死にたがりとストーカー
異常者は、二パターンいると思ってます。一つは、自分がそうだと自覚があって『普通』に擬態してる場合。もう一つは、全く無自覚の場合。この作品に出てくるのは、いずれも前者のタイプです。
卯野 瞳の元にソレが届き始めたのは、彼女が大学に入って三年目の夏のことだった。
もう夕暮れの時間帯だというのに、茹だるような暑さは和らぐ気配もない。バイトで疲れた体を引き摺って、帰宅前にアパートの一階にあるポストコーナーを覗くと珍しく自分宛に封筒が届いていた。
異様な厚さと差出人の名前がないことに僅かな引っ掛かりを覚えつつ、遠隔操作でクーラーをつけて冷やしておいた部屋に戻り封を切る。
果たして入っていたのは淡い空色ーーー瞳の好きな色だーーーの便箋だった。そこにびっしり長々と綴られる、熱烈な愛の告白。
ーーーこれは、ドッキリ番組か何かだろうか。しかしその割にマイクもカメラも見当たらない。・・・まさか、俗に言うストーカーというやつか?こんな、冴えない根暗女である自分相手に?
不気味さや恐ろしさより、困惑の方が強かった。大袈裟な賛辞と覚えの無い親切への感謝に、この人誰かと私をを勘違いしてないかな、と思いながら一応全文に目を通す。
だが、そのラブレターだかファンレターだか分からない、度を越した崇敬すら伝わってくる紙の束を最後まで読んでみても、知り合った切っ掛けも、相手の素性も、手がかりすら拾えなかった。
対応に困って放置を決め込んだ瞳の元に、それから手紙は三日と空けずに届くようになった。積まれていく封筒の山に、人違いではないかという疑惑は二回目の時点で消えた。
『今日も勉強お疲れ様、レポート終了おめでとう』
『図書館で話していたあの男とはどういう関係なの』
『バイト大変だったね』
『駅前の書店で予約していた新刊、自分も好きな作家さんの著書で』
『カフェで喋ってた女は誰』
・・・差出人は、随分と詳しく瞳の行動を把握しているようだ。
しかし彼女はこの異常な状況に、何故か一欠片の恐怖心も嫌悪感も抱かなかった。寧ろ少しの嬉しさすら感じていた。
手紙以外、付き纏われたり電話が掛かってきたりというこっちを怖がらせるような実害が無いのも影響はしている。だが瞳が相手に好感を覚えた最大の理由は、手紙から、差出人はありのままの飾らない素の自分を愛してくれていると伝わってきたからだった。
瞳は、この世で自分ほど嫌いな存在はない。平均以下の顔立ちに、太った体。何をやっても中途半端な成績しか残せず、優柔不断で常に人の顔色を伺っている。幼少期のあれこれで、性格は大分歪んでいた。
やりたいことも、就きたい仕事もなかった。強いて言うなら永眠したい。ここのところはもう、ほぼ惰性で生きているようなもので、確実に苦痛なく死ねるのであればすぐにでもこの世から消えてしまいたかった。
そんな自分を、この手紙の主は丸ごと受け止め、肯定し、寄り添ってくれる。端から見れば行きすぎに見える執着すら、瞳には愛しかった。こんな風に誰かからお姫様の如く大切に接してもらったのは、生まれて初めてかもしれない。
こちらを不快にさせないように最大限の注意が払われた文章から伝わってくるのは、自分に対する好意と、それに基づく嫉妬であったり独占欲であったり、または気遣いや心配といった感情だ。
ーーーまるで恋人が出来たみたい。
瞳は、いつの間にかこの誰かさんからの手紙を、何よりの楽しみとするようになっていた。
「卯野さん、何だか最近明るくなったね」
