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第1話 『復讐者たち』


 人でありながら圧倒的な力を保有し、天災と同列に扱われる存在。

 福音をもたらすことは決してなく、絶望を振り撒くだけの獣が遺した残滓の適合者。

 世界が紡ぎ続けてきた文明を、繁栄を、秩序を根絶やしにする破壊者。

 人類が適応せざるを得ない知性を兼ね備えた厄災──それが魔女だ。



×××



 エリオットは店の扉を開ける。

 冷たい夜風が金色の髪を揺らす。

 目を細めて左右の通り道を確認する。人の気配はなく先に進むにつれて暗闇が広がっているだけだ。

 誰もいないことを確認したエリオットは扉にかけてある看板をひっくり返す。

 看板には『閉店』と彫ってある。


 エリオットは扉を閉めて、店内に居る男女に視線を向けた。


「今日は良い知らせがある。新たに仲間が増えた」


 そう言って、カウンターの端に腰掛けていた黒いベールで顔を隠す女性に注目するように促す。

 女性は立ち上がって丁寧にお辞儀をした。


「初めまして、エミリーと申します」


 一人の女性が立ち上がってエミリーの元に近付き、手を差し出す。

 燃えるような赤い髪、夕陽を閉じ込めたような橙色の瞳をした美人だ。


「私はジェーン・ドゥ。よろしく」


 ジェーンと握手を交わしたエミリーに店内隅の席に座っていた女性が声をかける。

 白髪混じりの長い青髪を一つ結びにした、やつれた風貌の人物だ。左腕と右脚がなく、松葉杖がテーブルに立てかけてある。


「お前さん、随分と気味の悪い気配をしているね。まるで魔女を見ているようだよ」


 エリオットが眉間に(しわ)を寄せる。


「おい、マクシーン。失礼にも程があるぞ」

「わたしの脳髄で蠢いている魔女の残滓(うじむし)がそうだって言っているんだ!!」


 マクシーンと呼ばれた女性は何かを追い出すように何度も頭を殴る。


「ああ! うるさいうるさい! 気持ち悪い! 早く消えろ! 死ね! 死ね死ね死ね死ね────っ!!!」


 狂気の沙汰としか言いようのない有様にエミリーは言葉を失う。

 だが、他の者たちは同情の色は浮かべるが驚いたりはしない。

 それが当たり前の光景だと言わんばかりだ。


「魔女に脳みそ弄られておかしくなっちまったんだ」


 戸惑うエミリーに事情を話したのは髭面の大男だ。

 巨木のように太い腕、巨岩のような体躯。

 はち切れんばかりの服の隙間からは黒い茂みが見えていた。


「対処はしなくていいのでしょうか?」

「落ち着くまで放っておくのが最善策だ。前に止めようとして酷い目に遭ったからな」

「酷い目、というのは?」

「ほんの少し身体に触れた瞬間、見境なく魔術をぶっ放しやがったんだ。ありゃ肝が冷えた。触れなけりゃあ、妄言垂れ流して自分殴ってるだけだから安心ってことよ」


 大男は椅子から立ち上がって、エミリーの肩を勢いよく抱いて身体を自身の方へ引き寄せる。


「オレはゴドウィン・ウェインだ。仲良くやろう、お嬢ちゃん」


 エリオットが苛立ちげに声を上げる。


「彼女から離れろ、ゴドウィン」

「親睦を深めようとしてるだけだが」

「……相手の気持ちを考えて行動しろ。これから共に魔女と戦う仲間だというのに不和は生みたくない」


 ゴドウィンがおずおずとエミリーから離れると同時にずっと沈黙していた少年が口を開く。


「僕は仲間だって認めてません」


 緩く四方八方に跳ねた髪が特徴的な少年だ。

 幼さが残る面貌、華奢な体躯。

 気弱そうな雰囲気を漂わせているが、瞳の奥は復讐心で満ちている。


 エリオットは困ったように金髪を掻く。


「アルフまで……。一体どうしたんだ?」

「普通の反応だと思いますけど。名前しか分からない、顔すら見せようとしない相手をいきなり信用しろというのは難しいです」


 アルフの物言いを叱ろうとエリオットが口を開くより前にエミリーが黒いベールに手をかける。


 彼女の顔は半分以上が重度の火傷によって爛れていた。

 少し垂れた黄色い瞳の下にある二つの泣き黒子、通った鼻梁、艶やかな唇──本来の顔は万人が見惚れるほどの美貌だった、と推測するのは容易かった。


「とてもお見せできるようなものではないので遠慮していたのですが、余計な配慮で不信感を抱かしてしまったようですね。大変申し訳ありません」


 黒いベールで顔を再び隠したエミリーに対して、アルフは多少の罪悪感から目を逸らす。


「……アルフ・カルヴァードです」


 若干重くなった空気の中、ジェーンが興味と遠慮を交えつつエミリーに質問をする。

 聞かずにはいられない重要な事柄。


「エミリーはさ、どの魔女にやられたの?」


 それはこの団体に所属するにあたって避けては通れない、決して思い出したくない過去の開示だ。


 エミリーは少しだけ言い淀みつつ答えた。


「──『幽冥の魔女』」


 その瞬間、未だに頭を殴っているマクシーン以外の者たちが驚愕の色に染まる。


「嘘でしょ?」

「こりゃあ、たまげたな」

「俄かには信じられませんけど……」


 魔女は行動を起こすだけで厄災を撒き散らす。

 それ故に恐怖の象徴として世界中に存在や異名、悪行の数々が知れ渡っている。

 被害に遭った者たちは身体に、心に癒えない傷を負い、関わった魔女の名を聞くだけで絶望する。


 だが、魔女の中で一人だけ例外がいる。

 その魔女の異名を聞いても恐怖する者はいない。

 容姿を知る者はいない。

 声色を知る者はいない。

 誰一人として魔女の素性を知る者はいない。


 理由は単純だ。

 その魔女と相対した者は一人残らず死亡している。

 生者がいなければ恐怖は語られることはない。


 実在するのかすら曖昧、人々の持つ魔女への恐怖、興味によって生み出された架空の存在と言われる魔女。


 それが『幽冥の魔女』だ。


「『幽冥の魔女』は実在していたのか」

「はい。魔女は……彼女は私の師でした」


 店内に緊張が走る。


「師とはどういうことだ?」


 エミリーは椅子に腰掛け、ベールの奥から険しい表情を浮かべるエリオットたちを見つめる。


「私は立場が違います。貴方たちは被害者。ですが、私は加害者です」


 ひと呼吸置いて、エミリーは己が罪を告白した。


「私は魔女のために父を殺しました──」


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