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第9話 『招待状』


 木製テーブルの上に置かれた一通の封筒を囲んでエリオットたちは話し合っていた。

 各々の表情は限りなく硬い。


「ひと足先に中身を確認させてもらった。簡単に言ったら招待状だ」


 エリオットは封筒から便箋を取り出してジェーンに渡す。

 便箋を受け取ったジェーンは書かれている文章に目を落として黙読を始める。


「一人で確認するなんて関心しないね。何らかの術式か呪いが仕込まれていたら取り返しのつかないことになってたよ」


 椅子に座っているマクシーンが苦言を呈する。


「好奇心に負けた。反省はしている。次はちゃんとマクシーンに解析を頼むように意識する」


「次なんてあってたまるかい。魔女からの送りものなんて」


 読み終えたジェーンが便箋をアルフに渡す光景を一瞥しつつ、エミリーがマクシーンに質問する。


「これは魔女からのものだと断言できるのでしょうか? たちの悪い悪戯の可能性はありませんか?」


「断言できるさ。その封筒の中に入っている何かからクソ女と同質の魔力を微かに感じる。あ゛あ゛ぁ……頭の中が五月蠅い」


 マクシーンは側頭部を叩きながら呻き声を漏らす。

 答えを聞いて、アルフから便箋を受け取りながらエミリーは封筒の方に視線を向ける。


「何が入っているのですか?」

「魔法陣が描かれた羊皮紙だ。俺は魔術に疎いからよく分からないから見て欲しい」


 エリオットが封筒から羊皮紙を取り出してテーブルに置く。

 驚愕したのはエミリーとマクシーンだ。


「転送術式ですね。便箋の内容的にそれを使えば魔女の元へ行けるようです」

「こりゃあとんでもないね。魔術師として感動すら覚えるよ」

「そんなに凄いのか?」

「胸焼けするくらい高等技術が詰まってるよ。わたしのような凡庸な魔術師が何百年かけても到達できない境地だね」


 マクシーンの感想を聞いてエリオットの表情が少し強張る。


「『天啓の魔女』は凄腕の魔術師でもあるってことか」

「………………」


 ジェーンが表情を曇らせながら全員の顔を見る。


「それでさ、行くの? 魔女のところに」


 消極的な問いに怒りを露わにしたのはゴドウィンだ。

 太い腕を豪快に振るい、エミリーが持っていた便箋をひったくり勢いよく握り潰す。


「向こうから居場所を晒してきたんだ。これ以上ない好機、行く以外の選択肢を取るなんて馬鹿のすることだ」

「でも、相手は魔女だよ?」


 意見を掻き消すようにゴドウィンがテーブルに拳を叩きつける。

 ジェーンは肩を跳ね上げ、僅かに後退りする。


「魔女をブッ殺すために活動してきたんだろ。お遊び感覚でやってたとかいうのか?」


「そういうつもりはないけど……」


「ハッ、どうだかな。オレにはやっとできた居場所にしがみついているようにしか見えん」


 ジェーンの表情に怒りが浮かび上がる。

 靴底で床を鳴らしながら詰め寄り、橙色の瞳でゴドウィンを睨みつける。


「なにそれ? 私は魔女相手だから慎重に動きつつ準備した方がいいと思っただけだし。それなのに何でそんなこと言われないといけないの?」


「どう見ても怖気づいた面していたがな。そもそもオレは女、子どものお前たちに戦力面で期待なぞしてない。準備を待ってる時間が無駄だ」


「は? そう思ってんなら一人で行けば? なにつっかかってんの? 意味わんないだけど」


「すぐに感情的になる。これだから女ってのは」


 空気が悪くなる中でエミリーがゆっくりと手を上げて、ゴドウィンに問いかける。


「ゴドウィンさんは『天啓の魔女』の殺害を目的にしているんですよね?」


「そうだ」


「理由は家族を連れ去ったから」


「だからなんだ?」


「いえ、私が聞いた『天啓の魔女』とは随分と印象が違うと感じでしまって」


 ゴドウィンは額に青筋を浮かべ、握り潰した便箋を投げ捨てながらエミリーに詰め寄る。

 巨体を前にしてもエミリーは動じる様子はない。

 その態度はゴドウィンを更に苛つかせる。


「それはどういう意味だ?」


「曰く、彼女は能動的に動くことは滅多にないらしいです。なのでゴドウィンさんのご家族を連れ去ったという事実に些か疑問を感じてしまいました」


「オレが嘘吐いてるっていいたいのか?」


「そうは思いません。ただ、私の中の印象と差異を感じてしまったので。よろしければその時の状況を教えて頂けませんか?」


「断る。疑われているようで気分が悪い」


 更に空気が悪くなる前にエリオットが行動を起こした。

 何度か手を叩き、半ば強制的に注目を集める。


「少し落ち着け、ゴドウィン。気持ちが逸るのは分かるが周りに当たり散らすのはらしくないぞ」


「………………けっ」


「魔女からの突然の招待。動揺する者がいるのは当然だろう。この誘いに乗るも乗らないのも自由だ」


 言葉を区切り、軽く呼吸をしてから宣言する。


