7 戦士2人
村を襲ったゲルドグは、傷は負わせたものの取り逃してしまった。
片目は爆裂矢でつぶしたということだったが、またやって来るかもしれない。何しろ、人間はゲルドグにとって餌でもあるのだから。
村人にも犠牲者が出ていた。
その中に、シャノンのお母さんが含まれていた。
お墓の前で呆然と座り続けるだけのシャノンを、ユーリは背中からずっと抱きかかえ続けていた。
指文字は何も書けなかった。
書く言葉が見つからないのだ。
シャノンの息は細く、胸は動いているかどうかも分からないくらいしか動かなかった。
ユーリはただじっとシャノンを抱きかかえていた。
わたしがいるから。
わたしはずっとシャノンのそばにいるから——!
伝えたかったが、軽々しく指を動かすことはできなかった。
だから、ずっと抱えていた。
やがて夕方になって、空気が少し冷たくなってきた頃、シャノンがユーリの腕に指で文字を書いてきた。
『あ り が と う』
ユーリの目から涙があふれ出した。
急いで、ユーリはシャノンの腕に言葉を返した。
『わたしは、ずっと傍にいるから。』
シャノンは首元に温かい雫が落ちるのを感じた。
天涯孤独になったシャノンを、ユーリの家が引き取ることになった。
母親が死んでしまった今、シャノンと言葉を交わせるのはユーリだけになってしまった、ということもあるし、ユーリの父親のハヤンが勇者ライガ(シャノンの父親)の直弟子だった、ということもある。
その時から、シャノンとユーリは兄妹のようにしてひとつ屋根の下に暮らし始めたのだった。
シャノンは戦士の技を知りたがった。
ハヤンは躊躇った。
まだ12歳・・・・とも思ったし、目も見えず、耳も聞こえないこの子が戦士になど・・・とも思ったのだ。
が、一方では自分の師匠のライガのただ1人の忘れ形見であるこの子に、その技を伝えなくていいのだろうか・・・? とも考えて迷っていた。
結局、ハヤンは教えることにした。
娘のユーリの強い希望も背中を押した。
ユーリはシャノンのある言葉を受け取っていた。
『僕は誰よりも強い戦士になって、あのゲルドグを狩る。お母さんの仇をとるんだ。』
ユーリはシャノンならできると思ったが、しかし、その言葉は誰にも伝えなかった。
今は誰も信じないだろう。
でも、わたしはシャノンのその希望を叶えるために、どこまでもついていく。
訓練を始めてみると、ハヤンは驚いてばかりになった。
初め、剣(木剣だ)の振り方から教え、そしてそれを実際に動き回るハヤンに向かって打ち込む練習をさせた。
もちろん、ユーリも一緒にだ。
2人は手をつないでいる。
子どもの片手で持たなければならないから、木剣は通常より小さくて軽い。
その分、相手の近くにまで踏み込まなければ、剣は届かない。
「ユーリ。シャノンは目も見えなければ耳も聞こえない。おまえとセットで1人の戦士になると考えろ。おまえの動きが鈍ければ、それだけシャノンの戦力も弱くなる。」
ハヤンは動き回りながら、ただ2人の木剣を自分の木剣で受けるだけにしている。
自分から打ち込んだりはしない。
その練習はもっと後でいい。
ところが。
ハヤンはすぐに、それどころではない状況に追い込まれた。
手をつないで、広がったりくっついたりしながら1匹の生き物のように動き回る2人の子どもの2本の木剣が、縦横無尽にハヤンに襲いかかってくるのだ。
1本の木剣では受け止めきれず、ハヤンは何度も体に直接打ち込まれた。
もちろん、子どもの力だから怪我まではしないが・・・。
「ちょ・・・ちょっと待った!」
ハヤンが一度稽古を止める。
「こりゃかなわん。」
「へへ・・・。」
ユーリが得意そうな顔で、シャノンの手に何か書いている。
「ユーリ。おまえ・・・。どうやって、目も見えない、耳も聞こえないシャノンを、ここまで自在にコントロールしてるんだ?」
ハヤンは、娘がとんでもない戦士の素質を持っているのではないか、と思ったのだ。
「違うよ、お父さん。シャノンがわたしの手に合図を出してるんだ。」
「なんだって!?」
ユーリの話では、シャノンは空気のわずかな動きと臭いでハヤンの上半身の動きを知り、地面のわずかな振動を足裏で感知してハヤンの足捌きを知るということだった。
それをもとに、ユーリがどう動けばいいか、『右』『左』『前』『後ろ』という方向だけを簡単な合図でユーリの手に送っているのだという。
「合図は始める前に2人で決めておいたんだ。」
思いっきりドヤ顔でシャノンの自慢をする娘に呆れながら、ハヤンは訓練の方針を変えることにした。
勇者ライガの技を、2人が連携して使える技に進化させて、工夫させてみよう。