エピローグ
「残念ながらアチェディアさんの望みを叶えることはできませんでした。申し訳ありません」
黒いベールで顔を隠したインヴィディアはゆっくりと頭を下げる。
彼女の目の前にあるのは天蓋付きの巨大ベッド。
ベッドの上に寝転がっている灰色の髪、銀色の瞳、額の紋様が特徴的な少女は力無くインヴィディアを見る。
「そんなことを言いにわざわざ来たのだ?」
ここはアチェディアが教祖を務める宗教団体『ヘスティアの星火』の施設。
エリオットの店からここまでは一日、二日で来れるような距離ではない。
インヴィディアは遠路はるばるやってきたのだ。
「報告は必要かと思いまして」
「律儀というかなんというか」
「よければ事のあらましをお話ししましょうか?」
「すぐ帰すのもあれだから聞かせてくれなのだ」
「承知致しました」
インヴィディアは小さく頷いてから事の顛末を話し出す。
眠そうな表情で聞いているのか分らないアチェディアの反応は鈍いが、インヴィディアはさして気にはしなかった。
「そして、エリオットさんは自ら命を絶ちました」
聞き終えたアチェディアは大きな欠伸をして感想を口にする。
「──魔女のまにまに」
「どういう意味でしょうか」
「キミたちの都合で死んでいった人が可哀想って意味なのだ」
アチェディアは緩慢に上体を起こして、寝癖のついた灰色の髪を適当に掻く。
「さっきの話に戻るけど、キミは期待していたのだ? リツィアが壊すために誘導して作らせた集まりに」
今回の件で最も動いていたのは最年少のリツィアなのは間違いないだろう。
中々に荒い筋書きだったが最後まで辿り着いたのは評価されるべきだ。
「期待はどうでしょう。ただ、私は皆さんの尽力する姿に羨望の念を抱いていました」
「羨望……」
「アチェディアさんは期待しませんでした?」
「期待はいつでもしているのだ」
アチェディアは未知の可能性と好奇心に銀色の瞳を輝かせながら、期待を込めた声色で願いを口にする。
「世界が創ったこの美しくて、醜い、欠伸が出るほど退屈な運命という名の御伽噺をめちゃくちゃにしてくれる愚か者をボクは待っているんだよ」
×××
施設を出ようとした時、声をかけられた。
「もしかしてエミリーか?」
「ゴドウィンさん?」
そこに居たゴドウィンは憑き物が取れたかのように晴々とした表情を浮かべていた。
彼の隣には女性と小さな女の子がいる。
一度施設で見た覚えがある。
「奥様とお子さんでしたよね」
「ああ。ここを出て三人でまた一緒に暮らすことにしたんだ」
「それは素晴らしいことですね」
ゴドウィンは少し恥ずかしそうに後頭部をさする。
「そういえば他の連中はどうした?」
「解散してしまったので、皆さんがどうなったのか私も存じ上げません」
少し寂しそうな表情を浮かべるも納得したようにゴドウィンは頷く。
「そうなのか。まぁ、そうだよな。魔女に立ち向かうなんて土台無理な話だったんだ」
「富や名声はもういいのですか?」
「ああ。目の前にある幸せの方がよっぽど価値があると分かった」
ゴドウィンは優しい笑みで妻と娘を見つめる。
「素晴らしいです」
「ありがとう」
インヴィディアは仲睦まじく寄り添って歩くゴドウィンたち家族を眺めていた。
そして、頬に手を添えて呟いた。
「──羨ましい」




