9 信頼
ハヤンは、ユーリとシャノンが素直に離れていったのを見て安堵した。
あいつらにはまだ早い。
弩なんか持って出てきて。
矢立てに入ってたのは、ありゃ爆裂矢だったぞ?
ユーリのやつ、くすねやがったな?
後で厳しく叱っておこう。
シャノンの気持ちはわかるが、おまえたちはまだ子どもだ。
ゲルドグは子どもの手におえるようなものじゃない。
半鐘が鳴った。
見張りが向かってくるゲルドグを発見したらしい。
「それにしても、見張りより早く臭いで気がつくなんて、シャノンはまるで野生動物だな——。」
ハヤンは口の中で小さく呟く。
その能力、先が楽しみだと思わず頬がゆるむ。
「村の土塁の外で迎え撃つぞ! 村に入れるな!」
* * *
シャノンは村の中をウロウロと歩き回っている。
まるで行く先が定まらないみたいだ。
だが、ユーリにはもうシャノンが何をしているのかわかっていた。
臭いを求めているのだ。
風下へ、風下へ、と動きながら。
風が息をするたびに、場所を変える。
『村の入り口から800mくらいのところにいる。』
シャノンがユーリの手に伝えてくる。
『距離までわかるの?』
『風の強さと、臭いの強さで。』
やっぱり、シャノンはすごい!
ユーリは胸がドキドキしてくる。
『それと、そろそろ地面からあいつの振動が伝わってきている。』
そう伝えてからしばらく後に、シャノンは歩き回るのを止めた。
雨が少し強くなってきた。
『来た。入り口から200mくらいだ。』
* * *
ユーリには地面の振動などは分からない。
しかし、村を囲む土塁の外側で大人の戦士たちの叫ぶ声と、爆裂矢の爆発音が聞こえてきた。
『大人たちの攻撃が始まった。』
シャノンがユーリの手にそう伝えてきた。
ユーリは驚いた。
こんなに離れてて、どうやってそれが分かるの?
それも地面の振動?
ゲルドグの悍ましい咆哮が聞こえた。
『土手を避けて入口の門の方に動いてる。あいつは急な坂を登るのが苦手みたいだな。』
『それも地面の振動?』
『うん。あれくらい重いやつだと、動き方もだいたい分かる。爆裂矢は効いてないみたいだな。』
『鱗が硬いんだ。片目にしたんだから、もう1つの目を狙えばいいのに。』
ユーリがそう伝えると、シャノンはひどく大人くさい返事をユーリの手に伝えてきた。
『関節とか目とか、動く的に当てるのはそりゃ難しいよ。』
・・・・・・・・・
しばし沈黙があった。
* * *
どうすべきか?
シャノンはまだ迷っている。
ユーリを逃すべきではないか?
ユーリと2人で弩に爆裂矢をセットし終わると、シャノンはユーリの手に『逃げろ』と書こうとした。
それより早く、ユーリがシャノンの手に伝えてきた。
『わたしは逃げないよ。作戦を教えて。』
シャノンはまだ少し戸惑う。
『わたしたちはまだ子どもだ。1人じゃ爆裂矢を放つ弩を正確に支えきれない。』
ふう。
とシャノンは大きく息を吐く。
そうだな。
2人で逃げるか、2人で戦うか——。どちらかだ。
シャノンは覚悟を決めた。
『あいつが僕たちを喰おうと口を開けたところを撃つ。内側から頭を吹っ飛ばす。』
・・・・・・・・・
ユーリは少しだけ動きを止めた。
想像してみる。
ゲルドグの大きく開けた口を。
それは身の毛もよだつ恐ろしさだ。
しかし・・・
恐怖に負けたら、矢を外すかもしれない。
1発だけの矢を外せば・・・
次に待っているのは・・・・
恐れるな。
恐れたら終わりだ。
『やっぱり、やめようか?』
シャノンがユーリの手に書いた。
ユーリだけは守りたい。
たとえ屈辱とともに逃げることになっても。
『やめたら助かるの?』
ユーリが返してきた。
『ここまで入ってこられたら、もうやるしかないよ?』
ユーリはさらにとんでもないことを書いてきた。
『確実にこっちに向かって口を開けさせるために、わたしが誘き寄せる。餌がこっちにいるぞ、って。』
シャノンは思わずユーリの手を掴んだ。
その腕に、ユーリのもう一方の手が指文字を書く。
『大丈夫。シャノンがいるから。』