五話
「姉は事務員を恋人にする」五話
三島に着いたのは午後六時くらいで、宿の駐車場に車を停めると、僕たちはセルフチェックインで部屋に入った。
姉さんは別の部屋という仕切り。姉さんの選択なので僕は特に何も言わなかった。白川さんも気にしていない。
食堂に行くと、初めてスタッフの方を見て、僕は挨拶した。食事は和食のコースで、悪くない味だった。
七時くらいに始まった食事を二時間ほどかけて味わい、僕たちは皿を舐め切った。
「ここにはよく来るんですか?」
白川さんは聞いた。
「適当に選んだんだよー」
姉が答えた。
部屋で大富豪をやる。うちの家族はみんな古典的なゲームが好きで、もちろんギミックの効いたボードゲームは、姉弟の趣味ではあるけれど、大富豪はローカルルールましましでも、家族の誰もができる。
「イレブンバックを採用するのは高校以来ですね」
白川さんも世代のようだ。
カードゲームの扱いは、これも意外なのだが姉さんがうまい。
まるでマジシャンのようにカードを切っていく。イカサマはしていないと言うが、カードコントロールができるので、どう頑張っても覚えてしまい、その結果トランプゲームでは最強になる。
そのためうちではカードを切るのはゲストと決まっている。触ると不可避的に記憶してしまうマジシャン気質の姉さんは、カードの手出しの場所も暗記してしまうため、強弱やスートを並べるとほとんど類推される。
そのためハンドをばらばらにしておく必要があり、注意力を要する。
何が何枚残ってる、とかいうレベルのことは、姉さんにとっては児戯に等しい。
という話をしたら、白川さんは目を点にしていた。
「いやなんか覚えちゃうんだよねー」
と、ヘラヘラされると、こちらもあんまり憎めない。天才とは戦えない。姉さんはそれが普通の人にできないことを、「ちゃんと理解はして」いる。
陽気で無邪気だからバカなのかと思うと、その知性の動きを見損なう。基本的に姉さんは、自分ができることをできない人がいることをわかっているし、それがなぜなのかも理解している。
ただ、できない人を蔑視するほど人ができておらず、また人のことを評価するような教育を受けていない。
表面上の現象と、その本質の連関を類推することは、姉さんの世代では悪手とされていた。
そのため姉さんは、本質を想像することがない。現象の意味だけを丁寧に解釈していく。
それは少し高貴だと思う。僕はもっと俗っぽく、内面というものがあると教えられた。
現象学的には本質は現象と溶け合っているため、不可分であり、イデアは措定されない。
本当の自分というものを、キャラと区別する方法で神聖不可侵な祭壇にすることを、姉さんは嫌う。
表現というものの背後にある意識は、表現に微量に練り込まれていて、あとは解釈するだけという、なんとも現代文チックな思考で、それゆえに姉さんは、絵に傾倒し、学歴を等閑視した。
どこかに本質があるはずだというナイーブな観念から修士に進んだ僕を、これもどうでもいいと思っている、はず。
ひとしきり運のゲームを楽しんだ後、僕らは温泉に浸かった。姉さんはもちろん女湯で、僕と白川さんとは別だった。
「僕を連れていくというのは、もちろん運転手を確保し酒を飲むためですけど、親への言い訳です」
「そういうことを自然にやられるんですね」
僕はその言い方に笑った。
「理屈が通っているんですよ。姉は、全てをわかっている」
「私はそうは思わないですけど、昔の言い方では、不思議ちゃんですね」
「姉は言語というものを信じていないんです」
「では何を信じているんですか?」
「僕の見立てでは、唯一『快適さ』だけですね」
功利主義者とも違いますが。僕はそう付け加えた。
「では、幸仁くんは?」
「僕の信念ですか?」
「ええ。ちなみに私は『親切』という言葉が好きです」
「好感度はもう上がらないのにバーを押し上げないでください」
「そのせりふで、少しわかるような気がします」
「僕は、実は何も信じていないんです」
「『世界』と同じなんですね?」
「分散している自分に、意味なんてないんです。近代的な言い方では、『世界』というより『自然』かもしれませんが」
***
ちまちまと酒を飲みながら、カタンをやる。
飲むのがウイスキーなのが面白い。ちびちびと舌で味わいながら、ゆっくりとカフェグレーンをひと瓶飲んだ。
ビーフジャーキーをかじる、野蛮な姉さんの八重歯が光る。
目が強い輝きをたくわえて、ボードゲームの勝利への強い執着を示していた。
勝ったのは僕ですけれど。




