6 魔物の襲撃
ユーリの母親はシャノンを「かわいそうな子」と言ったが、ユーリはそんなふうには思わなかった。
ユーリはシャノンを憧れの表情で見ている。
だってシャノンは村の誰よりも木登りが上手い。
だってシャノンは村の誰よりも薬草探しが上手い。
だってシャノンは村のどの子よりも狩りが上手い。
そして、そんなシャノンの通訳であり、学校で習った知識を教える先生でもある自分を、ユーリは誇りにさえ思っていた。
シャノンは頭がよかった。
ユーリが教えたことはほぼ1回で吸収し、そしてそれに関して思考したことや疑問を返してきた。
村の学校での成績は、常にシャノンが1番、ユーリが2番だった。
ユーリはちょっと悔しいような、嬉しいような、複雑な気持ちだった。
それでもユーリはシャノンの答えを先生に伝える前に、先にユーリの答えを言ってからにするのをルールにしていた。
ズルでシャノンと成績が並んでも、面白くない。
そんな村での日々が過ぎる中、ある年の秋のはじめのこと。
村に再び災厄が訪れた。
シャノンは12歳、ユーリは11歳になっていた。
まだ夏の暑さが残っている日だった。
その日の午後、学校帰りの道でシャノンが騒ぎ出したところからそれは始まった。
騒ぐといっても彼は話さないので、そわそわした様子でユーリの手に指文字で伝えてきたのだ。
『何か、来る。東から。』
『何かって何?』
『何か、嫌なもの。すごく嫌な臭いがする。』
西の空が暗くなっていて、そのうちに雨が降りそうな気配になってきている。
生ぬるい風が、東からゆるやかに吹いてくる。
どうやら、その風に乗ってきた何かの臭いをシャノンは嗅ぎつけたらしかった。
『雨も降りそうだから、早く家に帰ろう。』
ユーリはシャノンの手を引っ張った。
シャノンの怯えが手を伝わってきた。
ユーリはシャノンほど臭いに敏感ではない。
が、シャノンの怯え方が普通ではない。
何かよほど禍々しい臭いを嗅いだに違いなかった。
ユーリの家の前まできた頃、ぽつり、ぽつり、と雨が降り出した。
『雨宿りしていきなよ。夕立だからすぐやむから。』
ユーリはシャノンを家に迎え入れた。
程なく、土砂降りの雨になった。
その時だった。
村の物見台の半鐘が鳴ったのは。
この鳴らし方は・・・・
『ゲルドグだ。ゲルドグが来たらしい。』
ユーリがシャノンの手のひらに書く。
シャノンはガタガタと震え出した。
ユーリのお父さんが、武器を持って玄関まで来た。
「おまえたちは中にいなさい。しっかり戸締まりして。」
行きしなにお父さんはそう言って出ていった。
腰の矢立てに何本もの爆裂矢を入れ、弩を持っている。
ユーリは言われたとおり、玄関扉を閉めて閂を掛けた。
雨戸を閉める前に外を眺めると、大勢の大人の狩人たちが武器を持って村の東に走っていくのが見えた。
しばらくすると爆裂矢の爆発する音がいくつも聞こえた。
ゲルドグの足の地響きが、雨戸の内側の窓までビリビリと震えさせる。
ギシャアアアアアアアアアア!!
ゲルドグの禍々しい叫びが聞こえた。
ユーリは思わず耳を押さえた。
シャノンは顔を上げて声のした方を向いている。
真剣な表情で、もう震えてはいない。
この子は何を見て・・・いや、聞いて・・・違う!
臭いを嗅いでいるのか?
すると突然、シャノンがユーリとお母さんの方に突進してきて、2人をソファに突き飛ばした。
その上に自分も飛び込んでくる。
「うぶっ!」
次の瞬間!
どおおおん!
と玄関側の壁が壊れ、ゲルドグの硬い鱗に覆われた足が、さっきまでユーリたちがいた場所にあった小テーブルを踏みつぶしていった。
初め、その物凄い光景に恐怖しただけのユーリだったが、壊された屋根から雨が部屋の中に降り込んできた頃、シャノンの凄まじい能力への驚きの方が大きくなった。
シャノンは、そこをゲルドグが駆け抜けることが分かっていて、わたしたちを安全な場所に突き飛ばした?
どうやって、それを知ったの?
遠ざかってゆくゲルドグの叫びと爆裂矢の爆発音を聞きながら、やがてユーリはその答えと思しき推測にたどり着いた。
シャノンは、地響きでゲルドグの動きを観測していた——?