巻ノ十五 abandnne~狂喜のアリア~
どうやったら、子供を王にできるだろう?
まず、王にいなくなって頂く。
次に、皇太子殿下に…そして王位継承権第7位までの人物に……。
障害となる者たち全てに、消えてもらわなくては。
それにはどうすればいい?
いなくなる。放棄せざるおえない状況にする。
怪我?病気?事故?失踪?はたまた罪を犯したり?
‥ダメだ。そんな生ぬるい策で、8人もの人を引きづり下ろすことなんてできない。
もっと確実な方法があるでしょう?――そう。あの時だってそうした。
「殺せ」
殺してしまえ。この世からいなくなれば、王は…あの子供だ。
正直に言ってしまえば、そんなことは簡単だった。
私の持つ魔力は、強い弱いの次元ではない。本当に、城1つ、町1つ、国1つさえも、消してしまえる。
たとえば今。私が王宮にワープして、そこを火の海にしたら?…いや、王宮は戴冠式にも使われるし、傷つけてはならない。
中の人のみを選択して始末しよう。できることなら私の時のように、歴史まで変わってくれればありがたいが、そう上手くいくかは分からない。
…そうだ。私と同じ名を持つ王女。彼女の存在も確かめなければならない。
確かめて…いったい何になるのかは分からない。それでも、行かなければいけない気がした。…魔力のおかげか、私の勘は良く当たる。
ここで急にはっとした。
自分は何を考えているのだろう?
邪魔な存在とはいえ、彼らは子供の父や兄弟なのだ。死んでほしいとまで、思うのだろうか?
思わなかったら?
そうだとしたら、今私が考えていたことを知ったらどう感じるのだろうか?
嫌われる。嫌われてしまう。
コワイ。否定しないでほしい。
嫌わないで。私のことを好きだと言って。
「私は、あなたお望むようにするから…」
何度も深呼吸して、平静を装えるようになっても混乱は収まらない。
殺してはいけないなら、私はどうしよう?
捕まえて、監禁しておく?そんなことをしたら、いつかバレるのは目に見えている。
いったん。殺すという選択肢を除外しよう。
そう考えるのに、どんなに考えても最後の結論は変わらない。
しまいには疲れ果てて、私はぐったりとベッドに倒れ込んだ。
翌朝ふと目を覚ますと、妙に辺りが騒がしかった。
いつも気味が悪いほどに、決まった時間に決まった通りの仕事をこなしていた使用人たちが、慌てた様子に行ったり来たりする。
私はその中で、比較的親しい人物を呼び止め事情をきいた。
『つい先ほどのことだよ。ここに初めての客人がやってきたのさ。それも聞きな、第2位王位継承者の王子殿下だってよ』
天は…私に、どれだけ試練をお与えになるのだろう?
その王子殿下がどんな目的で来たにしろ、子供がその面会を喜ぶとはどうしても思えなかった。
昨日考えたことを、実行しないとは言い切れない。
急に寒気がして、私は自分の肩を抱く。歯がかみ合わないまま、カチカチと音をたてる。
怖い。理屈じゃない。私には抑えきれないモノが、私の中に存在する。
何か大きな化け物が、自らの存在は誇張し始める。
厳重に鎖で縛りあげ、身動き1つできないようにしたのに…その鎖はとっくの昔に噛み切られている。
後はもう、鈍い軋みを上げながら、順に拘束を緩めていくだけ。
――私にはどうにもできない。
私はずっと黙っていた。周りの人々の言葉に、間違いがあることを。
私は化け物ではない。化け物は、この身体の中に巣くっているのだ。だから厳密には私は化け物ではない。
――なんて、そんな些細なことを気に留める人が、いるはずもないが。
妙な倦怠感が身体を苛み、私は思わず蹲った。
それとほぼ同時に、いきなり膝に衝撃が走り私は尻もちをつく。
なんだ、と顔を上げると、そこには愛しい子供の姿。
けれど常のような笑みはなく、代わりに泣きそうに歪んだ顔。
どうしよう。小さな声で、それだけ言った。
「お兄様は、好き?」
私は独り言のように、問いを漏らした。
子供は座りこんだ私に抱きついてきながら、震える声で答える。
「分からない。…ボクは、兄様に会ったことがないから」
「それなら――」
死んでも構わない?