同期や先輩、果ては教授からもそんな内容のことを言われるようになり、理由を説明できないもどかしさにもやもやしていた時ふと気付いた。
ーーーそういえば、私、受け取るばかりで返事も何もしてなかったな。
しかし仮にもストーカー、顔も名前も分からない相手である。下手なことを書いて誤解されても不味い。そもそも普通は二通目が届いた段階で警察案件なんだよなと考え込んだ瞳は、結局、自身の好奇心に負けた。
自分の場合は少々状況が特殊だが、見知らぬ相手との交流くらいネット上では誰もがやってることだし、と誰にともなく言い訳をして、空き時間を見付けてちまちまと返信の手紙を製作する。
やっとの思いでそれを郵便受けに置いてこられたのは、初めて手紙を受け取ってから3ヶ月が経とうとした秋頃の話だった。とても綺麗とは言えない文字に、ぎこちない文面。人生初の手紙の出来には、我ながら苦笑してしまった。
勝手が分からないなりに、手紙をもらえて嬉しかったこと、好意を寄せてくれるのはありがたいが貴方の存在について全く心当たりがないこと、出会った事実すら忘れるような薄情な人間で申し訳無いが、自分も貴方についてもっと知りたいと思っていることなどを簡単にまとめてみた。
気分を害するような表現があったら遠慮無く伝えてほしい旨も最後に書き記して、封を閉じポストに入れる。構造上、次に誰かさんが手紙を投函しようとすれば絶対に気付く筈だ。
喜んでくれるかなという期待が半分、おかしな風に解釈されなければ良いなという懸念が半分。でも最悪面倒な事態になったらいよいよ死ぬ理由が出来て万々歳、といった心持ちで、瞳は軽い足取りで学校に向かった。
その帰りのことだ。すっかり日が落ち暗くなった外の様子に、季節の移ろいを感じながらアパートへの道を歩いていた彼女は、ポストコーナーに見慣れない男性の姿を見留めた。
外国人だろうか。かなり背が高く、がっしりとした体格をしている。長い金髪を後ろで一つに結わえ、サングラスをかけていた。
誰かを待っている様子だが、如何せん場所が悪い。男が立っているのは、瞳に割り当てられた郵便受けが位置する辺りだ。彼の耳元に煌めくいくつものピアスに気圧されながら、瞳はすみません、と声をかけた。
「あの、そこ、私のポストなんです」
確認したいので、と言いかけた瞳に、男はこちらをまじまじ見つめると徐に黒いサングラスを外した。露になった目元に、瞳は思わずこいつ凄い美人だなと感嘆の息を飲む。
「ーーー卯野瞳、さん?」
「っ?はい、そうですが・・・」
淡い微笑と共に発せられた言葉が日本語で安心したが、何故このイケメンは自分の名前を知っているんだろう。警戒から、瞳は反射的にいつでも逃げ出せるよう体勢を整えた。
辛うじて他所行き用の猫を被った瞳は、取り敢えずお前誰だよという内容を婉曲に伝えてみる。
「私に何かご用ですか?失礼ですが、どこかでお会いしました?」
「返事、ありがとう。嬉しくて、どうしても直接お礼が言いたくて」
「?・・・は!?」
そして飛んできたまさかの反撃に、危うくつんのめりそうになった。
ーーーこの人、今『返事』って言った?では、連日瞳に手紙を送りつけていた人物は・・・
「俺、いや、私は久世暁人といいます。一度、今年の春に会ったことがあるんですけど・・・瞳、さんは覚えてない、みたいですね」
春。悪いが全く記憶に無い。というか何だこの無駄にきらきらしい派手な見た目の男性は。え、本気でこのザ・陽キャです、みたいな人がストーカー?冗談でしょ?
