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第10話 『教祖との対話』


 眩い輝きが収まり、視覚が正常に機能し始めると眼前に現れたのは白の建築物だった。

 圧倒的な荘厳さを醸し出しているが、来る者を全て受け入れてくれそうな奇妙な安心感がある。


「お待ちしておりました。『魔女に与える鉄槌』の皆様」


 困惑していると声をかける者が一人。

 長い黒髪を一つにまとめた、紺碧の瞳が特徴的な男だ。


 反射的に臨戦態勢を取るが、男性は深々と頭を下げるだけで敵意は微塵も存在してない。


「誰だ?」

「本日、皆様の案内役を務めてさせていただくウェスタと申します。本来は教祖様のお世話役を務めています」


 ウェスタと名乗る男の発言に困惑が余計に深まる。

 堪らずマクシーンが質問をする。


「ちょっと待っておくれ。その教祖様ってのはなんだい? わたしたちは魔女の招待でここに来たんだよ。それがどうして宗教施設に連れて来られるんだい?」


「答えは単純。教祖様は教祖であり魔女でもあるのです」


 驚きの声が上がる。

 歩く厄災と云われる魔女が教祖など笑えない冗談だ。

 それはつまり魔女を信仰する者が一定数いるということになる。

 吐き気のする事実だが、そんなことはどうでもいい。

 ここに来た目的を遂行するのみ。


「御託はいい。早く魔女の所に連れて行け」


 戦斧を握りしめながらウェスタに詰め寄る。少しでも抵抗、反抗的な態度を見せたら叩き斬る心構えはできている。

 穏やかな表情を一切崩さずにウェスタは案内を開始する。


 長い階段を登る。

 施設内に入り、とにかく奥へと進んでいく。

 案内がなければ確実に迷うであろう広さだ。


 その途中で俗に言う信者と何回か出会った。

 信者は老若男女とあらゆる世代の人間がいた。

 支給された白一色の衣服に身を包み、誰もが穏やかな表情で挨拶してきた。

 不気味、その一言に尽きる。


 やがて、施設の最奥に位置する部屋に辿り着く。

 その部屋を一言で表すなら寝室だ。

 巨大な天蓋付きベッドが設置されており、それ以外は最低限の家具があるのみ。

 ベッドの正面には来訪者の人数分の椅子が設置されていた。

 その椅子に座ることはない。


 視線の先──ベッドの上にだらしなく寝転がっている餓鬼が魔女だと一目で分かった。

 戦斧を構えて、一気に駆ける。


「ゴドウィン!?」

「何してんだい!?」


 エリオットとマクシーンの驚き混じりの声が背後から聞こえるが無視した。

 この時をどれほど待ったことか。

 家族を奪った忌まわしき魔女をこの手で殺す。

 その願望が成就する。

 止まる理由がない。


 土足でベッドに飛び乗り、戦斧を振り上げる。

 魔女の恐怖に染まった表情。

 堪らなく気持ちがいい。


 容赦無く振り下ろして、魔女の脳天を叩き割る。

 頭蓋骨が砕け、赤と白が混じった物質が飛び出す。

 引き裂かれた枕から羽毛が舞い上がり、鮮血が純白のベッドを赤く染め上げる。


 渾身の一撃が完璧に決まり、興奮が収まらず何度も何度も戦斧を振り下ろす。

 魔女の原型がなくなっていく。

 女だったかどうかも分からない。

 ただの肉の塊があるだけだ。


「オレに盾突くからこうなるんだ! 何が魔女だ! 所詮は女! 女如きがオレの邪魔をするんじゃねぇよ!」


 唾を吐き、踏み潰し、何度も戦斧を振り下ろす。

 何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も────。



×××



「ゴドウィン……?」


 エリオットたちは不思議そうに声をかける。

 教祖の部屋に入った瞬間に戦斧を構えて走り出したゴドウィンだったが、途中で立ち止まり俯いたまま動かなくなってしまったのだ。


「偽りの理想に浸ってもらったのだ」


 無気力な声がゴドウィンの状態を簡潔に説明する。

 しかし、説明が曖昧なためエリオットたちは理解ができない。


 困惑と疑問を抱きつつ、天蓋付きベッドの上で寝転がっている少女に視線を向ける。

 墨を薄めたような灰色の髪は腰まで伸びており、額には禍々しい紋様が刻まれている。

 他者を写し出す鏡のような銀色の瞳は眠そうに下がるまぶたによって半分しか見えない。

 整った顔立ちはやる気というものが欠片も存在していない。

 寝巻きのようなゆったりした服装でお洒落など一切度外視した楽さのみを追求している。


「お前さんが魔女かい?」


 マクシーンの質問に答えたのは少女ではなくウェスタだった。


「僭越ながら小生が紹介させていただきます。こちらにおわす方こそ、『ヘスティアの星火(せいか)』の偉大なる教祖であり、人生に悩み迷う人々を幸福へと導く慈悲深き『天啓の魔女』! その名はアチェディア・ランプランサス様!! 因みに文字だと『アチェディア』様と書きますが、呼び方は『アチェデア』様でよろしくお願いします!」