その問いかけは、かろうじて飲み込んだ。
けれど伝えたくて…。
「……私は、あなたのためなら自分の手を汚せるわ。それが私の幸せ」
俯きがちにそれだけ言った。
抱える子供の身体が、いつもより頼りなく感じる。それも仕方がないだろう。
生まれてから一度も会ったことのない弟に。先に訪問の窺いを出さないほどの見下しよう。
――いい結果なんて、期待するだけアホらしい。
「臣籍降下ッ!?」
子供特有の甲高い声が、決して狭くない部屋に木霊した。
その向かいのソファに腰かける王子は、眉間に皺を刻みつけると深く頷いて見せる。
もっとも、でっぷりと肥えた彼の首元は、脂肪と皮膚で首肯が困難な様子だったが。
そんな王子と相対すれば、子供の線の細さは際立ち、今すぐにでも押しつぶされそうで私は気が気ではなかった。
使用人だと偽り入室を請求して、なんとか話に立ち会っているが、今の自分には何もできない。
――あのブタの口を塞いでやる?
ふと危険な考えが脳を満たすが、それでは子供の立場が悪くなるのは目に見えている。
「どういうことなんですかッ!ボクがいったい何をしましたッ!?そんな酷い仕打ちを受ける、明確な理由を提示してください!!!」
「ぎゃーぎゃーとうるさいなぁー。わたしが直々に来てやったのだから、それだけにも感謝するべきだと思うが?」
「それなら感謝の言葉を述べさせていただきます。このような辺境の地に、わざわざご足労いただきありがとうございます。お疲れの所申し訳ないですが、ボクの問いに答えて頂きたい」
「ちッ」
必死な様子の子供に、なぜそんな態度を取れるのだろう?
これ以上、あの汚い物体をここに置きたくなかった。
握りしめた拳。爪が食い込んで、皮膚が裂ける。
「理由なんて簡単だ。継承者は増えすぎた。あまりに増えれば争いに転じかねない。だから減らす。それだけだ」
「…それ、だけ」
勝手にそう思った権力者たちが、本人の意思も聞かず、そうやって――。
その時私は普通じゃなかった。だから、子供も普通ではないことに気付けなかった。
ただ抑えようのない怒りが体中を駆け廻り、明確な形を成そうとしている。
「お姉さま……」
ふいに子供が呟いた。王子が怪訝そうな顔をする。
その該当者を探したのだろう。部屋の中を彷徨った視線が、私の元で止まる。
徐々に目が見開かれ、唇が動く。
――アマーリエ。
ああ、その名は。
化け物のもの?それとも例の――?
「なぁに?」
できるだけ自然に答えた。
ふと振り返った子供が、先ほどとは違う風に顔を歪ませて嗤う。
「殺して。ボクのために。この男を」
王子の顔が、一瞬きょとんと緩む。
返事の代わりに、私は右手を掲げた。――私も嗤っていた。
私の中の化け物が、完全に鎖を振り払う。
先ほど裂けた皮膚から異常なほどに血が流れ続ける。
「丁度いいわ。惨たらしく殺してあげる」
むっとするほどのバラの香り。そして――。
もうそこに、ヒトの形をしたものはなかった。
「臣籍降下?」
子供が言葉を繰り返した。
あたりに散らばった肉片を踏みつぶしながら、嗤いながら。
「おかしい…おかしいよッ!意味不明!あはッあははははは」
狂気の渦が巻く。取り込まれたら、もう戻れない。
これは妄想じゃないから。実現可能なユメだから。
諦めない。たとえ死んで、妄執だけとなっても。
そこに扉をけ破って、数人の男が乱入してきた。
「なッなんだこれは…」
「このブタさんの世話係かしら?」
私が問いかけると、彼らの瞳に恐れが過る。
知ってる。いつもこうだったから。
みんな自分を見るだけで恐れた。忌み嫌った。
もう、我慢して耐えたりしない。
再びバラの香り。
悲鳴すらなかった。
「この王子が戻らないと不審がられる。……ねえ、お姉さま?今から、大丈夫?」
何がなんて聞かなくても分かる。
頷くに決まっている。
「掴まっていて」
子供を抱えて、私は目を閉じた。
ワープ。――王宮へ。