混乱を極めた瞳は、パンクしそうな頭を抱えて、どうにか、「ここだと目立つし、立ち話も何ですから、家、来ます?」と絞り出した。
◆◇◆
ワンルームの狭い室内で、二人掛けのソファーに久世と名乗った男を座らせる。瞳は、お茶を淹れるためコンロの前に立ち、ポットを火にかけた。
お湯が沸くまでの時間、春に会った、というキーワードを頼りに記憶を漁る。暫くして、あ、と思い当たる出来事があった。
二人分のお茶をテーブルに運び、久世の隣に腰かけた瞳は嫌な予感に顔を引き吊らせながら恐る恐る尋ねる。
「あの、すみません、私殆ど覚えてないんですけど、もしかして都内の・・・名前も忘れましたけど、とにかく半地下の、レトロな雰囲気のバーで一緒に飲んだ方、ですか?」
「っそう!」
「うわあぁ」
当たって欲しくなかった予想が的中し、瞳は呻き声を上げる。
彼女は、とにかく全てを忘れて楽しい気分になりたくて、四月下旬だか五月上旬だかに居酒屋を梯子した時があった。後にも先にも、記憶を失くすまで飲んだのはあの一回きりだ。
友達とすら呼べない、顔を見れば挨拶を交わす程度の知人が教えてくれた、普段なら絶対入らない敷居の高そうな店に、行くなら今しかないと勢いで乗り込んだ。そしてそこで、暗い顔をして一人寂しくグラスをあおっていたチャラそうな格好の美男子に目を惹かれ、酔いに任せてうざ絡みした気がする。
正直、あの夜のことは曖昧にしか印象に残っていない。はっきり思い出せるのは、翌朝頭が痛すぎて起きたら自室のベッドの上だったところからだ。
「誰かに声をかけて欲しかった俺の心境を見抜いたように、明るく話しかけてくれて、愚痴を聞いてくれて、不特定多数の人間がいる場所じゃ話しにくいこともあるだろうって宅飲みに誘ってくれて」
「待って私初対面でそんなことしたの!?」
そういえば朝見たら、一人で飲んだにしては多いなという量の空き缶が袋に入っていたけど。
では最初に不審者だったのは、自分の方じゃないか。しかもそれをすっかり忘れてるとかあり得ない。
「ごめんなさい・・・っ!」
瞳は半ば叫ぶように謝った。しかし久世は、心底不思議そうに首を傾げて言う。
「どうして瞳さんが謝るんですか?貴方の優しさに付け込んで、家までついていったのは私です。それに、貴方のお陰でお、私は救われたから」
一体私は何をやらかしたんだ。聞きたいような、聞きたくないような複雑な気持ちで、だが聞かない訳にもいかないと、瞳はあの日の自分の様子を問うてみた。
「ええと、本当に申し訳無いんですが、私その店で飲み始めた辺りから記憶が無くて・・・その後どうなったのかって、聞いても大丈夫ですか?」
「勿論。ーーーあの、瞳、さん、もっと砕けた感じで喋って構いませんよ」
前みたいに、と付け加えられ、瞳は泥酔した自分を知っているこの人相手に今更付けられる格好もないしなと頷いた。
「分かった。・・・久世さんも、嫌じゃなければタメ語で話して。それとさっきから瞳って言いかけて慌ててさん付けしてるよね。呼び捨てで良いよ?」
「じゃあ瞳も、俺のことは暁人って呼んで。・・・敬語って苦手でさ。間違った言葉遣いしてないか不安だったから、そう言って貰えて凄くありがたい」
色っぽく微笑んだ暁人に、そういえばこの人いくつなんだろう、とどうでも良い疑問が瞳の頭を過る。顔が綺麗すぎて年齢が全く分からない。これで十歳下とか二十歳上とかだったらどうしよう。そうであったとしても、どうしようもないけど。