「別に何でもいいのだ」


 ウェスタのやたらと勢いの良い紹介に呆気に取られてしまうエリオットたち。

 だが、すぐに気持ちを立て直してゴドウィンの状態について追求する。


「改めて質問させてくれ。彼に一体何をした? 具体的な答えを求める」


「理想が叶った世界を見せているのだ。ボクに襲いかかってくるのは分かっていたから先手を打ったのだ」


「高度な幻術ってことかい。魔法陣といいさ、魔女じゃなかったら魔術師として素直に尊敬してたよ」


「魔法陣? あー、アレは…………まぁ、いいのだ」


 アチェディアがベッドの傍らで直立していたウェスタに目配せをする。

 待ってましたと言わんばかりにウェスタは深々とお辞儀をしてから軽やかに手を叩く。

 すると、あらかじめ待機していたのか部屋の中に数人の信者が入ってくる。

 信者たちはアチェディアとウェスタに挨拶をしてからゴドウィンを部屋の外に連れていこうとする。


「ちょっと待ってくれ。ゴドウィンをどうする気だ?」

「こっちで引き取るのだ。妻と娘の希望って言ったら引き下がるのだ?」

「それは連れ去られたっていう……」


 アチェディアは仰向けになりながら溜め息を吐く。

 天蓋に向けて腕を伸ばし、指先の爪を眺めながら呆れた声色で語る。


「度重なる暴力、歪んだ思想による人格否定に晒される日々に精神と命の危険を感じて、ここに逃げ込んできたのがその男の妻と娘なのだ。ボクは保護しただけ。逆恨みにも大概にしてほしいのだ」


 淡々と語られる真実にエリオットたちの表情が曇る。


「その言葉を素直に受け止めることはできないな」


 エリオットは否定するが、心の奥底では真実だと思ってしまっている。それはジェーン、マクシーン、アルフ、エミリーも同様だ。

 皮肉なことにゴドウィンの日頃の行いが証言の裏付けになっていた。


「不毛過ぎて眠くなってしまうのだ。ここでいくら問答を繰り返したところで、その男はキミたちの元を去るのは既定路線なのだ。その後、改心してこれまでの非礼を謝罪して良き夫、良き父として残りの人生を妻と娘に全て捧げて生きていくのだ」


「その断言。まるで未来を見てきたような言い方ですね」


 アルフが怪訝な表情で言う。

 魔女への精一杯の抵抗でもあった。


「見てきたような……じゃなくて視えるのだ」


 アチェディアは大きく眼を見開く。

 銀色の瞳が眩むほど輝いて見えた。

 アルフは鏡のような瞳に映り込む自分の姿を見て、どうしようもない不安と恐怖に襲われる。


「ボクの眼は『千里眼』ってヤツなのだ」

「ありとあらゆる未来を見通す天眼ってヤツかい」

「もういいのだ? こんな下らないことに時間を割くのは怠いのだ。これ以上食い下がるなら実力行使もやむを得ないのだ」


 魔女の圧力に誰もが沈黙の同意をした。

 そうして、ゴドウィンは信者たちと共に部屋から出ていった。

 これが今生の別れなのだと漠然と感じた。


 それから、エリオットたちは用意された椅子に座る。

 椅子の数は五つ。

 最初からゴドウィンが椅子に座ることは想定されていなかった。



×××



 簡単な自己紹介を終えたところでウェスタがエリオットたちに向かって言う。


「ではこれより質疑応答に入らせていただきます。質問は原則一人一つのみとさせてもらいます」

「一つ? 随分とケチ臭い話だね」


 マクシーンの一言にウェスタは怒りが身体の奥底から沸き立つ。

 だが、尊敬する教祖の前で醜態を晒すものか、と冷静な素振りをしながら答える。


「教祖様に一つ質問できるだけでも感涙に咽び、森羅万象に感謝する事だというのにケチとは少しばかり傲慢ではありませんか?」


 顔が引き攣り、青筋が浮かび、声が震えているので全然怒りを隠せていない。

 あまりの怒りようにマクシーンは若干引きながら謝る。


「い、いや、済まなかったよ」


 感情任せの回答をするウェスタに代わりアチェディアが一問一答の理由を答える。


「自由に質問していいってなったら同じような質問が何度も飛んでくるのは分かりきったことなのだ。それはめんどうくさいのだ。それに、一つだけにすれば自分が一番聞きたいことを質問してくれるから答える側としては楽なのだ」


