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第5話 『本性』


 翌日。

 町外れに一つ寂しく建っている家の前にマクシーンは来ていた。

 二階建ての家屋で周りの庭には小さな畑や花壇などが作られている。少し離れた場所には倉庫かと思われる建物もある。


 今いる場所はルクスリアの自宅である。

 依頼を完遂するために朝早くから馳せ参じた。

 少しでも涼しい時間帯に活動できればと思ったのだが、すでに暑さが空気中に漂っている。


 ルクスリアはすでに活動を始めていたようで、様々な野菜を入れたカゴを両手で持ちながら畑の方から歩いてきた。


 藍色の髪を一つにまとめ、陽射しから肌を守るために麦わら帽子を被っている。

 作業用の服装だというのに美しさが色褪せることはない。

 眩しいくらいに艶と張りがある肌は土で少しだけ汚れていた。


「おはよう。依頼をこなしにきたよ」

「来てくれたの?」

「それは来るさ。来ないと思ってたのかい?」

「魔女って言われてるから。そんな女と関わりたくないでしょ」


 青い長髪を掻きながらマクシーンは苦笑いをする。


「前金貰ってるのにとんずらなんてできる訳ないさ。正直言うとお前さんのことは魔女とは思ってないよ」

「本当?」

「ああ、本当さ」

「嬉しい。ありがとう、マクシーンちゃん」


 初めて見せた笑顔の破壊力は凄まじかった。

 脳髄が歓喜の叫びを上げる。身体の奥底から溶岩ように沸き立つ庇護欲が溢れてくる。

 これは、別の意味で危険だ。



×××



 最初に手をつけたのは部屋の片付けだ。

 居間には家具や沢山の調度品が並べられてある。

 用意した収納箱に調度品を片っ端からしまうように頼まれて、マクシーンは早速作業を始める。


「全然使えそうなのにしまっていいのかい?」

「前の持ち主のだから。他人の使った物使いたくない」

「なるほどね」


 棚の上に置いてあった額に飾られた写真を手に取る。

 前に住んでいたのは老夫婦のようだ。


「相続する人が居なくて放置されていたのを買い取ったの」


 棚をなぞってみると埃が指に付いた。

 片付けもだが掃除も必要のようだ。


「買ったのかい? 中心部からだいぶ離れていて色々と不便そうだけどね」

「あんまり人と関わりたくないから。滅多に人は来ない、敷地も広い。静かに暮らせそうで満足してる」


 マクシーンはルクスリアを一瞥する。


「お前さんが町中に居たら静かには暮らせなさそうだね」

「……それ、どういうこと?」

「美人だから誰も放っておかないってことさ。美人ってのはすぐに噂になって広まるからね。それで噂を聞きつけた貴族から求婚とかされるかもしれないね」


 町の美女が貴族に見初められて玉の輿という話はある。

 あるある話として話題にしただけ。

 しかし、それは致命的な失言であった。


「どうしてそういうこと言うの?」


 刹那、マクシーンは今までに感じたことのない危険の気配を感じ取った。

 否、危険なんて生温い代物ではない。

 生まれて初めて感じる、根源的恐怖を呼び起こす──死の気配だ。


「美人は貴族に嫁がないといけないの?」


 大きく見開かれた藍色の瞳はマクシーンを捕らえている。

 マクシーンの全ての細胞が生き残るために最大稼働し始めた。

 強化術式を身体に付与、脚に力を込めて床を蹴る。

 一瞬にして家の外に飛び出したマクシーンは迎撃準備を整える。


「美人は自分の生きたい人生を歩んじゃいけないの?」


 ふらふらと藍色の髪を揺らしながらルクスリアはマクシーンの方へゆっくりと近付いてくる。

 瞳には涙が溜まり、悲痛な表情を浮かべていた。


「貴族と結婚したら幸せになれると本気で思ってるの? 貴族の子を孕ませるだけの道具になることが幸せだって言うの?」


 何が傾国の美女だ。

 何が影武者だ。

 昨日の自分を殴ってやりたい。


 目の前にいるのは間違いなく魔女だ。

 対峙しているだけで思考が嫌悪し、本能が恐怖し、魂が拒絶する。


「そういうこともあるかもって話をしただけさ。幸せ云々の話はしてないよ」


 冷や汗を滲ませながら、ルクスリアを撃退するための術式を構築する。

 隙を見て一撃喰らわせて逃走するために全神経を注ぐ。


「ワタシはお金も地位も欲しくない。静かに暮らしたいだけ。そう言っているのに貴族に嫁ぐなんて話を持ち出すなんて、ワタシのささやかな願いを否定しているようにしか聞こえない」

「それは被害妄想ってやつだよ」

「ワタシのこと精神病質者って言いたいんだ。酷い……酷いっ」


 膨れ上がる嫌悪感に耐えきれずマクシーンは魔術を行使する。

 魔力を媒体に世界に干渉し、生み出したのは炎だ。

 ルクスリアへと向かって放たれた炎は弾丸のように空気を裂きながら直進する。


「きゃあっ」


 悲鳴を上げて、ルクスリアは頭を抱えて勢いよくしゃがんだ。

 ルクスリアは戦士ではない。剣士ではない。騎士ではない。魔術師ではない。

 魔女という特異性を除けば戦う能力を持ち合わせていない一般人だ。

 仮に今の一撃をまともに喰らっていればルクスリアは致命傷を負っていただろう。

 だが、運命はルクスリアに味方した。


 素人としか思えない避け方にマクシーンは呆気に取られる。

 生まれた思考の空白。

 一瞬にも満たない欠落だっただろう。

 だが、魔女相手には致命的な隙だ。


 突如として襲ってくる身体的警告。

 強烈な飢餓感にマクシーンの肉体は悲鳴をあげる。

 その場から動けなくなり、食べ物や飲み物を渇望する。

 食料のことのみで思考が白熱し、それ以外の思考がろくにできない。


「な……これ……」


 マクシーンは涙を拭いながら立ち上がるルクスリアを視界に捉える。

 柔らかそうな肉だ。

 引き裂けば血が溢れるだろう。その血を飲みたい。

 違う。そんなこと考えるな。

 食べ物だ。食べ物がそこにある。

 違う。違う。

 食べ物! 食べもの! たべもの! たべモの! タべモの! タベモノ!!!

 違う違う違う違う違う!!!


「どうしてワタシの尊厳を犯すの? マクシーンちゃんとは友達になれるかもしれないって思ったのに……でも、みんなと同じだ。ワタシを虐める」

「…………っ…………」

「目には目を、歯には歯をって言うでしょ。マクシーンちゃんはワタシの尊厳を踏み躙った。だから、ワタシも同じことをする。自分の犯した罪をその身に刻んで反省して」


 身悶えする空腹感にのたうちまわるマクシーンの腕を掴み、ルクスリアは倉庫の方へと引きずっていく。

 倉庫の扉を身体全部を使って開けて倉庫内に入っていく。


「最初は食欲と睡眠欲。もう一つは準備が必要だから待ってて」

「るく、すりあ……ぁ」


 肩で息をしながら、頬に張り付いた藍色の髪を指でどかすルクスリアはマクシーンを見下ろす。

 藍色の瞳に映ったマクシーンの顔は絶望に歪んでいた。


「壊れるまで大切に遊んであげる。──玩具(マクシーン)ちゃん」


 そこに居たのはルクスリア・ジャスミンという美女ではない。

 恍惚の表情を浮かべる魔女だった。


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