「瞳さ、店に来た時点で大分酔ってたでしょ。なのに俺の話聞きながら度数強めのカクテル何杯も頼むから、途中で心配になってきて。それ言ったら、『でも久世くんともっと話したいしなー、あ、そうだ、家おいでよー』って。俺も話し足りなかったから、丁度良いやって流れでスーパー寄ってビールと酎ハイ買って、そのままここ来て夜通し話してた。案の定最後の方で酔い潰れたあんたを介抱してから、始発で帰ったよ」
次の日出社の必要がない日だったからねと笑う暁人に、瞳は天を仰いだ。あ、とかう、とか言いながら口を開けたり閉じたり、我慢できず貧乏揺すりをしてしまったり、完全に挙動不審だ。
「・・・その、大変なご迷惑を」
「だから謝らないでってば。俺、本当に感謝してるんだよ?延々続く愚痴に嫌な顔一つしないで優しく相槌打ってくれて、こっちの考えや苦労を理解しようとしてくれて、何言っても否定しないし」
それでストーカー行為を?とは、聞けなかったが。瞳は自分も精神的に不安定な質なので、本気で心配になった。彼にとっては一大事だったのだろうが、通りすがりの酔っ払いに少し優しくされたからという理由で簡単に惚れてしまうのは、結構問題ではなかろうか。
「瞳を意識する切っ掛けになったのは、あの時。本格的に好きになったのはその後かな。ちょっと気になって色々調べて、瞳の価値観とか、性格とか、知っていくうちにどんどん魅了された。運命なんだと思った。それで、まあなんというか、気持ちが抑えられなくて・・・」
段々とトーンダウンした彼に、瞳は一人なるほどと納得した。春に出会って、夏に手紙が届き始めた、ということは、その間の1、2ヶ月で身辺調査などをしていたのだろう。タイムラグの原因は恐らくそれだ。
「そっか。・・・あのさ、暁人くん?」
「うん」
改まって向き直った瞳に、彼は今にも泣き出しそうな顔をしていた。多分、罵倒されることも覚悟していたのだろう。瞳はそんな彼に、へらりと笑ってずっと言いたかったことを告げる。
「君は私に救われたって言うけど、私の方こそ、君の手紙に救われてたんだよ」
瞳の告白に、彼の表情が何とも言えない微妙なものに変化した。暁人は暫く沈黙し、大きな溜め息と共に言葉を吐き出す。
「ーーー瞳。だめだよ、さらっとそういうこと口にしたら。手紙の返事だって、こっちを期待させるような文言ばかりで、瞳も俺のこと好きなのかなって勘違いしそうになったし」
「え、いや、勘違いでも何でもなく、単純に君のこと好きだなって思ったからの文章だったんだけど・・・そもそも暁人くん以外にこんなこと言わないし、しないし。」
その瞬間、瞳の視界に揺らめいた暁人の腕を疑問に思う間もなかった。ソファーに押し倒された瞳は、反転した景色と至近距離に迫った彼の美貌に身を固くすることしか出来ない。
「・・・ねえ、誘ってる?あんたに惚れてる男相手にそれ言うって、襲われても文句言えないからね?女の子なんて、こんな風に簡単に組み敷けるんだからもっと用心しな?・・・俺が言えた話でもないけど」
芸術品か何かみたいに近くで見ても寸分の隙もない美しい顔面に、瞳は狼狽えつつ、こくこくと首を縦に振る。頬が熱い。きっと真っ赤になってる筈だ。恥ずかしい。
「あと俺以外にこんなことしないって、酔っ払ってほいほいと赤の他人を家に上げる瞳の行動見てるととても信じられないんだけど」
妙な色気のある彼の顔の迫力に負けそうになりながらも、瞳は彼の発言で引っ掛かっていた部分を訂正しようと頑張って口を開いた。
「あのね、私だって節操なしに誰彼構わず連れて帰る訳じゃないから。ぼんやりとしか覚えてないけど、これでも勘は鋭い方なの。家に上げたのは、君なら大丈夫だって確信があったからだよ。実際その時は何も無かった訳だし!」
「へえ?」