 うつ伏せになり、組んだ腕に顎を置きながらアチェディアはつまらなさそうに足をばたつかせる。


「少しでも眠気が飛ぶような質問頼むのだ。じゃあ、金髪のキミから」


 急に振られてもエリオットは動じることなく、堂々とした様子で質問する。


「聞かせてほしい。なぜ、俺たちに招待状を出した?」


「これまでに魔女を殺そうとした集団、団体、組織はあったけど、そのどれもが口だけのつまらないものだったのだ。でも、キミたちに関しては他の魔女がやたら興味を示しているのだ。その理由が知りたくて呼んでみたのだ」


「魔女が……?」


「キミたちは他と大して変わらない、過去に囚われた連中だと思っていたのだ。けれど、こうして顔を合わせたらなるほど魔女たちが注目する理由が分かったのだ。意外性の欠片もない、微塵も面白くない理由で労力を無駄にしたのだ」


「それはどういうことだ? なぜ俺たちは魔女に興味を持たれている?」


 エリオットが詰め寄ろうとする。

 だが、ウェスタが大きな咳払いをして行動を抑制する。一問一答なのを忘れたのか、とでも言いたそうな表情を浮かべている。


 アチェディアは我関せずの態度でアルフを指差す。


「次はキミ」


 アルフは緊張に身体を硬直させつつ、憎しみをこもらせた声色で問いを投げかける。


「どうして魔女は人を殺すんですか?」


 呆れ混じりのため息を吐きながら仰向けになるアチェディア。銀色に輝く瞳でぼんやりと天蓋を眺めつつぼやく。


「性別、性格、考え方、育った環境──誰もが違うのにどうして同じ質問しかしてこないのか。ほんの少しでいいからボクの心を動かして欲しいのだ」


「魔女が心だって? ふざけるな」


 アルフが自分にしか聞こえない声で否定すると同時に、アチェディアはアルフに視線を合わせる。

 銀色の瞳に映った自分の姿を見て、アルフは少し情けなくなる。視線を向けられただけで冷や汗を流し、恐怖を表面に浮かび上がらせている。


「逆にキミに聞きたいのだ。なぜ人間は人を殺すのだ?」


「それは……怒りや復讐心とか色々です」


「曖昧過ぎるけどいいのだ。色々……そうなのだ。人間はありとあらゆる理由を持ち出して人を殺すのだ。そして、その理由ってのはたいてい他者には理解されないのだ」


 アチェディアはゆっくりと上半身を起こして、エリオットたちに正面を向ける。


「根本的なことを教えてあげるのだ。魔女っていうのは人間だからこそ魔女なのだ。魔女は生まれながらにして魔女だったわけではないのだ。キミたちは魔女を埒外の存在と思っているが違うのだ。魔女というのは結局のところ少しばかり力を持った人間なのだ」


「魔女が人間……」


「キミの質問への答えとしては、魔女は人間だから人を殺すのだ。次は青髪のキミ」


 指名されたマクシーンは片目を痙攣させながら簡潔に質問する。やたらと騒がしい脳内を頭蓋骨越しに何度も殴って落ち着かせようとしていた。


「魔女の殺し方。わたしが知りたいのはそれだけだよ」


 アチェディアはマクシーンを見つめながら答える。

 見つめている、というよりは観察しているかのようだ。


「魔女に魔女の殺し方を問う……キミ、良いのだ。そういう尖った質問待ってたのだ」


「そりゃどうも。早く教えておくれよ」


「さっきも言ったように魔女は人間なのだ。ということは普通に死ぬのだ。病気でも寿命でも死ぬのだ。今まさに病気で死にかけている魔女もいるのだ」


「そりゃ、いいね。とっととくたばっちまえばいい」


「殺す場合も同じなのだ。頭を潰せば殺せる。心臓を潰せば殺せる。半身を吹き飛ばせば殺せる。炎、水、毒、雷、魔術──殺す方法なんて無数にあるのだ」


「でも、魔女は埒外の力を持っているじゃないか。そこを突破して魔女を殺す……具体的な方法を教えておくれよ」


 アチェディアは長い灰色の髪を触りながら、大きなあくびをする。


「キミ、ルクスリアの被害者でしょ。見れば分かるのだ」


「──っ」


「答えはいらないのだ。つまり、キミはルクスリアを殺す方法を知りたいと。アレを殺すこと自体はさして難しくないのだ。ただ、前提条件がキミのような人たちには無理難題ってだけなのだ」


