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神様に出会った

作者: 曲尾 仁庵

 ばあちゃんの実家に帰省して三日目。玲は今日も、田舎の道を一人で冒険中だった。

 空は快晴、風は軟風、今日は素敵なくらいに散歩日和だ。昨日の冒険では田んぼの脇に苔むしたお地蔵様を見つけた。今日はさらにその向こうまで行ってみよう。バッグの中にはおやつ代わりのリンゴが一つ。ちょっとだけワクワクしながら、玲は雑草はびこる道を行く。

 もうすぐ道端にお地蔵様が見える。そしてその先は、玲にとっては未知の世界だ。


「あれ?」


 お地蔵様が見える辺りまで来て、玲は様子が少しおかしいことに気付いた。昨日は一人だったお地蔵様の隣に何かいる。お地蔵様にお友達でも訪ねてきたのかしら。そんなことを考えながらお地蔵様に近づくと、すぐに玲はお地蔵様のお友達の正体を知った。なんのことはない、そこにいたのはただのじいさんだった。

 立派なヒゲをしたそのじいさんは、何をするでもなく、ただお地蔵様の隣に座っていた。身体は枯れ木のよう、眉毛は垂れ下がって目を覆い、ヒゲをたくわえた口元にはお地蔵様のお供え物であろう、まんじゅうのつぶあん、がついている。お地蔵様のお友達ならもらった可能性も否定できないが、なんとなく、玲はじいさんが無断で食べたのではないかと思った。じいさんの顔が白々しく無表情だったから。

 じいさんに文句を言う気もなく、玲はそのまま前を通り過ぎようとした。すると。


「ちょいとそこのお嬢ちゃん」


 玲の背中にじいさんが声を掛けてきた。別に急ぐ理由もなし、玲は「なぁに?」と振り返った。じいさんはもったいつけるようにゴホンと一つセキをすると、


「実はな」


 胸を張って玲に言った。


「ワシは、何を隠そう神様なんじゃが」

「はぁ?」


 出し抜けにすっとんきょうなことを言われ、玲は思わず間の抜けた声を上げてじいさんの顔を見つめた。じいさんは、えっへん、とでも言わんばかりにこちらを見ていた。


「……神様?」

「うん。神様」


 とても嘘を言っているようには、見えなかった。


「……で、その神様が私に何の用?」


 なぜか負けた気分で、玲は神様に聞いた。神様は、待ってましたとばかりに嬉しそうな顔をすると、「うむ」と厳めしい態度で前置きしてから、玲に向かってこう言った。


「はらへった。なんかおくれ」


 さも重大なことのように前置きして言った内容がそんなもので、玲はあきれるのを通り越して吹き出した。ケラケラと笑う玲の姿に、神様は怒ったように口を尖らせた。


「笑い事じゃないぞい。ワシは腹が減って腹が減って死にそうなんじゃ」


 変にかわいい神様の態度に、玲は再びケラケラと笑った。ひとしきり笑った後、玲はバッグの中からごそごそとリンゴを取り出すと、ますます拗ねた神様に差し出して言った。


「これでよければ、はい。あげる」


 リンゴが目の前に差し出されると、いままでの不機嫌はどこへやら、神様は満面の笑みでリンゴを受け取り、すごい勢いで食べ始めた。


「うまいっ! いや、うまい! これはうまい! ほんとにうまいっ!」


 しゃくしゃく、と小気味いい音を立てて、みるみるリンゴが減っていく。本当にお腹が空いていたんだな、と玲は感心しながらその様子を見ていた。普通、リンゴを食べれば皮や芯が残るものだが、きれいさっぱり全部食べて、神様はふう、と満足げに息を吐いた。


「いや、満足満足。本当に助かった。おまえさんは命の恩人じゃ」


 リンゴ一個で何を大げさな、と思いながら、玲はうれしく思った。これだけ喜んでもらえれば、こちらとしてもあげた甲斐がある。

 すっかり上機嫌の神様は、うむ、と頷くと玲に向かってこう言った。


「リンゴのお礼じゃ。おまえさん、何か願い事を言うてみぃ。ワシが何でもかなえて」

「だめ! だめだよ神様!」


 神様の言葉を遮って、玲は思わず叫んだ。


「私、お礼が欲しくて神様にリンゴあげたんじゃないよ」


 神様は玲の言葉に、少し戸惑っているようだった。でも、玲はただ、神様が喜べばいいなと思ってリンゴをあげたのだ。本当にそれだけだった。願いなんてかなえてもらったら、その気持ちが台無しになるような気がした。


「しかし、お礼をせんわけにものぅ」


 神様が困ったように声を落とした。そんな神様に玲は、「あのね神様」と前置きすると、人差し指を立てて諭すようにこう言った。


「そういうときは、心を込めて『ありがとう』って言えばいいんだよ」


 玲の言葉に神様は一瞬、ぽかんとした表情を浮かべたが、すぐに吹き出し、そしてお腹を抱えて笑い始めた。おかしいことなんて何も言った覚えのない玲はムッとして、「どうして笑うの」とほっぺたをふくらませた。神様は「すまんすまん」と言いながら笑い続け、やっと笑いを収めると、楽しそうに玲に言った。


「いや、おまえさんの言うとおりじゃ。ありがとう。心から礼を言う」


 神様はぺこりと頭を下げて、玲は少し照れくさそうに「うん」と言って笑った。ちょうどそのとき、十二時を告げるサイレンが辺りに響き渡った。お昼ごはんまでに戻らないと、母さんに怒られる。そう言って玲は、神様に別れを告げた。神様は少し名残惜しそうに頷くと、玲にこんな別れの言葉をくれた。


「おまえさんの未来に、幸多からんことを」


 ありがとう。またね。そう言って玲は踵を返した。来た道を、今度は家に向かってテクテク歩く。結局お地蔵様の向こうには行けなかったけど、その代わり今日は、神様に出会った。今日初めて会った神様が、玲にありがとうと言ってくれた。気持ちのいい空を見上げて、玲は嬉しそうに顔をほころばせた。


 なんだか、いい気分だった。

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― 新着の感想 ―
[一言] ほっこりほこほこ♪  (*´∀`*) 
[一言] お茶目な神様でしたね^_^
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