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第3話 『流浪の魔術師』


 その年の夏は呼吸するのも億劫になる暑さだった。

 容赦なく降り注ぐ陽射し、突き抜けるような蒼穹、揺蕩う雲──全てが鬱陶しくて敵わない。

 一秒でも早く季節が変わることを願いながら、魔術師マクシーン・バーンズは果てしなく続く長い一本道を歩いていた。



×××



 マクシーン・バーンズ。

 腰まで伸びた青色の髪、切れ長の瞳が特徴的な長身の女性だ。

 彼女は流浪の魔術師である。


 特定の住居を持たずに各地を点々として、立ち寄った町や村で雑用や困りごとを解決して報酬を貰い生活している。


「暑い。それにしても暑い。なんだってこんなに暑くなってんだい」


 額から頬にかけて流れる汗を拭う。

 数十秒も経たずに新たな汗が滲んでくる。


 降り注ぐ紫外線、照り返し、無風は自然の拷問だ。

 長い髪を一つに束ねたり、腕まくりをしたりして少しでも涼しさを求めるも徒労に終わる。


 堪らず荷物の中から水筒を取り出す。

 少し揺らすと容器内の水が音を立てる。残量は半分以下になっている。

 溢さないように気をつけながら、口の中に水分を流し込む。冷たい感覚が喉を通り、全身の火照りを少し鎮めてくれる。

 水筒に組み込んだ術式によっていつでも冷えた水を飲むことができる。

 魔術師で良かったと思える瞬間だ。


「水を増やせればもっと楽なんだけど……仕方ないね」


 水筒をしまい、懐に手を入れる。

 指に触れる硬い感触が複数。それらを握りしめて取り出してから中身を確認する。


「今だけは錬金術師になりたい気分だよ」


 路銀も無くなる寸前だ。

 中々にまずい状況だがマクシーンに焦りはない。

 脳内に記憶してある地図を開けば、この無駄に長い一本道の果てには町があると表記されている。


 目的地が明確にあるから絶望感はない。

 不安があるとすれば水が足りるかどうかだ。



×××



 しばらくして、道から少し外れた場所に洞窟を見つけた。

 暑さから少しでも逃げたかったマクシーンは休憩のために洞窟へ駆け足で向かった。


 奥行きは殆どないこぢんまりとした洞窟だった。

 入った瞬間にひんやりとした空気に包まれ、マクシーンは少しだけ身震いする。


 大きく息を吐いて、ちょうどいい大きさの石に腰を下ろす。地面に手を置くと、身体の余分な熱が吸収されていく。


「お嬢さんも休憩か?」


 冷えた空気にご満悦だったマクシーンは洞窟内に居た存在に全く気が付いていなかった。

 声が聞こえた時に心臓が止まりそうになる。


 若干、身を硬くして声のする方を見ると人影があった。

 生気が希薄な老人だ。


「もうひと踏ん張りするためにね。この道の果てにある町に行くんだ」


「悪いことは言わない、町には行くな」


 やたらと感情のこもった言い方にマクシーンは怪訝な表情を浮かべる。


「どうしてだい?」

「あの町は『魔女』に支配されている。一度足を踏み入れたら人間としての尊厳を失う」

「魔女とはおっかないモノが出てきたね。でも、行かないと尊厳を失う前に命を失うんだ」


 路銀と飲み水の確保は最優先事項だ。

 最寄りの町を無視して先を進むのも、引き返すのも待っているのは死だ。


「忠告はした。賢い選択をしてくれ。ワシの二の舞にならないことを祈ってる」

「一体何を…………っ!?」


 老人の方に向いてマクシーンは硬直する。

 背筋が凍り、冷たい嫌な汗が吹き出す。


 老人が座っていた場所にあったのは白骨死体だ。

 白骨には暑さで腐りきった肉がこべり付き、大量の蛆虫が腐肉を貪っていた。

 奇妙なことに両腕の肘から下の部分がなく、そもそも衣服を身につけていなかった。

 つまり、この人物は全裸で両腕を失った状態で亡くなったのだ。


「わたしは骨と喋ってたのかい。どうやら暑さで頭がイカれたようだね」


 腐臭に涙目になりつつ、マクシーンは両手を合わせて冥福を祈る。

 それから、そそくさと洞窟を出て町を目指して再び歩き始めた。


「………………」


 脳裏には白骨死体あるいは亡霊の言葉が残り続けていた。


「魔女、ね」



×××



 魔女が支配していると聞いたのでどんなモノが出てくるのかと身構えていたが、現れたのは至って普通の町並みだった。

 都市のように華やかではない。廃村のように廃れていない。普遍的な生活を送るには十分な環境が整った場所だ。


「うわぁ、でっけーおばさん!」


 水を求めつつ町を散策していると失礼な子どもに絡まれた。


「デカいのは認めるけど、お姉さんって言い直しなクソ餓鬼」


 本気で睨みつけられた子どもは若干表情を強張らせる。


「お、おねえさん」

「よろしい。ところでどこかで水を貰えないかい? わたしもコイツも喉が渇いて困っているんだ」


 マクシーンは空っぽになった水筒を揺らす。

 町に辿り着くまでよく持ってくれたと礼を述べたい。


「うちの井戸使っていいよ」

「本当かい!? それは助かるよ」

「すぐ近くだからついてきて!」


 子どもの言った通り、少し歩いた先に一戸建ての家が見えた。家の前には井戸も確かにあった。

 家に居た子どもの母親に事情を話して了承を得てから井戸を使う。


 最優先だった水の確保が達成できて安堵する。

 井戸を動かし水を汲んでいるマクシーンを子どもはジロジロと見ていた。


「おねえさんは旅してるの?」

「そんなところだね。風の向くまま気の向くまま行き当たりばったりの旅さ」

「楽しい?」

「楽しいよ。もちろん大変なこともあるけど全部含めて旅ってもんだからね。お前さんも大きくなったら旅してみたらどうだい?」


 すると、子どもの顔から一切の感情が失われた。

 あまりの変化にマクシーンは焦りを覚える。


「それはいいや」

「なんでさ?」

「きっと魔女様が許してくれないから」

「なんでここで魔女が出てくるんだい?」


 子どもは無機質な笑みを浮かべながら諦念の色を顔に滲ませて言う。


「ここは魔女様の庭。ここにある物はぜんぶ魔女様の所有物だから」

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