「今、は、まあ暁人くんにだったら、何されても文句言わない。でも可能なら、一線を超えるのは私もちゃんと君のこと知ってからの方が嬉しい、と、思う・・・」
沸騰しそうな頭を抱えて何とか言い切った瞳は、堪えきれないとばかりに勢いよく抱きついてきた暁人がひょいと自分を抱え上げ、背後から抱き締める形で座り直すのを流されるまま受け入れた。
「じゃ、瞳は覚えてないみたいだから、改めて自己紹介するね。」
耳元で囁かれる低く艶のある声にくらくらしながら、瞳はお願いします、と返す。ここは天国か何かだろうか。イケメンにこんなサービスして貰えるって、どんなご褒美だ。
「久世暁人、26歳、7月18日生まれ。母がイギリス人。14歳までアメリカに住んでた。その時飛び級で大学卒業して、かなり大きな会社からスカウトされて今に至るって感じ。好きなものは瞳。趣味は筋トレ。」
「・・・仕事について、どういう内容かとかは聞いても大丈夫?」
「うん。ええと、AIとかコンピューター関連の企業に勤めてる。分かりやすく言うなら業務内容はプログラマー、が近いかな。役職としては開発部特別技術顧問、みたいな名前が付いてるけど、これだとイメージ湧かないでしょ?まあ、上から5番目くらいのポストにいると思ってもらえれば」
それはかなり、大分、凄いというか、偉い人、なのでは?
とはいえ、プログラマーなんて瞳からすれば縁遠い職だ。いまいちピンと来ない。そんな瞳の表情に、暁人はもっと分かりやすい例を挙げてくれた。
「瞳、スマホの検索エンジン何使ってる?」
「え?Bells だけど、」
「それ俺が作った」
「はあっ!!?」
彼の爆弾発言に、瞳は本日2回目の奇声を上げた。Bellsの開発元といえば、世界有数の大手企業であるField だ。・・・その、上から5番目?あれ、そういえばそこの重役に関して、テレビで何かの報道を見たような気がする。
「も、もしかして君、かなり前に最年少で世界最難関の大学首席卒業してニュースになってなかった?」
「うわ、あれ見られてた?嘘・・・」
嘘、はこっちの台詞だ。偉い人どころじゃない。やばい人だった。いやそれは初めからか。
新手の詐欺かな、と遠い目をして、いやこんなすぐバレるような嘘は誰も吐かないだろとすぐ現実に引き戻される。同時に、彼がやたら瞳の言動に詳しかったことについて、ある予測が立った。
「あの、外れてたら、申し訳無いんだけど。暁人くん私のPCとスマホ監視してた・・・?」
「・・・ごめん。」
「やっぱり!」
瞳は羞恥で顔を覆いたくなった。では、あの本音もあの妄想もあの願望も、全部把握されていたということか。薄々察してはいたが、死にたい。
「瞳のことなら、何でも知ってる。毒親育ちなことも、幼稚園で虐待されてたことも、小中いじめられてたことも、高校で孤立してたことも」
言いながら、瞳の腰に回された彼の腕の力が強まった。
「自分に自信がないことも、その癖意外と面食いなことも、髪が長くて背が高い人がタイプなことも、本当は誰かに愛されたいって思っていることも、全部」
もう勘弁してくれ。瞳のHPは既に0だ。身悶える瞳に、暁人は追い打ちをかけるように言った。
「ねえ瞳、順番は大分狂っちゃったけどさ。俺と結婚しよう?瞳が理想とする条件に、俺、結構当てはまってると思うんだ。外見はこの通りだし、頭も良い方だし。お金も権力もそれなりに持ってるから、結婚したら瞳は一生左団扇だよ。大学だって、瞳が気乗りしないなら辞めて良い」
ちょっと待ってと言いたかったが、口を挟む暇もない。滑らかに紡がれる、プロポーズなんだか懐柔なんだか分からない暁人の言葉を、瞳はただ聞くしかなかった。