「俺は魔女に会いに行く。共に来る者は明日、ここに来てくれ。何があるか分からないからしっかり装備は整えてくるように」


 結局、エリオットが強引にまとめてこの日は解散となった。



×××



 エリオットの店を後にしたエミリーはひと足先に出て行ったジェーンを追っていた。

 探すのに苦労はしなかった。

 彼女の燃えるような赤髪は目を惹く。例え人混みの中でも燦然と輝いているだろう。


「ジェーンさん」

「え? エミリー」


 ジェーンは後ろから声をかけられて驚き、振り返った先にエミリーが居てまた驚く。


「どうしたの?」

「少々、心配になったもので後を追ってきてしまいました」


 エミリーとジェーンは落ち着いて話すために広場に移動した。

 ベンチに腰掛け、ひと息ついたところでエミリーが口を開く。


「ゴドウィンさんの発言は他者への配慮を欠けていたものでした。深く受け止める必要はありません……ということを伝えたかったんです」


「それをわざわざ言いに追ってきてくれたんだ。ありがとう、エミリー」


 ジェーンは溜め息を吐いてゴドウィンへの不満を愚痴る。


「じろじろ見てくるし、触ってこようとしたりして気持ち悪い。エミリーも初対面なのに触られていたじゃん」


「そういえばそうでしたね」


「女だからって下に見てるのが嫌。ことあるごとに女だからあーだこーだーって言うの。マクシーンのことも事あるごとに貶してるし。発作が起こるのは魔女のせいで性別関係ないのに。ホントムカつく」


「ゴドウィンさんの感性はかなり偏っているようですね」


「魔女に家族が連れ去られたって話も本当なのかなって思っちゃう。だって具体的な話は全然してくれないの。辛いから話したくないだけかもしれないけど……」


 ジェーンのゴドウィンに対する怒りは徐々に萎んでいき別の感情が湧いてくる。

 その感情を吐露する。


「正直、魔女に会うのは怖いよ。嵐の中に飛び込むのと一緒。命が大事なら絶対に関わりたくない存在だし」


 震える自分の身体を抱いてジェーンにエミリーはそっと触れる。

 自分以外の温かさを感じた。


「その感覚はあの集団の中では特別かもしれません。臆病と揶揄されるかもしれません。ですが、魔女と戦うのであれば必要なものです」


「必要?」


「恐怖しているから慎重になれる。恐怖しているから逃げることができる。恐怖しているから策を練り、僅かな隙を突くことができる。殺意や蛮勇だけでは事は成せません」


 エミリーの言葉は恐怖を抱くことに若干の罪悪感を持っていたジェーンに深く染み込んでいく。

 否定ではなく肯定されたのは『魔女に与える鉄槌』に参加してから初めてのことだった。


「貴女が彼らの崩壊を食い止めているんです。誇っていいです」


「崩壊って大袈裟じゃない? 言い合いとかは多いけどエリオットのおかげでまとまっているし」


「新参者から見れば、ほんの少しでも歪みが生じればたちまち瓦解してしまう砂の城」


「………………」


 エミリーは顔を横にふるふると振る。黒いベールが柔らかに揺れる。


「申し訳ありません。嫌な言い方をしてしまいました。つまり何が伝えたかったのかというとジェーンさんは自分の感覚に素直になっていいんです。それが結果的に周りを助けるのですから」


「そっか……そうなんだ。ありがとう、エミリー」


 感謝を述べるジェーン。

 表情は先ほどよりも柔らかくなっていた。



×××



 翌日。

 エリオットの店には全員が居た。


 巨体に似合う戦斧を背中に担いだゴドウィンはジェーンを見下ろしながら言う。


「驚いた。エリオットに口説かれたか?」

「そういう考えしかないのがオジさんって感じ。私は自分の意思でここに居るの」

「せいぜい邪魔だけはするな」

「必要なら邪魔だってする。誰も死なせなくないから」


 エリオットが軽く咳払いをして注目を集める。

 腰には上質な剣を差していた。

 その立ち姿は勇敢なる騎士のようであった。


「皆、よく集まってくれた。だが、俺はこの結果に驚いてはいない」


 一人一人の顔を見てからエリオットは力強く頷く。

 それからエミリーの方に視線を向ける。


「出発する前に念の為に確認だ。件の魔女は言葉と暴力どちらを好む?」


 バッグではなく懐に入れた手帳に手を添えながらエミリーは質問に答える。


「間違いなく言葉です。インヴィディアはこう言っていました。──彼女は誰よりも人間の可能性を信じようとしています。可能性を摘むような行為は基本的にしません」


「思った以上に友好的だな。とはいえ、魔女は魔女だ。一秒たりとも気を抜くな」


 全員が首肯する。

 エリオットは便箋に書かれていた手順通りに魔法陣を起動する。


 瞬間、全員を囲うように魔法陣が展開される。

 淡い輝きは徐々に増していき、やがて視界が輝きによって塞がれる。


 そして、輝きが収まると──。

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