第15話 『崩壊』
最初の標的はリツィア・グロキシニアにした。
『国喰いの魔女』──ルピナスは一箇所に留まることがなく、常に動いているため捕捉が難しい。
『幽冥の魔女』は情報一つ出てこなかった。
『無辜の魔女』は情報提供者が軒並み心身に重大な傷を負っていた。接触するのは戦力が少ない当時では対峙するのは危険過ぎると判断して後回し。
『天啓の魔女』は悪い話を一つも聞かなかったことに加えて話が通じる印象を受けたので、危険性は低いと判断して後回し。
上記の魔女と比較して、『忘却の魔女』──リツィア・グロキシニアに関しては多くの情報を有しており、それ故に行動範囲が絞りやすい。
そして、こちらにはリツィアと交流があったアルフが居る。
アルフの口から名を聞いた時から、ある可能性を抱いていた。
リツィアの方から接触してくる可能性を。
つまり、リツィア・グロキシニアは魔女の中で最も接触できる確率が高い。
「皆さん、紹介します。僕の友達のリツィアです」
そして、魔女は姿を現した。
×××
アルフが店に連れてきた少女を視界に入れた瞬間、エリオットは反射的に剣を抜いて構えた。
意外だったのはエリオットと同じ反応をした者がいたことだ。
マクシーンは目を血走らせ、魔術行使のための魔力を練り上げていた。牽制や攻撃を行うためではない。標的を確実に殺すための魔力量だ。
殺気立つ二人に困惑するジェーン。
感情を表に出さず静観するエミリー。
そして、アルフは困惑と怒りを混ぜた表情を浮かべる。
並々ならぬ殺意から少女を守るように身体を前に出す。
「なんなんですか急に!」
「そこをどきなアルフ! ソレは魔女だ! 蛆虫が激しく騒いでいるんだよ! ああぁぁぁ────っ! あのクソ女と同じだ! あ゛あ゛ぁぁァァァァァァ────!!」
震えながらアルフの袖を掴むリツィア。
抑えられない怒りに全身を震わせ、怒号を張り上げた。
「魔女!? 言って良いことと悪いことの違いも分からないのか! リツィアは僕の友達だ! 今すぐ撤回して謝れ!」
エリオットはカウンターからゆっくり出てくる。
普段とは異なる、冷たい雰囲気を漂わせる姿は処刑人を彷彿とさせた。
「お前が庇っているのは間違いなく『忘却の魔女』──リツィア・グロキシニアだ」
「なんなんだよ……僕からまた奪うのかエリオット!!」
「すまない、アルフ」
「──っ。そんなことさせるか!」
アルフはリツィアの手を掴んで店を飛び出した。
エリオットは躊躇いなく後を追う。
「え? ね、ねぇ、なにこれ? どうなってるの?」
「魔女が現れたんだよ! それだけのことさね! わたしはエリオットについていく!」
普段の落ち着いたマクシーンはどこかへ消え去り、魔女に異様な反応を見せる狂人が声を荒げる。
いつでも魔術を行使できるように準備をしつつ、松葉杖を激しく突きながら店の扉へと向かう。
彼女の行手をエミリーが塞いだ。
「エミリー、何してるんだい? 今は遊んでいる場合じゃないんだよ」
「エリオットさんもマクシーンさんも冷静さを欠いています。このままではアルフさんと決別することになってしまいます」
エミリーは落ち着いた口調で話しつつ、ジェーンに目配せをする。
ジェーンはすぐに意図に気付く。
表情を引き締めてエリオットを止めるために駆け出す。
「あ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁ──。お前さんの言ってることは分かるさ。でもさ、魔女をみすみす逃がすなんて無理な話だよ。そもそも、エリオットはアルフを餌にしてたんじゃないかい? そうじゃなきゃ、こんなことに子どもを巻き込まないさね」
「信じたくない話ですね」
「いやぁ、アレはやるよ。自分の正義を、目的達成するためならありとあらゆる犠牲を許容する狂人さね」
エミリーの身体から魔力が迸る。
「では、マクシーンさんには冷静なっていただいてエリオットさんの狂気を止める協力をしてもらいましょう」
「わたしは失望したよ。魔女を目の前にしてこうも冷静でいるなんて、足りないんじゃないかい!? 怒りが! 憎しみが! あ゛っ、いや、最初から分かっていたさね……魔女を心の底から殺してやりたいと思ってるのはわたし以外誰もいないってことをね!」
