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片耳のままで ―秋、君を想っていた―

作者: Uta
掲載日:2025/10/13

秋の風が、ビルの隙間を抜けていく。

電車のホームに立つたび、都会の風は少し冷たい。

Bluetoothのイヤホンを両耳につけると、

世界の音が静かになって、胸の奥まで風が届く。


彼と最後に話したのは、もう十年も前。

中学の帰り道、教室の隅で泣いていた私に、

彼は何も言わず、イヤホンを片方差し出した。

そのまま流れたアニメの主題歌を、

二人で黙って聴いていた。


高校の頃は、放課後になるとまたふたりでアニメを観ていた。

小さなスマホを顔を寄せて見て、

同じ場面で笑うのが嬉しかった。

恋とかじゃなくて、ただ同じ瞬間を共有できるのが幸せだった。

そんな時間が、私たちの「一番」だった。


高校を出て、私は上京した。

推しがいる街、イベントのある街。

見上げれば光が溢れているけれど、

ふとしたときに誰もいない部屋の音がやけに響く。


恋もしてみた。

でも、うまくいかないことのほうが多かった。

「ずっとそばにいるよ」――その言葉通りに残ってくれる人はいなかった。

どうして人は、平気で嘘をつくのだろう。

誰の隣にいても、心のどこかで彼の笑い声を思い出していた。


そんなある日、スマホの通知が鳴った。

「久しぶり、元気にしてる?」懐かしい名前だった。


スーツ姿のアイコン写真。

あの不器用な笑顔のまま、

大人の世界に立っていた。


再会は夜の居酒屋だった。

「久しぶり」と言う声が少し低くなっていて、

ブランドのスーツに金の時計。

彼がどこか遠くに感じた。

彼の話す言葉の端々に、

“努力”よりも“結果”を見せようとする音が混じっていた。

私は笑ってうなずきながら、

心のどこかで、あのころの静かな彼を探していた。


「じゃ、元気でね」

もうきっと会うことはないだろうと思った。


帰り道、

風が少し冷たくなって、

イヤホンを両耳につけた。

同じ曲なのに、片方だけ少し寂しい気がした。


――


駅のホームに残った風が、ネクタイを揺らす。

彼女の背中が人の波に溶けていく。

追いかけるでもなく、ただ立ち尽くしていた。


昔は、よく笑っていた。

彼女が悲しい顔をすると、どうにかして笑わせたくなった。

その気持ちは友情の延長線だと思っていた。

でも違った。

あの痛みは、恋だった。

気づいたときには、

その恋ごと焼け落ちたあとだった。


高校の廊下で、泣いていた君に何も言えず、

ただイヤホンを差し出した日のことを思い出す。

あれが俺にできる精一杯の“優しさ”だった。


彼女が恋で傷つくたび、

俺の中で何かが焦げていった。

守れないのが悔しくて、

金を稼ぎ、肩書きを手に入れた。

彼女を幸せにできる“力”が欲しかった。


なのに、先程。

口を開けば出てきたのは、自慢と強がりだけだった。

本当はただ――「よく頑張ったね」と言ってほしかっただけなのに。


風が止んだ。

ポケットの中のイヤホンを求めた。

片方を耳にあてると、

あのアニメのオープニングが流れた。

懐かしい声が、遠くで笑っている。


“風の音もBGMみたいで好き”――

彼女はそう言っていた。

今は両耳で聴いてるんだろうか。

俺は片耳のままで、世界の半分を聴いている。


大人になると、友情は姿を変える。

それでもあの頃の俺は、確かに君を想っていた。

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