片耳のままで ―秋、君を想っていた―
秋の風が、ビルの隙間を抜けていく。
電車のホームに立つたび、都会の風は少し冷たい。
Bluetoothのイヤホンを両耳につけると、
世界の音が静かになって、胸の奥まで風が届く。
彼と最後に話したのは、もう十年も前。
中学の帰り道、教室の隅で泣いていた私に、
彼は何も言わず、イヤホンを片方差し出した。
そのまま流れたアニメの主題歌を、
二人で黙って聴いていた。
高校の頃は、放課後になるとまたふたりでアニメを観ていた。
小さなスマホを顔を寄せて見て、
同じ場面で笑うのが嬉しかった。
恋とかじゃなくて、ただ同じ瞬間を共有できるのが幸せだった。
そんな時間が、私たちの「一番」だった。
高校を出て、私は上京した。
推しがいる街、イベントのある街。
見上げれば光が溢れているけれど、
ふとしたときに誰もいない部屋の音がやけに響く。
恋もしてみた。
でも、うまくいかないことのほうが多かった。
「ずっとそばにいるよ」――その言葉通りに残ってくれる人はいなかった。
どうして人は、平気で嘘をつくのだろう。
誰の隣にいても、心のどこかで彼の笑い声を思い出していた。
そんなある日、スマホの通知が鳴った。
「久しぶり、元気にしてる?」懐かしい名前だった。
スーツ姿のアイコン写真。
あの不器用な笑顔のまま、
大人の世界に立っていた。
再会は夜の居酒屋だった。
「久しぶり」と言う声が少し低くなっていて、
ブランドのスーツに金の時計。
彼がどこか遠くに感じた。
彼の話す言葉の端々に、
“努力”よりも“結果”を見せようとする音が混じっていた。
私は笑ってうなずきながら、
心のどこかで、あのころの静かな彼を探していた。
「じゃ、元気でね」
もうきっと会うことはないだろうと思った。
帰り道、
風が少し冷たくなって、
イヤホンを両耳につけた。
同じ曲なのに、片方だけ少し寂しい気がした。
――
駅のホームに残った風が、ネクタイを揺らす。
彼女の背中が人の波に溶けていく。
追いかけるでもなく、ただ立ち尽くしていた。
昔は、よく笑っていた。
彼女が悲しい顔をすると、どうにかして笑わせたくなった。
その気持ちは友情の延長線だと思っていた。
でも違った。
あの痛みは、恋だった。
気づいたときには、
その恋ごと焼け落ちたあとだった。
高校の廊下で、泣いていた君に何も言えず、
ただイヤホンを差し出した日のことを思い出す。
あれが俺にできる精一杯の“優しさ”だった。
彼女が恋で傷つくたび、
俺の中で何かが焦げていった。
守れないのが悔しくて、
金を稼ぎ、肩書きを手に入れた。
彼女を幸せにできる“力”が欲しかった。
なのに、先程。
口を開けば出てきたのは、自慢と強がりだけだった。
本当はただ――「よく頑張ったね」と言ってほしかっただけなのに。
風が止んだ。
ポケットの中のイヤホンを求めた。
片方を耳にあてると、
あのアニメのオープニングが流れた。
懐かしい声が、遠くで笑っている。
“風の音もBGMみたいで好き”――
彼女はそう言っていた。
今は両耳で聴いてるんだろうか。
俺は片耳のままで、世界の半分を聴いている。
大人になると、友情は姿を変える。
それでもあの頃の俺は、確かに君を想っていた。