「………………」
「エミリー、邪魔するなら容赦しないよ!!!」
直後、エミリーとマクシーンは激突した。
×××
アルフが逃げ込んだのは路地裏を抜けた先にひっそりと建っている廃屋だ。
朽ちかけた扉を開いて、飛び跳ねれば抜け落ちてしましそうな床を踏みしめる。
扉を勢いよく閉め、寄りかかって荒い息を整える。無意識にポケットの中に常に忍ばせている折りたたみ式ナイフを握り締めていた。
「一体どういうことなんですの? 仲間を紹介するって話はなんだったの?」
不安の表情を浮かべるリツィア。
当然の反応だ。
いきなり魔女と揶揄されて殺意を向けられたら、誰だって不安になり恐怖してしまう。
「ごめん……。こんなことになるとは思っていなかったんだ」
「謝って欲しいわけではありませんの。説明してください。あの方たちはなんですの?」
「それは──」
アルフは説明を始める。
エリオットがやってこないかを意識しつつ、なるべく簡潔に伝わるように話す。
全てを聴き終えたリツィアは納得したように頷く。
「なるほど。おおよその事態は把握しましたわ」
「僕が馬鹿だった。なんで紹介しようと思ったんだろう……」
魔女から宣告された日。
自分が死ぬかもしれない現実を突きつけられ、アルフは耐え難い恐怖に襲われていた。
恐怖から逃げたいがために無意味に街中を走り続け、そして絶望に追いつかれて立ち止まった。
その時、リツィアと再会した。
絶望に沈みかけの最中、在りし日の平和を想起させる友との再会はアルフに希望をもたらした。
「アルフはどうお考えですの?」
「え?」
「リツィアを魔女だと思って?」
若緑色の視線が真っ直ぐにアルフを見つめる。
アルフは言い淀むことなく、率直な想いを告げた。
「僕にとってリツィアは友達だ。例え魔女でも関係ない」
「大胆な発言だこと。もし、リツィアが本当に魔女だった場合はお仲間と対立することになりますけど」
「遅かれ早かれ対立することになっていたよ」
扉の隙間を覗き込むとエリオットの姿が見えた。
アルフは深呼吸をして、ナイフを取り出して構える。
「リツィア、奥に隠れていて」
奥底に秘めていた殺意を剥き出しにして、アルフは廃屋から飛び出してエリオットの前に立ちはだかった。
エリオットは渋い表情で謝罪をした。
「アルフ、友人のことついぞ明かすことができなくて申し訳ないと思っている。負担を負わせたくなかったんだ」
「黙れ! そうやって善人面していれば許されると思っているのか!? 僕は知っているんだ! お前の父親が下らない名声のために魔女を利用しようとしたけど失敗した。その画策が魔女の逆鱗に触れて結果として国が滅んだ!」
「その通りだ」
「国が滅んだ真の理由はお前たちの強欲だ!」
エリオットは否定することはなかった。
「償いは必ずする。だが、今はリツィア・グロキシニアを渡してくれ。殺すつもりはない」
「お前如きが魔女を殺せるわけないだろ! その自信の根拠を示せよ!」
「………………リツィア・グロキシニアを渡してくれ。これ以上、邪魔するなら──」
「殺すか!? やってみろよ!」
アルフは駆ける。
両手でナイフを強く握りしめ、溢れ出る殺意に身を任せて。
「エリオットォォォォォ────!!」
エミリーの言葉が脳裏を過ぎる。
『エリオットさんが仰っていたではありませんか。──『各々の思う復讐を遂げればいい』と』
今まさにアルフは復讐を成就しようとしていた。
家族を奪い、住む場所を奪い、祖国を奪い、日常を奪った憎き相手をこの手で殺す。
身体が不思議なほどに軽かった。
まるで飛んでいるかのような浮遊感。
今ならなんでもできそうな異常な万能感がたまらなく心地良い。
万能感によって加速した脳細胞が刺激され、過去の想い出が溢れ出る。
そのどれもが──。
そのどれもが────。
その、どれもが────?
──あれ?
思い起こされるのはどれもが辛く、苦しい、胸を締め付けるようなものばかり。
こんなものを失ったことを悔いて、エリオットに憎しみを抱いていたのか?
一体、なんのために……。
いや、悪い記憶ばかりであってもエリオットに刃向かった理由がある。
明確な殺意を向ける理由が。
それは……なんだっけ?