「勿体ぶるね。答えだけくれると嬉しいね」


 目を血走らせて歯軋りするウェスタを横目で見ながらマクシーンは答えを促す。

 魔女相手にいつも通りの言動をする姿にエリオットたちは内心で頼もしさを感じる。


「答えだけって言っても詳細を知りたがるから勝手に話すのだ。ルクスリアは自分に向けられる感情は全て攻撃だと思っているのだ。それが好意でも悪意でも関係ないのだ。そういう思考だからなのかやたらと勘が鋭いのだ。ほんの少しでも感情を込めて攻撃したらルクスリアには絶対に当たらないのだ」


「隙だらけなのに当たらなかったのはそういう絡繰かい」


「加えてルクスリアは元々生まれ持った気質で周りが勝手に庇護し始める。要は自然と盾になる者が出てくるのだ。まぁ、ルクスリア自身が盾になろうとする人を攻撃する歪んだ状況になるのはいつものことなのだ」


「………………」


「それを踏まえてルクスリアを殺す方法は、彼女が一人の時、一瞬たりとも感情を抱かずに致命傷を与えればいいのだ。今言ったことできるのだ? できないのならルクスリアを殺すのは諦めるか、暗殺者とかに頼むのだ」


「……………………そうかい」


 マクシーンは悔しそうに俯く。

 アチェディアが提示した方法は激しい殺意を抱いているマクシーンには不可能に近い。

 無感情でなければルクスリアは殺せない。殺したいと願う人は無感情になれない。

 ルクスリアの被害者はルクスリアに手を出すことができないという理不尽。


 マクシーンの意気消沈をきっかけに沈黙が広がる。

 沈黙が数分経ったところでエミリーが手を挙げる。


「質問してもよろしいでしょうか?」

「……その隠している顔を見せてくれたらいいのだ」

「構いませんよ」


 エミリーが立ち上がり、ベッドの前まで進む。

 ゆっくりと黒いベールをめくり、その顔をアチェディアに晒す。

 エリオットたちはベールの下の素顔を思い出して渋い表情になる。


 アチェディアは眉ひとつ動かさずにエミリーを眺める。


「よくやるのだ」


 一言述べて、姿勢を正したまま座っているジェーンに視線を移動させる。


「次、赤髪のキミ」

「え? ……あっ」

「あら、私の質問は答えてくれないのですね」


 ベールを下ろすエミリーを一瞥しつつ、胡座をかいている膝の上に肘を置いて頬杖をつくアチェディア。


「すぐに答えるとは言ってないのだ。キミの質問は面白くないから最後にするのだ。そもそもさっき質問していたのだ。それを見逃したんだから順番が来るまで大人しく待っているのだ」


「魔女の仰せのままに」


 エミリーは緩やかに頭を下げて椅子に戻る。

 それからジェーンに目配せをする。

 ジェーンは困ったような表情を浮かべるも考えていた質問をアチェディアに投げかけた。


「あの……えっと……大事な質問使ってこんなこと聞いていいのかわからないけど。魔女になっても教祖様を続けている理由はなに?」


 ジェーンの心から湧き出た疑問を素直に口にする。

 質問を聞いたアチェディアは緩慢な動きでベッドから立ち上がる。


「その質問に答えるには施設を歩きながらの方が都合がいいのだ。そういうわけでボクが直々に案内してあげるのだ」


 その瞬間、ウェスタが膝から崩れ落ちて滂沱の涙を流し始める。


「きょ、教祖様がお立ちになった………っ!!」


 急に感情を爆発させる世話役を無視して、アチェディアは裸足のまま部屋の出入口へと向かう。


「ボクのことを聞いてきたのはキミだけなのだ。正直言うと待っていたのだ」

「待っていた?」


 困惑するエリオットたちに対して、


「ボクも人間だから、たまには自分語りしたいのだ」


 とアチェディアは淡々と言うのであった。




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