8 初陣
この1年、ハヤンだけでなく村の大人たちは驚きの目を持って2人の小さな戦士の成長を眺めていた。
手をつなぎ、まるで舞でも舞うように剣を振るう少年と少女の姿は、2人で1匹の不思議な生き物のようでもあり、戦いの女神から遣わされた妖精のようにも見えた。
剣だけではない。
弓で矢を射させても、弩を使わせても——もっともこれは2人で1つの弩を撃つのだが——その命中率は大人の戦士も顔負けだった。
村の狩りに一緒に連れていっても、すぐに連携プレーを覚え、最年少ながらいっぱしの狩人として即戦力になった。
村における戦士の役割は、さまざまな害獣から村を守ることであった。
害獣の中でも最悪の害獣がゲルドグだ。
ニンゲンを餌と認識しているのだから、天敵と言ってもいい。
一方でこれを狩ることに成功すれば、食料だけでなくバカにならない金にもなる。
ただそれは、めったなことでできることではなく、被害も大きい。素人戦士では村を守るのがせいいっぱいだった。
ゲルドグなどは本来、冒険者を雇って狩るものだが、ユーリたちの村にはそれだけの金がなかったのだ。
だから、村の男たちは戦士になろうとする。村を、家族を、守るために。
女でも素質のある者はそれを目指した。
戦士といっても、戦争に出ていくわけではない。王国軍の兵士とは違う。
あくまでも村の防衛力として、平時は農民であり、食料を手に入れる狩人でもあった。
「なあ、ハヤン。シャノンの嫁さんはユーリで決まりじゃあねーか? あれだけ仲が良くて、しかも2人そろえば無敵となれば。」
「おいおい、気が早いことを言うな。まだ13と12だぞ? 子どもだよ。」
そんな話が交わされていた秋。
村に再び隻眼のあいつが現れた。
* * *
『来る。あいつだ。』
ユーリの手にシャノンの指が伝えた。
開け放たれた窓から、まごうことなきあいつの臭いが入ってきた。
『南東から来る。まだ、ゆっくりだが、こっちに向かってる。』
シャノンがユーリに指文字で伝えると、ユーリが父親のハヤンに伝えている気配がした。
ハヤンが慌てて玄関へ向かったらしい床の振動が、シャノンの足裏に伝わってきた。
そのあと、緊張して少し変化したハヤンの汗の臭いがシャノンの鼻腔に届いた。
『僕たちも準備して出よう。』
『雨、降ってるよ?』
『だからだよ。雨の日は、外の方が都合がいい。情報が多いんだ。』
『靴、はかないの?』
外に出るとユーリが手のひらに聞いてきた。
『裸足の方がいいんだ。水の流れで地形がわかる。』
弩を持ってきた。
それ以外に自分たちが使えて、ゲルドグを斃せるような武器は思いつかなかった。
爆裂矢が1本だけある。
ハヤンは、「まだ早い」とそれを渡してくれなかったが、ユーリが1本だけくすねて自分の部屋に隠し持っていたものだ。
『1本で足りる?』
ユーリが手のひらに聞いてくる。
『1本しか撃てないよ。僕らの力じゃ。』
答えるまでに少し間があった。
『いちばん効果的なところで使おう。』
いちばん効果的なところ——。
その状況は、シャノンにはありありと分かっている。
しかし・・・
そんな危険に、ユーリを巻き込むわけには・・・。
母親の仇を討ちたいというのは、僕だけの勝手な思いなんだから——。
シャノンは、ユーリを連れてきてよかったのだろうか、と少し後悔し始めた。
だが・・・
ユーリがいなければ弩をセットすることすらできない。
非力な子どもであることが悔しい。
今回はまだ、仇討ちは諦めるべきか?
そうだ。
セットだけ手伝ってもらって・・・・
そこまで考えたところで、ユーリから手のひらに伝達があった。
『お父さんに見つかった。おまえたちは離れてろって。』
シャノンは北東へと向かう。
『ずいぶん素直だね?』
ユーリがもう一方の手でツンツンとシャノンの頬を突っつきながら、揶揄うみたいに手のひらに書いてきた。
『風の向きが悪い。臭いが途切れ途切れになる。』
なるほど。とユーリは思う。
シャノンはできる限り、ゲルドグから真っ直ぐの風下に行こうとしているんだ。
シャノンの足の運びに、迷いがある。
臭いがわからなくなったのか?
いや、そうじゃないな。
ならばシャノンは何を躊躇しているのだ?
そこまで考えて、ユーリはシャノンが今何を考えているかを覚った。
『弩を今セットするから、手伝って。』
シャノンがそうユーリの手のひらに伝えようとするより先に、ユーリがシャノンの手に指で伝えてきた。
『わたしは逃げないよ。』
シャノンはぎくっとした。
なんで、僕の考えがわかったんだ?
『2人で撃った方が確実だ。わたしは見えるんだから。』
ユーリの指文字の中の『見える』だけはカンベンしてください。
ユーリはそれをシャノンに伝えるしかないのですから。
シャノンがその「概念」をどこまで理解しているかは分かりませんが。。