげか、私の勘は良く当たる。


ここで急にはっとした。


自分は何を考えているのだろう?

邪魔な存在とはいえ、彼らは子供の父や兄弟なのだ。死んでほしいとまで、思うのだろうか?

思わなかったら?


そうだとしたら、今私が考えていたことを知ったらどう感じるのだろうか?

嫌われる。嫌われてしまう。

コワイ。否定しないでほしい。

嫌わないで。私のことを好きだと言って。


「私は、あなたお望むようにするから…」


何度も深呼吸して、平静を装えるようになっても混乱は収まらない。

殺してはいけないなら、私はどうしよう?

捕まえて、監禁しておく?そんなことをしたら、いつかバレるのは目に見えている。


いったん。殺すという選択肢を除外しよう。

そう考えるのに、どんなに考えても最後の結論は変わらない。


しまいには疲れ果てて、私はぐったりとベッドに倒れ込んだ。





翌朝ふと目を覚ますと、妙に辺りが騒がしかった。

いつも気味が悪いほどに、決まった時間に決まった通りの仕事をこなしていた使用人たちが、慌てた様子に行ったり来たりする。


私はその中で、比較的親しい人物を呼び止め事情をきいた。


『つい先ほどのことだよ。ここに初めての客人がやってきたのさ。それも聞きな、第2位王位継承者の王子殿下だってよ』


天は…私に、どれだけ試練をお与えになるのだろう?

その王子殿下がどんな目的で来たにしろ、子供がその面会を喜ぶとはどうしても思えなかった。

昨日考えたことを、実行しないとは言い切れない。


急に寒気がして、私は自分の肩を抱く。歯がかみ合わないまま、カチカチと音をたてる。

怖い。理屈じゃない。私には抑えきれないモノが、私の中に存在する。

何か大きな化け物が、自らの存在は誇張し始める。

厳重に鎖で縛りあげ、身動き1つできないようにしたのに…その鎖はとっくの昔に噛み切られている。

後はもう、鈍い軋みを上げながら、順に拘束を緩めていくだけ。


――私にはどうにもできない。


私はずっと黙っていた。周りの人々の言葉に、間違いがあることを。

私は化け物ではない。化け物は、この身体の中に巣くっているのだ。だから厳密には私は化け物ではない。

――なんて、そんな些細なことを気に留める人が、いるはずもないが。


妙な倦怠感が身体を苛み、私は思わず蹲った。

それとほぼ同時に、いきなり膝に衝撃が走り私は尻もちをつく。


なんだ、と顔を上げると、そこには愛しい子供の姿。

けれど常のような笑みはなく、代わりに泣きそうに歪んだ顔。

どうしよう。小さな声で、それだけ言った。


「お兄様は、好き?」


私は独り言のように、問いを漏らした。

子供は座りこんだ私に抱きついてきながら、震える声で答える。


「分からない。…ボクは、兄様に会ったことがないから」

「それなら――」


死んでも構わない?


その問いかけは、かろうじて飲み込んだ。

けれど伝えたくて…。


「……私は、あなたのためなら自分の手を汚せるわ。それが私の幸せ」


俯きがちにそれだけ言った。

抱える子供の身体が、いつもより頼りなく感じる。それも仕方がないだろう。


生まれてから一度も会ったことのない弟に。先に訪問の窺いを出さないほどの見下しよう。

――いい結果なんて、期待するだけアホらしい。




「臣籍降下ッ!?」


子供特有の甲高い声が、決して狭くない部屋に木霊した。

その向かいのソファに腰かける王子は、眉間に皺を刻みつけると深く頷いて見せる。

もっとも、でっぷりと肥えた彼の首元は、脂肪と皮膚で首肯が困難な様子だったが。


そんな王子と相対すれば、子供の線の細さは際立ち、今すぐにでも押しつぶされそうで私は気が気ではなかった。

使用人だと偽り入室を請求して、なんとか話に立ち会っているが、今の自分には何もできない。


――あのブタの口を塞いでやる?


ふと危険な考えが脳を満たすが、それでは子供の立場が悪くなるのは目に見えている。


「どういうことなんですかッ!ボクがいったい何をしましたッ!?そんな酷い仕打ちを受ける、明確な理由を提示してください!!!」

「ぎゃーぎゃーとうるさいなぁー。わたしが直々に来てやったのだから、それだけにも感謝するべきだと思うが?」

「それなら感謝の言葉を述べさせていただきます。このような辺境の地に、わざわざご足労いただきありがとうございます。お疲れの所申し訳ないですが、ボクの問いに答えて頂きたい」

「ちッ」


必死な様子の子供に、なぜそんな態度を取れるのだろう?

これ以上、あの汚い物体をここに置きたくなかった。

握りしめた拳。爪が食い込んで、皮膚が裂ける。


「理由なんて簡単だ。継承者は増えすぎた。あまりに増えれば争いに転じかねない。だから減らす。それだけだ」

「…それ、だけ」


勝手にそう思った権力者たちが、本人の意思も聞かず、そうやって――。


その時私は普通じゃなかった。だから、子供も普通ではないことに気付けなかった。

ただ抑えようのない怒りが体中を駆け廻り、明確な形を成そうとしている。


「お姉さま……」


ふいに子供が呟いた。王子が怪訝そうな顔をする。

その該当者を探したのだろう。部屋の中を彷徨った視線が、私の元で止まる。

徐々に目が見開かれ、唇が動く。


――アマーリエ。


ああ、その名は。

化け物のもの?それとも例の――?


「なぁに?」


できるだけ自然に答えた。

ふと振り返った子供が、先ほどとは違う風に顔を歪ませて嗤う。


「殺して。ボクのために。この男を」


王子の顔が、一瞬きょとんと緩む。

返事の代わりに、私は右手を掲げた。――私も嗤っていた。


私の中の化け物が、完全に鎖を振り払う。

先ほど裂けた皮膚から異常なほどに血が流れ続ける。


「丁度いいわ。惨たらしく殺してあげる」


むっとするほどのバラの香り。そして――。


もうそこに、ヒトの形をしたものはなかった。




「臣籍降下?」


子供が言葉を繰り返した。

あたりに散らばった肉片を踏みつぶしながら、嗤いながら。


「おかしい…おかしいよッ!意味不明!あはッあははははは」


狂気の渦が巻く。取り込まれたら、もう戻れない。

これは妄想じゃないから。実現可能なユメだから。

諦めない。たとえ死んで、妄執だけとなっても。


そこに扉をけ破って、数人の男が乱入してきた。


「なッなんだこれは…」

「このブタさんの世話係かしら?」


私が問いかけると、彼らの瞳に恐れが過る。

知ってる。いつもこうだったから。

みんな自分を見るだけで恐れた。忌み嫌った。

もう、我慢して耐えたりしない。


再びバラの香り。

悲鳴すらなかった。


「この王子が戻らないと不審がられる。……ねえ、お姉さま?今から、大丈夫?」


何がなんて聞かなくても分かる。

頷くに決まっている。


「掴まっていて」


子供を抱えて、私は目を閉じた。

ワープ。――王宮へ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