「浮気なんてしない、煙草も吸わない、賭け事もしない。瞳の望みなら、何だって叶える。そうだ、整形したいんだっけ?今のままでも充分可愛いけど、やりたいなら顔が利くクリニックも知り合いの腕が良い医師も紹介できるよ。あと、旅行に行きたいって言ってたよね。俺基本リモートワークだし、プライベートジェット持ってるから一緒に出掛けるのも良いな」
精神的な意味で瀕死状態だった瞳は、どうにかこうにか考える時間を下さい、とだけ消え入りそうな声で呟いた。
試しにお付き合いしてみる、という瞳の案に、分かったと頷いた暁人に安堵したのも束の間、続いて宣言された内容に顎が外れそうになる。
「なら、なるべく早く決心が付けられるように俺も全力で口説くから」
お手柔らかに、と言おうとして、最後まで喋る前に口付けられた。
その後はもう何が何やら、今回はアルコールも入っていないのに急すぎる展開と彼の勢いに押されて記憶があやふやだ。
夜も更けた頃にまたねと暁人が帰る後ろ姿を見送って、瞳はこれは夢か幻覚ではないかと暫く考え込んでいた。
◆◇◆
結論から言うと、瞳のその懸念は早々に解消された。翌日の昼過ぎ、夢見心地のまま大学に向かおうとアパートの階段を降りた瞳は、昨夜ぶりのイケメンに運転手付きの高級車へ拉致された。
そのまま大学まで乗せていってもらって、道中デートの約束を取り付けられたりして、講義が終わって帰ろうとしたら計ったようなタイミングで迎えに現れた暁人に連れられ、目も眩むような金額の服やらアクセサリーやらを山ほどプレゼントされた。
トドメとばかりに美しい夜景で有名な高級レストランでディナーを奢ってもらい、家に帰される。そんなことが連日続いたものだから、瞳は嬉しいやら申し訳無いやらで顔を白黒させていた。
ーーーここまでされて、彼の本気を疑うのも失礼な話だろう。
何度目かのデートの後、もし瞳が嫌でなければ明日婚約指輪を見に行かないかと暁人から尋ねられた時、腹が決まった。
「あの、暁人くん。まず、今までありがとう。そしてずっと煮え切らない態度を取ってしまってごめんなさい。あのね、君が、もし本当に私なんかで良いって言うのなら、私は、君と一生を共に過ごしたい、と、その・・・」
最後の方はしどろもどろになってしまったが、言わんとしたことは十分すぎるくらい伝わったようだ。破顔した暁人は、アパートの狭い一室で瞳を抱え上げると、くるりくるりと回転した。
気が済むまで回って、満足したようにふわりと瞳を地面に下ろした暁人は、半端になってしまった瞳の告白を引き継ぐように言った。
「明日、指輪を買う前にまずは籍入れに行こうか。」
「ーーーうん」
じわりと湧き出た歓喜に、瞳は幸せすぎておかしくなりそうだった。嬉しくて嬉しくて幸せで、何だか泣きそうだ。
「あ、あれ、変だな、涙出てきた・・・」
結局本当に泣き出してしまった瞳が落ち着くまで、暁人はあやすように抱き締めて背中をさすってくれた。
その後少し二人で話し合い、瞳は諸々の手続きが完了し次第、暁人にくっついてアメリカに行くーーー彼にとっては『戻る』だがーーーことになった。
実家と縁を切りたい、これ以上勉強も労働もしたくない、ついでにもう少し綺麗な見た目になりたい、愛する人と永遠に一緒にいたいと言う彼女の希望を、暁人は以前約束してくれた通り全て叶えてくれた。
暁人の重く、深い愛情を一身に受け、瞳は彼に見守られながら、老衰で死ぬ最期の瞬間まで、幸せに包まれた一生を過ごした。
因みに作中に出てきた検索エンジンや企業の話なんかは、Go○gleのイメージで書きました。