そう、女の子だった気がする。
友達と思っていた女の子。
名前は────。
「──────ぁ」
身体に衝撃が走る。
気付くと手に持っていたナイフは無くなっていた。
衝撃が生じた部分に触れて確認すると、手のひらは真っ赤に染まっていた。
エリオットの方に視線を向ける。
握りしめていた剣には鮮血が滴り落ちていた。
ここでアルフは自分が斬られたこと理解する。
「僕は……何をしていたんだっけ……」
アルフは自分が作った血溜まりに倒れ込み、二度と動くことはなかった。
×××
エリオットは捕まえたリツィアと途中で合流したジェーンを連れて店へと戻ってきていた。
道中での会話は一切無かった。
ジェーンはエリオットの冷え切った表情で何があったかを察し、アルフのことを問うことができなかった。
店の扉を開けた瞬間、強い酒の香りと血と焦げた匂いが鼻を突き刺した。
店内に入り、その光景を見たジェーンは顔を引き攣らせる。
防雨風と火事が同時に起こったかのような惨状だった。
棚に飾ってあった酒瓶は割れたり、溶けたりして琥珀色の液体を垂れ流していた。
木製のテーブルと椅子は真っ二つに裂かれたり、焼かれ炭化していた。
床には黒煙を立たせる人影があった。
人影というよりは黒焦げた物体だ。
カウンターの方にはマクシーンが腰掛けていた。
俯いて微動だにしない。暖簾のように垂れ下がった白髪だらけの青髪の隙間から血が滴り落ちていた。
絶句するジェーンに対し、エリオットはかろうじて無傷だった椅子を見つけリツィアを縛りつける。
「リツィア・グロキシニア。まずはジェーンから奪った記憶を返してもらおう」
「ちょっと待ってよ!」
この惨状を目の当たりにしても動揺することなく、淡々と事を進めようとするエリオットにジェーンはたまらず苦言を呈した。
「こんなことになっているのにどうして平気でいられるの!?」
「俺が相手取っているのは魔女だ。犠牲なく成し遂げられるとは思っていない」
「信じられない……。それが今まで一緒にいた仲間の死を前にしていうこと?」
「全てが終わったら弔うつもりだ。今、優先すべきは魔女だ」
「……そもそも本当に魔女なの?」
ジェーンの疑問を聞いて、口を閉ざしていたリツィアがくつくつと嗤う。
その様子はとても拘束されていると思えないくらいに落ち着いている。
「一度ならず二度までも。エリオットさんは人を疑うことを覚えた方がいいですわ」
「なに?」
「リツィアがわざわざ捕まった理由を考えてみましたか? 観念したとでも? アルフを目の前で斬り殺されて意気消沈したとでも?」
「………………」
「答えは逃げる必要がないから。この状況になった時点でリツィアの目的は達成したも同然ですわ」
「どういうことだ」
リツィアは若緑色の瞳でジェーンの方を見つめる。
「捕まえましたわ。──魔女の器さん」
「なにそれ? 私が器……? 器ってなに?」
「この後に及んで大層な演技力ですこと。さて、そろそろ狸寝入りもおやめになったらどうですの?」
リツィアはエリオット、ジェーン以外に向かって声をかける。
エリオットは臨戦態勢に移行する。
だが、それは無意味な行動だった。
突如として、空間が崩壊し始める。
今までに出会ったことのない事象に困惑しつつ、対策を講じようとするがなす術は無かった。
逃げ場がなくなり、虚空に堕ちる覚悟をする。──が、崩壊は突如収まり、再構築が開始される。
×××
気が付くとエリオットは絨毯の敷かれた廊下に倒れていた。
ゆっくりと立ち上がり周りを確認する。
天井には暖色の光源を灯すシャンデリアが等間隔に設置され、絢爛な装飾が施された壁面。
この空間を率直に述べるなら屋敷だ。
エリオットは何かに誘われるように歩き始める。
近くにいたジェーンの姿が消えていた。
人の気配を感じないことを鑑みるに別のところに居ると結論づける。
「………………」
アルフを斬った感覚が未だに色濃く手に残っている。
なんの感慨も湧いてこない。
罪悪感も後悔もない。
魔女を滅ぼすという使命に基づいた行動で恥じることはなにもない。
マクシーン、ゴドウィン、エミリー。
多くを失ったがエリオットの心に変動はさして無かった。
啓示を受けた影響で精神性が変質したのだろうか。
つらつら考えながら歩いていると廊下に何かが落ちているのを見つけた。
落とし物を拾い、確認する。
「エミリーの手帳か」
中身に目を通す。
日常のことや魔術に関する走り書きが大半だ。
その中にはエミリーが語っていた魔女とのことも書いてある。
だが、ある部分を読んだ時、エリオットはハッと顔を上げて走り出した。
「そうか! そういうことか!」
エミリーの手帳には魔女との日常が事細かに書かれていた。
本当に事細かにだ。
それは魔女に関しても例外ではない。
手帳には克明に書かれていた。──魔女の容姿が。
走った先にあったのは大きな扉だ。
激突する勢いで開けると大きな空間が広がっていた。
全体的に落ち着いた雰囲気の部屋だ。
真ん中に設置されているのは円卓のテーブル。
置かれている調度品はどれも品があり、空間の上品さを底上げしている。
エリオットには内装を気にする余裕はない。
目の前にいる人物に全神経を注いでいるからだ。
「エミリーはすでに死んでいる。そうだろう……『幽冥の魔女』」
エミリーを騙る人物はゆっくりと黒いベールを外して顔を晒す。
火傷と裂傷の痕が刻まれた面貌。
顎辺りを掴み、上に引き上げると皮膚がみるみる剥がれていく。
そうして現れた美貌は玉のように美しい肌をしていた。
たおやかな雰囲気の女性だ。
腰まで伸びた、深淵を掬い上げたかのような紫混じりの黒髪。
垂れ目がちの黄色い瞳には柔らかさがある。
目尻と首にある黒子が色香を醸し出していた。
起伏に富んだ肢体を包む漆黒のドレスは彼女が元来兼ね備えている魔性を際立たせていた。
「改めて自己紹介させていただきます。──インヴィディア・ヒュアキントス。以後、お見知り置きを」
そう言って、魔女は微笑んだ。




